仏壇からの脱出
早くもぼくはこの家に来たことを後悔していた。狭すぎる仏壇に閉じ込められていてとても苦しい。押してもゆすっても戸が開かない。どうなってるんだ。
お盆で来たおばあちゃんの家で、一年ぶりの古い家のふしぎなふいんきにはしゃいでしまったのがだめだったんだろうか。ぼくはいつもはしゃぎすぎて怒られているけれど、きっと今度も怒られるんだろう。
それでもいいから早く外に出たい。
ひととおり戸を開ける努力をしたけど、開けるのは無理そうだ。もしかしたら壊したら開くかもしれないけど、それをやったときおばあちゃんがどうなるか、こわい。
それなら誰かが来るのを待つことにしよう。ぼくはじっと耳をすませた。
この家には今、ぼくと(当然だ)お母さん、それにおばあちゃんがいる。おじいちゃんはぼくが生まれる前に死んでしまった。会ったこともないから、おじいちゃんがこんな人だ、とか言われても全然わからない。
お父さんはおかずを買いに行ってて、お母さんとおばあちゃんは一緒に晩ご飯をつくっている。だから見つけてくれるとしたらどっちかになるだろう。ぼくがいつまでも姿を見せないことに気づいてくれればいいんだけど・・・。
じっと耳をすませても、しぃんとして、ぼくの息の音のほかは何も聞こえない。いまも台所では料理の音がしているはずなのに、まるで台所が違う世界にあるみたいだ。
ご飯の時間まで見つけてもらえなくて、食べられなかったらどうしよう。肉がまったくないのにはまったくへきへきするけど、おばあちゃんは料理のベテランだからとてもおいしい。けさもきのうもそうだったし、今日もきっとそうだ。
お腹がすいてきた・・・
ふいに、ぎしぎし歩く音が聞こえた。
お母さんかな。いや、このゆっくりさだとおばあちゃんかも。ようやく来たんだ。
ぼくははりきって仏壇の戸をガタガタドンドンやりだした。
「おーい!ぼくここにいるよ!開けてー!おーい!おーい!ここだよ!開けてよー!」
歩く音は向きを変えて、こっちに近づいてきた。それから、ここのすぐ前で止まった。
――ぼくはこの歩く音はおばあちゃんだと思っていた。でも、うすうすはそうじゃないかもしれないと思っていた。何でかというと、たぶんこのときまで何も言わなかったからかもしれない。おばあちゃんだったらきっと何か言うだろう。――
その歩く音はぼくのすぐ前まで来て、すごい勢いでガタガタやりだした。戸がミシミシいったり、ガンガンたたきつけるような音がしたり、ふつうじゃないぐあいで戸を開けようとしていた。
「おばあちゃん?・・・おばあちゃん?」
なんだかこわくなって、つい聞いてしまった。
すると音はピタッとやんで、もう何の音もしなくなった。ぼくはすっかりきもをつぶして、向こうにいるものに向かって何かしゃべる勇気はもうなかった。
それからしばらく待っていたけど、何の音もしない。
ためしに向こうに何かいないかしらべるように、すこし戸をゆらした。
カタリ
向こうには何もなかったみたいに、何もおきなかった。あの音ももういないみたいだった。
戸が開くんじゃないかと思って押してみたら開いてしまった。
夕焼けみたいな赤い光がさしこんできた。