魔王を倒すために異世界に転移したが、運命のいたずらによって神から授かった能力が手から唐揚げを出す力だけだった男の物語
男は薄暗い宿屋の中で、俯いて椅子に座っていた。その手からは、唐揚げがぼとぼとと一定の間隔を置いて落ちていた。無意識だった。手から唐揚げが出る状態は男の意思とは無関係のようだった。止め方もわからなかった。
まずはこの唐揚げを止める方法を探さないと。
男は床一面に広がった唐揚げの上でそう思った。
それからしばらく試行錯誤して、便意を我慢する要領で唐揚げを止めることができることを知った男は、その勢いのまま町で唐揚げ屋を初めてまずは滞納していた宿代を払った。
部屋が生臭すぎるという理由で宿屋を追い出された男は、冒険者が集う飲み屋で魔王を倒すための仲間を募った。そして、肉に目がない大巨漢、やたら食うという理由だけで三回離婚した女、手から転がり出た唐揚げの断片を見ただけで「レグホンですね」と鶏の品種を言い当てたガリガリと言う頼もしい仲間を得て、男は魔王を倒す旅に出ることを延期した。
泊めてくれる宿が無いため豚小屋で寝泊まりさせてもらいながら、男は唐揚げで戦う方法を模索していた。男はやがて唐揚げを手から出す速度を速めることができるようになったことに気付く。そして何度も何度も唐揚げを手から出すうちに、男の手から飛び出す唐揚げは音を置き去りにした。
そしてついに男と仲間たちは魔王を倒す旅に出発した。
男は次々に襲い掛かってくる魔物たちの頭部を唐揚げで打ち抜き、地面に落ちたもったいない唐揚げは仲間達が食べて処理した。
身の丈三メートルはあろうかという巨人、悪魔に魂を売った黒騎士、邪悪な魔女、残酷な悪魔、それらの凶悪な魔物たちを男は次々と倒していった。
やがて男は魔物たちから恐れられる存在になる。魔物たちは口々に男のことを勇者、類まれなる戦士、謎の魔法を使う男、手から唐揚げを出す人などと言って恐れた。
魔物に知れ渡るぐらいなので、もちろん人々に英雄の話を歌って聞かせる吟遊詩人たちにもすぐに知れ渡る。吟遊詩人たちは民衆に男の話を伝えるときには、決まって握りやすい棒を持った。ただ男のことを歌っても民衆は誰も理解できない。棒で地面に絵をかくことで、やっと手から唐揚げが出ることが比喩ではなくマジだということが伝わった。
男たちは冒険の途中、新たな仲間を得た。それは人ではなく唯の鶏だった。偶然ヒヨコを見つけた男たちは旅をしながら自分たちで育て、ついには鶏にまで育ったのだった。
ある曇り空の日、仲間たちが鶏にえさを与えている隣で、男は黙々と手から唐揚げを出す練習をしていた。
ビュンッ、ビュンッと手から唐揚げを出していき、さあもう一発出そうと男が力んだ瞬間、近くで餌を食べていた鶏が急に何もない空間に吸い込まれるようにして消えた。そしてまた男の手から唐揚げが飛び出す。鶏の行方を探す仲間の一人が、何気なく今飛び出した唐揚げを手に取る。
唐揚げの衣の隙間から何かが見えていた。
それは男たちがみんなで鶏に作ってあげた名前入りのドッグタグだった。
男たちはその唐揚げが自分たちの鶏だと気付き悲しんだ。
男はこの唐揚げはどこから来るんだろうと今までも度々疑問に思っていたが、その謎が今ようやく解けた。
男は戦慄した。
俺が唐揚げを手から出す度に、世界のどこかで鶏が死んでいる。
それから男は荒れた。
自分の気持ち悪い奇行の度にどこかで命が散っていることに耐えられなかった。男は戦いの場でも唐揚げを出すのを躊躇するようになる。仲間たちもそこらへんに落ちている石や木の枝、硬そうなものを拾っては魔物に投げつけていたが、たいして役には立っていなかった。
星が綺麗に見えるある晩、男と仲間たちは焚火を囲みながらこれからの戦いについて話し合っていた。
