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異世界転生なんて。そう都合よくできるわけもない(仮

作者: 糺ノ森たゆた

「別に付き合っていたつもりはないわ」


 二股、三股かけられた挙句の一言だった。

 1ヶ月同棲した時も元彼に追い出された後新しい彼氏の所に転がり込むまでの繋ぎだったらしい。

 どうりでキスどころか、手を握ることもさせてもらえなかった。

 俺、久里山椎名くりやま しいなは初めて同棲した彼女(と信じていた女)に、昨日こっ酷く振られた。

 泣きながら覚えたてのビールを煽り、気晴らしに彼女の捨て置かれた転生漫画を読み、彼女にいっとき進められていた乙女ゲームを徹夜でやり、寝落ちした。

 待っていたのは異世界転生ではなく、彼女の残していった残骸の散らばる部屋。

 疲れ切った目に止まったのは、彼女と出かけた先で偶然立ち寄った古道具市でプレゼントした一輪挿し。

「俺に借金した挙句、どうしても欲しいと言われて買ったのに置いて行くなんて…ここにあるのもムカつく」

 ちょうど今日は荒物の日。顔を洗って簡単に身支度を整ると、ソレひとつ持ってゴミ捨て場に降りる。


「すみません。ソレ捨てるなら譲ってもらえませんか?」

 ぽっちゃり型で人の良さそうな空気を纏った中年のサラリーマンが俺の手元を見据えていた。

 聞けば、半年ほど前に奥さんが大切にしていた一輪挿しを割ってしまったそうだ。同じようなものは見つからず、代わりのものをいくつかプレゼントしたが、奥さんが気にいる事はなかった。

 俺の手の中にあった一輪挿しは、割ったモノにカタチも大きさも、とても良く似ているらしい。

 半年前の罪悪感を未だに引きずっているなんて、どんだけお人好しなんだろう。

 この人の奥さんも、自分の思い通りにならないと気が済まない我の強いタイプなのだろうか。

「こんなモノで良ければ差し上げますが」

 手渡すと、男性は慈しむように全体を撫でた。

「どこも欠けてない。絵付けも綺麗だし、本当によく似ている。今の待ち合わせで、同じ価値があると思えるものはコレくらいで、代わりにはならないかもしれないが受け取って下さい」

 と、胸のポケットから一本の黄色い万年筆を差し出した。

「え、ソレは捨てようとしてたモノなので、代わりのものなんて、いただけませんよ」

 返そうとしても、お礼の気持ちだからと押し付けるように渡される。

 男性は一輪挿しをハンカチに丁寧に包み込んで感謝の言葉と何度も頭を下げてその場から去っていった。


 なんとなく、その万年筆をペンケースに入れて大学の講義に出た。振られようが、朝ごはんを食べ損なおうが、いつもと変わらぬ日常。

 1つ違うとすれば、普段持つこともない黄色い万年筆が目の前にあるということ。

「えらく似合わないモノを持っているな」

 教授が万年筆をつまみ上げると、「この後、部屋へ来い」と周りに聞こえない程度の声で呼び出された。

何かしただろうか?

 身に覚えのない呼び出しに少しの恐怖が伴った。

 講義が終わると教授の準備室を訪ねる。

 教授は俺を招き入れ扉を閉めると、先程の万年筆を見せてくれと求めた。

「コレはお前のモノか?どこで手に入れたんだ?」

 訝しんでいる感じの表情。たしかに俺に黄色の万年筆は不似合いなんだろう。コレは俺がどこかから盗んで来たとでも思われているのか?

 俺は彼女に振られたことは伏せて、不用品と交換に押し付けられたことを教授に話した。

「馬鹿な!コレは1927年にパーカーが3900本だけ限定 発売したデュオフォールドクロワゾネ リミテッドエディション センテニアル万年筆だぞ!」

 何だ、その無駄に長い名前は。何かのマジックアイテムか?

 教授は一本の万年筆をうっとりと撫でまわしている。

「…知らないと価値もわからないな。コレはもの凄く貴重な万年筆なんだよ。どうだ、コレを譲ってくれないか?」

 確かに不用品と交換して手に入れたモノで、俺が持っていても使っても、いずれゴミになる代物。価値のわかる相手の元に行った方が良いに決まっているが…

「ただで…ですか?」

 できれば、交換に教授の単位を楽に取らせてもらえたらありがたい…そんな欲がチラリと湧いて出た。

「あぁ、それなら東京のホテルオークラに交通費宿泊費無料で泊まらせてやる」

 あの超高級ホテルに!全て無料で‼︎

「ソレ、何か裏があるんじゃないですか?」

「まぁ、ウチの家内を一緒に連れて行って欲しいだけなんだが」

『やっぱりー!ソレ、自分が行きたくないからお守りしろって言ってるんですよねー‼︎』

 心の声がうっかり漏れそうになる。

「家内の親戚が開く集まりみたいなのがあるんだけどね、私は仕事だし、1人で行かせるのも不安だし。代役を探していたんだよ。集まりに参加したら家内は放置でキミは好きにしてくれてていいから。頼めないかな」

