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女王の采配

 第二次王都襲撃の翌日。

 “淑女レディ”とミアは女王への謁見に向かっていた。

 いつもと変わらない淑女レディに対して、ミアは複雑な感情そのままの表情をしている。


「なんか、こう…。

 胸の辺りから下っ腹まで、高めのずーーーーんっていう、何かが落ちていってる感じがします」

「随分抽象的な表現ね」


 ミアは初謁見の記憶を反芻しては、未だに壁に頭を打ち付けたくなるのだ。

 そもそも他人との関わりが極端に少なかった以上、女王への謁見だろうと他者に対しての態度だろうと突っ込むべき所は満載なのだが。

 少しはマシになったものだと、表情を崩さず愛弟子に告げる。


「大丈夫よ。

 機嫌を損ねる事など殆どないのだから」


 そう、女王は自分に対して向けられる感情の殆どを受け流す。

 それが敵意であっても好意であっても。

 仮に無作法を働いた人間がいたとしよう。

 臣下が打ち首だ追放だと声高に叫んだとしても、自分が気分を害していないので放免。

女 王は寛大だ、皆口を揃えてこう言う。


「汚職や不正に対して真摯なだけで、世の大抵の事は何とも思ってないものよ、彼女は」


 感情をぶつけられる事のある“淑女レディ”。

 お互いを理解する事をしない理解者と、二人は口を揃えて言う。


「そもそも何故今回はわたしまで呼ばれたのか…」


 女王のサロンに向かう足が重い。

 美しい花や植物に彩られた庭を見下ろせる廊下を、ここまで沈んだ気持ちで進む人間は少ないだろう。

 何せ今回は私室エリアにあるサロンだ。

 かなりの私的スペースで、ここに招待されるのは一握りの人間に限られる。


「前線に出てたからとしか言えないわね」

「じゃあ“淑女レディ”だけでいいじゃないですかぁ」


 ミアが女王を苦手としているのは知っている。

 細かい事は気にせず成長してほしいとは思うが、采配を握る女王が苦手というのは、自分の弟子としては良い傾向ではない。


「ほら、見えてきてよ」


 廊下の終わりにはガラス張りの大きな扉がある。

 そこから見えるのはガラス張りの渡り廊下と、その先にあるサンルーム。

 女王が唯一私的に増設した場所だった。


「相変わらず手入れの行き届いている場所ですこと」

「恐れ入ります」


 扉の前に立つ兵士に、そう“淑女レディ”は声をかける。


「既に他の方々はお揃いです、どうぞ」

「他の方々?」


 怪訝そうなミアの問いには答えず、兵士は扉を押し開ける。


「“淑女レディ”はご存じですか?」

「検討はつくけれど…

 女王の前ですもの。お控えになってね?」


 答えになっているような、なっていないような。

 付け加えるなら。

 予想通りの相手であるならば、その小言を向けるのは自分ではない。


「それにしても凄い場所ですね」


 壁は勿論の事、床や天井に至るまで全てがガラス張りの渡り廊下。

 それを支えるのは華奢な金属を幾重も組み合わせた柱だ。

 先程までの場所とは趣が違う。

 これはまるで空中庭園だ。


「この国の技術の詰め込んだ場所といったところかしら」


 王都の正門を見渡せるこの場所の建設には、“淑女レディ”も勿論関わっている。


「正直骨が折れましてよ」


 冗談とも本音ともつかない台詞をサラリと吐く“淑女レディ”からは全く苦労の色は見えない。


「ここって襲撃されたら一発ですよね…?」

「大砲ぐらいなら防ぐ強度と、なにより耐物・耐魔は折り込み済みよ?」

「愚問でした」

「足りないものは見つかって?」

「ないです…」


 “淑女レディ”に死角はない。

 優しくも厳しい師匠は、たまにこうしたやり取りを仕掛けてくる。

 早く話を変えなければ。

 そう考えているミアの視界に、ようやくサロンの滞在者が見えてくる。


「ルビアと…クラウディオもいますね」

「二人とも前線にいましたもの」


 共闘したとは信じがたいですけれど、と付け加える事も忘れない。

 何時如何なる場所に於いても、紳士淑女たれ。

