王都アド=アステラ 【市場にて】
王都アド=アステラ。
主要交通網である蒸気機関車がここ十数年で爆発的開発を遂げ、世界的にも類を見ない程混じり合っている城下町であり、女王の住まう城を中心に円形に広がった都市は大まかに4つのブロックに分けられている。
近年開発されている都市内移動用の小型航空挺を運用しているが稼働率は芳しくなく、主に学者達が居を構える地区で使われていた。
「おっちゃーん!
ここの野菜と果物頂戴!」
「毎度!」
城下町の市場は、どこの地区でも賑わっているのが定石だ。
王都襲撃後こそ不安な空気が漂っていたが、自給自足率が高いこの国では徐々に落ち着きを取り戻してきていた。
「あとね、そこのハーブの籠見せて?」
「おいおい、魔女さんがハーブ買うのかい」
「足りなくなっちゃって…あはは」
しょうがなぇな…と、店主はミアに籠を渡す。
“淑女”に拾われこの国に来て2年ほどしか経っていないが、師匠の実績とミア本人の人懐っこさも手伝い、今ではすっかりこの街に馴染んでいた。
「そういやぁよ、一昨日は要塞都市に出たんだって?」
「そうなの!
おかげで“淑女”は朝から謁見だし、帰ってきたらハーブ園が荒れ果ててるし…」
魔女としての血と“淑女”の弟子としての研究で、彼女お手製の肥料を使ってみた所、成長速度が飛躍的に高まっていたらしい。
帰宅後目にしたのはハーブ園というよりは…
「新手のジャングルかと思ったわ」
らしい。
このそそっかしい魔女が、国の頭脳の中枢である“淑女”の弟子だとは、本人から直接紹介がなければ信じられなかっただろう。
「まぁ、その実験のおかげで俺たちは商売できてるんだ。
またなんか新しいのがあったら紹介してくれよ」
「それなんだけど…
最近の“淑女”の忙しさって尋常じゃなくてね、当面は主に軍務を担当するみたいなの」
「それでミアが色々試してるのかい?」
「この実験だけは止められないって“淑女”が心配してるものだから」
他国と遮断されている以上、生活物資ーー特に食糧は自給率を上げなければ死活問題だ。
そこで新しい技術を開発している人間から、それを買うのも彼ら商売人の仕事だ。
と言っても販売は国で管理されており、適正価格以外での売買は禁止されている。
「“淑女”が忙しい事なんて皆知ってるさ。
気にかけてくれてるだけでも有り難い話だよな」
今現在、この国一番の学者は“淑女”だ。
不得意分野は無く、任せられている仕事は膨大。
更には襲撃現場へ駆り出される事も多々あり、多忙過ぎる日々を送っていた。
「“淑女”は優しいから」
そう言ってみるが、優しさだけではない事をミアは知っている。
でなければあの日、彼女が自分を拾うことはなかっただろう。