仲間たちは男にまた前のように景気良く手から唐揚げを出してもらうために、男を説得していた。唐揚げがないと魔物には勝てない、鶏の命で魔物を倒せるなら儲けもの、石を投げすぎて肩が痛いから男にはもっと頑張ってほしい等といった、男への説得はまるで功を奏さなかった。
しかし「確かに鶏の命を奪うのはつらい。でも唐揚げを出し惜しみして魔物を倒せなかったらもっと沢山の物を失う。後から後悔しても遅いんだよ。マジで」という三回の離婚経験のある女の言葉には説得力があった。
そして男は悲しみを乗り越えて立ち上がった。世界中の鶏と酪農家よ、恨みたいなら恨め、そういう気持ちだった。
それからの男はすごかった。手からまるでマシンガンのように唐揚げを出した。そして次々と凶悪な魔物を倒していく。
口から火を吐くドラゴン、堕天使、山のように巨大なゴーレム、それらを倒してついに男たちは魔王がいる城までたどり着いた。
魔法で守られた強固な扉を唐揚げで吹き飛ばして城の中に侵入し、男はついに魔王と対面する。
「愚かな人間たちよ。その体、唐揚げごと喰らいつくしてくれるわ」
そう叫んで襲い掛かってくる魔王に向かって男は唐揚げを打ち出す。その速度は既に限りなく光速に近かった。しかしそれでも魔王を倒しきれない。戦いは膠着状態に入っていた。
しかしその膠着状態は唐突に終わりを告げる。
男の手から唐揚げが出なくなったのだ。疑問に思う男たちと魔王。唐揚げが出せなくなった男を守るために、外で拾ってきていた砂利を必死に投げて応戦していた仲間たちのひとりがぽつりと呟いた。
「絶滅したんだ」
それは絶望的な一言だった。唐揚げの出し過ぎによる鶏たちの絶滅。男は平和になった世界を見ることなく死んでいった鶏たちを思い涙した。
男たちの敗北は目前に迫っていた。仲間たちは投げる砂利が無くなったので、後で食べて処理しようと思っていた地面に落ちている唐揚げまで投げて応戦していた。しかし恐るべき魔王は微動だにしない。
男は神に祈るような気持ちだった。このままでは仲間たちが殺されてしまう。守りたい。そのためには唐揚げがいる。
唐揚げを出したい。
その強い思いが奇跡を起こした。
何かが凄まじい速度で空間を横切り、魔王の横腹に激突した。それは男の手から飛び出した唐揚げだった。
魔王は苦悶の表情で地面に膝をつき、何とか言葉をひねり出した。
「馬鹿な。鶏は絶滅したはずでは」
ガリガリの仲間が先ほど男の手から飛び出した唐揚げを拾い上げ、魔王に向かって勝ち誇ったように言った。
「軍鶏です」
レグホンは確かに絶滅したかもしれない。しかし鶏には沢山の品種がある。
男は凄まじい勢いで魔王に向かって唐揚げを打ち出していく。魔王も必死に魔法で盾を作って身を守ろうとするが、軍鶏の筋肉質で噛んだ時に確かな歯応えがあるその肉が魔王の魔法を打ち破っていく。
そしてついに魔王は倒れた。
男と仲間たちは喜びのあまり輪になって踊った。
そこに天から光が降り注ぎ、唐揚げの流れ弾で穴が開いた天井を通って神が下りてきた。
「世界を救って頂きありがとうございます。お礼に何でも一つ願いを叶えて差し上げましょう」
男は願いなんてなかった。今は魔王を倒した喜びで胸が一杯だった。
大巨漢は男を見て笑った。
「お前異世界から来たんだろ? なんとなくわかるぜ」
三度の離婚経験がある女も笑った。
「自分の世界に帰りなさいよ。この世界はもう大丈夫」
男は自分の元居た世界に思いを馳せる。仲良く無い両親、存在しない友達、苦しい仕事。全てが不思議と今は懐かしく思えた。
男は心を決め、神に向き合った。
その時横からすっとガリガリが前に出て神に向かって行った。
「いやいやレグホンが絶滅したままとか人類にとっての損失でしょ。すみませんレグホン生き返らせてください」
願いは叶った。