 それが矜持の自分や女王の前では精一杯振る舞うルビアに対して可愛げを感じる。


「これは“淑女レディ”、お待ちしておりました」

「こちらに招かれるのは久しぶりね」

「本日は女王がお茶をご用意しております」

「ではこのままお邪魔致しますわね」


 控えていた侍女と軽く言葉を交わすと、恭しく扉が開かれる。


「本日はお招き頂きましてありがとうございます」


 ぎこちないながらも“淑女レディ”仕込みのお辞儀をするミアに、女王は優しく言葉をかける。


「そう緊張なさらないで。

 今日は貴女のご友人もいらっしゃるわ、存分に寛いでお過ごしになってね」


 さらっと無茶を言う女王の後ろで、ルビアとクラウディオが笑いを堪えているのが見えた。

 自分がどれだけひきつった笑顔だったか思い知らされる。

 恨めしい視線を軽く送りながら、ミアは促されるまま席についた。


「今日は新しい品種の茶葉でご用意するわ」

「先日お渡しした…?」

「市場に出す前の試飲は必要でしょう?」

「…つまりは毒味係…」

「何かおっしゃった?クラウディオ?」


 “淑女レディ”とミアがかねてから開発していた新しい紅茶の茶葉を、女王自ら振る舞ってくれる様だ。

 成長速度は勿論の事、栽培に必要な物をこの国だけで賄える研究の一環として。


「この子には前回も試飲をお願いしたの。

 お陰で疑り深くなって困っておりましてよ」


 微笑みながら女王は言うが、前回といえば失敗作と断言できる代物だ。

 香りがいいので騙されるが、一口含んだだけでとめどない深い苦味が襲ってくる。

 あれを飲まされたと言うのか。


「な…何か失態でもしたの?!」

「心当たりはない」

「ちゃんと失敗しましたって報告したのに!」

「何故渡した!!」

「過程と結果を“淑女レディ”に渡しただけよ」


 何も失態は犯していないし、恨みを買った覚えもない。

 隣り合う二人は小声で応酬するも、自分達に非は見当たらない。


「じゃあ戯れでアレを飲まされたのか!」

「…それしかないんじゃなーい?」

「お、ま、えぇ!」


 あんなものさっさと破棄しろだの、戯れにしたって原因はあるでしょうだの、小声とはいえ、この静かな空間ではそれなりに聞こえてくるもの。

 ルビアは我関せず澄ましているし、“淑女レディ”は微笑ましくそれを眺めている。

 背中を向けてお茶の用意をしている女王も、心なしか楽しんでいる様だ。


「…今回皆様をお呼びしたのはね」


 微笑ましいこのやり取りをいつまでも聞いていたい。

 殺伐とした日々の切り取られた一瞬は名残惜しいが、そろそろ本題に入らねば。


「どの程度、人造クローンが出来上がってると感じまして?」


 手ずから入れたお茶を配りながら、女王は微笑みを貼り付けたまま尋ねる。


「主観で良いのよ」


 女王の真意がはかり知れず黙り込んでしまった三人を見て、憶測で物を言わない事に“淑女レディ”の教育が行き届いていると感じる。


「統率がとれている・人と見間違える程の動き…というのは報告で上がってきているのだけれど、人とどれ程の違いがあったと感じたのか教えて頂きたいのよ」


 書類を作成した人物を疑っているわけではない。

 こればかりは遭遇した人間が、どこを・何を見ていたかで変わってくる。


「捕らえた人造クローンの甲冑の下は人の皮を被らない、あくまで擬きだったのだけれど…」


 より近い空気を纏う二人の淑女を目の前に、若輩者の三人はその雰囲気に飲まれてしまいそうになる。


「例えば…そうね。

 甲冑やローブを纏う事で、人との違いがどれ程の物かしら?というところかしら」


 差し出された紅茶を軽く流し込み、教師よろしく“淑女レディ”は補足をする。


「人に似せる以上、関節などの構造がほぼ同じ。

 軍の甲冑を着てしまえば、容易に混ざり込めると思います」


 飛び道具では百発百中の精度を誇るルビアはそう告げる。

 先の戦闘で対人と同じ方法で無力化できたのは、人と同じ構造を持つからだ。


「統率がとれていた事から、単調な命令でしたら聞くことができるかと思われます」

「もしくは刷り込みだな」


 ルビアに続いて発言するのはクラウディオだ。