 お荷物はあるけど、見方を変えれば高級ホテルにタダで泊まれるこんな美味しい機会はもうないのかもしれない。

 ここで教授に恩を売っておけば単位に上乗せも期待できる。

「俺で良ければ、お供させてもらいます」


 教授が簡単なメールで報告した直後に、夫人から電話がかかって来て教授はこっ酷く叱られた上に何故か俺の身長とスリーサイズと足のサイズを聞かれた。体型は教授とほぼ一緒だったので、そう伝えると、出発当日に1時間前倒しで呼びつけられた。

 夫人も中々気の強そうな感じとみた。


「悪かったわね。どうぞ入って」

 穏やかで温かい笑顔の品のある美人。30年前はさぞモテたに違いない。

 何故か少し緊張して教授の家のリビングにあげてもらう。大切に使われた家具はどれも高級そうだが古めかしさもなく部屋をスッキリと見せている。

 センスの良い空間だ。

 軽くお茶を勧められた後、夫人は一着のスーツを持って来た。

「コレをあなたに着てほしいの」

 教授の話していた親戚の主催者する集まりはドレスコード有り。だからサイズを聞いて来たのか。もちろんスーツなんて持って出てないので借りる事を快諾しようとした。

「あら、コレはあなたに差し上げるのよ。先月、主人が店員にヨイショされて買った物だけどデザインも色も若過ぎて箪笥の肥やしになるところだったの。もらってもらえると助かるわ」

 俺でも知ってるハイブランドのタグが付いてるんですけど。

「主人があなたの万年筆を無理にねだったのでしょう。それなのにこんなおばさんのお守りまで押しつけて、ごめんなさいね。コレはお詫びの品だと思って受け取って。そして受けてくれてありがとう。私、方向オンチだから正直助かるのよ」

 夫人は軽やかに笑うと教授のネクタイと靴も貸してくれた。


 親戚のご厚意でホテルの部屋は2つ。夫婦で来れば一部屋で済んだだろうに、教授…罪深い人だ。

 こんな高級なだだっ広い部屋で俺は今夜寝れるんだろうか。

 集まりまでに時間があったので、なけなしの金を叩いてサロンで髪だけ整えた。ホテルのだけあって高かったが仕方ない。俺がみっともない格好をして夫人に恥ずかしい思いはしてもらいたくない。

 いただいたスーツに身を包み、カタチだけ良いところのボンボンに見えなくもない…か?

 部屋に迎えに行ったら、夫人は格式高い高貴な装いで大変美しかった。本当に30年後に生まれて欲しかった。まぁ、出会えていてもお近付きにもなれなかっただろうが…。


『親戚主催の集まり』

 こんな高級ホテルで催されるのだから薄々勘づいていたけれど、政財界の重鎮も混じっていそうな凄い規模のパーティーじゃないか。

 夫人はいつものことのように笑顔を絶やさず、声をかけてくる相手に挨拶を交わす。

 俺は手にした飲み物に口もつけられないくらい緊張して、足をもつれさせないだけで精一杯だった。

 貴重な経験と開き直り楽しむためにも、この大勢の招待客の中から同じレベルの同士を探したい。

 いればの話し。

「ようこそおいで下さいました」

 今回の主催者である夫人の親戚。先程前方で挨拶に立った顔だ。

「本日はお招きくださってありがとう。お会いできて嬉しいわ」

 夫人が簡単に俺を紹介した後、主催者が夫人を伴って挨拶周りしたそうだったので、彼女は「ここに残して大丈夫?」と小さく囁いた。

 大の男が「無理」とも言えず、笑顔で送り出したが、いたたまれなさが半端ない。

 食べ物を取りに行く気力もなく、とりあえず邪魔にならない壁際の隅に身を置く。

 手にしたカクテルを弄びながら群衆を観察し始めた。

「こんな大規模なパーティー。乙女ゲームを元にした転生漫画なら弾劾イベントがあるのにな」

「悪役令嬢が婚約破棄されるんですよね。数多く乙女ゲームやり込みましたが、実は悪役令嬢が出てくるモノは稀なんですよ」

 うっかり口に出ていた呟きにまさか返されるなんて思わなかった。

「でも、ゲームの世界をリアルに再現してくれるなら、モブとして成り行きは見てみたいですよね」

 声のした方を見ると、モブどころかゲームの中から出てきたヒロインを思わせる可憐な少女がケーキ皿を手に立っていた。


「こんばんは。男性なのは驚きですが、話しが出来そうな人が見つかってホッとしました」

目に留めて読んでいただきありがとうございます。

自分史上初小説です。

お気楽に不定期で書いていけたらと思います。

次回があればよろしくお願いします。

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