 念のため紅茶に口は付けずにいる。


「根幹である脳に相当する物が存在するのであれば、製作段階での操作はできるだろう」

「その可能性はどれ程?」

「炎に焼かれた時に逃げた人造クローンがいたが、焼かれた場合どうなるか理解していないとあんな行動は取らん」

「脳…ね」


 それが存在するかどうかは、捕らえた人造クローンを解剖すればわかる事だ。

 ただ、その命令系統や神経伝達を調べるのは時間がかかるだろう。

 できないとは言わせないが、有限の時間を与える事はできる。


「“淑女レディ”。彼らに会話は可能なんでしょうか?」

「今のところはまだね。

 強いて言えば知性のない生き物…獣に近いわ」

「じゃあ、仮に上手く潜り込めたとしてもすぐボロはでますね」

「現状だとそうなるわね」


 女王の真意がミアの質問だとすると、稀にある襲撃を防ぐ事が出来れば平穏は保たれるという事だろうか?

 内側から崩される怖さを知っているのは紛れもない自分達だ。


「ただ…彼はそんなに甘くないわね」


 あの天才がどれ程の早さで人造クローンを仕上げているのか。

 王都への襲撃は嫌がらせもあるだろうが、彼にとっては実験と検証に過ぎないだろう。


「そうね。

 知性はなくとも内部に潜り込まれると厄介だわ」


 全てを仮定の話で進めても、不安要素は既に山程あるのだ。


「だからこそ今回は信用に値する人間しかお呼びしてないのよ」


 扉の前に待機する侍女も兵士も、通常のサロンでは考えられない少なさである。

 決して外部にここでの密談を漏らさない人間しか立ち入る事ができないのであろう。


「魔女さんは“淑女レディ”と共に暫くは機械仕掛オートマタ人造クローンの動力源や基本的な構造の解明を進めて頂戴」


 やっと紅茶を口にしたミアとルビアに女王は告げる。


「ルビアには霧の解明をお願いしたいわ。

 貴女の国の技術もお借りしたいの」

「仰せの通りに、陛下」


 二人は何事もなく紅茶を飲み干し、残るのはクラウディオのみだ。


「貴方にはルビアと共に霧の解明にあたって頂くわ。

 当面は通常の業務に顔を出さなくて結構よ」

「…何故俺が機械仕掛オートマタ担当ではない」


 この有事以前は機械技術の業務に携わっていたクラウディオには左遷宣告に近いのだろう。

 蒸気を利用した移動手段を飛躍的に進化させたのが彼なのだから、当然機械技術に関しての仕事が割り振られると考えていた。


「何故とは?」

「報告では蒸気を利用した機械生物と聞いている」

「その報告は存じ上げておりましてよ」

「機械技術の応用であれば適任は俺だ」


 尚も食い下がるクラウディオにミアとルビアが肝を冷やし始めた時“淑女レディ”がやんわりと制止をかけた。


「クラウディオ、貴方の功績は素晴らしい物よ。

 でも彼は貴方の自信と尊厳を打ち砕く気でいるのよ」

「奴には遠く及ばないと?」

「はっきりと申し上げれば、そういう事になるわね」


 笑みの一つも見せずに“淑女レディ”は事実のみを伝える。


「……やはり奴の愛弟子だな」

「元、を忘れてましてよ」


 公にはしていない。

 謀反を起こした張本人と“淑女レディ”が師弟関係にあったのを知っているのは、ほんの一握りの人間のみだ。


「それが理由ですのよ、クラウディオ」

「なんだと」

「彼から直接技術を仕込まれた人間はこの国にはもう“淑女レディ”しかおりませんの」


 勿論彼を超える逸材も存在しない。

 弟子と呼べる人間も“淑女レディ”ただ一人となってしまった。


「私は彼の性格を存じ上げておりますの。

 それを承知でこの仕掛けられたお遊びに勝ちたいと思っておりましてよ」


 謀反をお遊びと言い切った女王にとっては、この采配が最善というわけだ。

 二の句が続けられなくなったクラウディオは、すっかり冷めてしまった紅茶を口に運んだ。


「納得していただけたようで何よりですわ」


 満足そうに微笑む女王。

 そして口元を押さえて悶え苦しむクラウディオの姿が、この日サロンで目撃されたという。

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