05:大貴族
産業化への第一歩
「大将閣下、着きました」
村の入口、そこには馬車が停まっていた、辺りには人数は少ないが軍人らしき兵士が規律よく並んでおり、傭兵などとの違いを感じさせる。
肝心の馬車なのだが、目の肥えていない村人の目から見ても旅商人が使う馬車などと違い、きらびやかな装飾に大将閣下と呼ばれた人物を示すだろう家紋。
村人たちは興味半分恐ろしさ半分という面持ちで馬車を見つめており、気が付くとレーキの手のひらにはじんわりと汗がにじんでいた。
馬車に乗っているであろう人物に対し、もし村人の対応が気分を害した場合一声で村を潰す権力を持つ、それが大将と呼ばれるものが持つ権力。
緊張するなというのは無理な話しであった、そんな村人たちであったが、その中にひとりだけ緊張の色一つ見せない女性がいた。
「貴族は苦手なんだけどねぇ」
そう言ったのは、この村の村長である女性、村長というと村で一番年をとっている人がなるイメージがあるのだが、彼女の見た目はどうあがこうが20代後半から30代前半だろう。
声には一切の震えなどはなく、彼女の気丈さを表しており、挑発的に笑う姿は村人たちに安心感を与える。
そして、村人たちが見守る中馬車の扉が開かれた。
「ここが礼の村ね…いいところじゃない」
馬車から降りてきた女性は赤いマントをつけ、黒い軍服のようなものを着ており、胸には様々なバッヂが下げられ彼女の優秀さや身分の高さを象徴していた。
そんな人物があくまで自然体で、村人たちの前へと歩いてくる、表情はにこやかで悪い人物には思えないのだが、彼女が近づくたびに何とも言えない重圧を村人たちを襲う。
そして、彼女は村人たちのすぐ目の前に立ち村人を見渡すと口を開いた。
「で、どなたが村長かしら」
声の大きさは至って普通のだっただろう、しかし静まり返った村人たちの耳には良く透って聞こえた。
彼女の言葉に対応し、村長が一歩前に出た。
「私がこの村長です、紋章を見るにグローブ家の方と見受けられますが、わざわざこのような村までいかようでございましょうか」
先ほどまでの挑発的な姿は成りを潜め、大人の対応というのだろうか村長は丁寧な口調で彼女を迎えた、ただその表情は決してへりくだっているわけではなく。
見る人によっては胡散臭い笑みというべきだろう、腹に一物抱えているような笑みを浮かべていた
レーキは頭を下げた村長の横顔しか見えなかったが、そんな挑発的で大丈夫なのか村長!?と不安に思いながらも彼女を信じるしかないと祈るような視線を送る。
そんな村長に対し大将と呼ばれる女性は何とも思っていないのか、怒っている様子も無く村長の目の前へと歩み出る。
「ずいぶん若い村長ね、まぁいいわ、私はケイト・グローブ、階級は大将で貴族をさせてもらってるわ…それで村長さんは私が来た理由がわからないのかしら」
村長の年齢について口にするケイト・グローブだが、口調的には悪意などは無く、ただ驚いて感心しているような声色であった。
「そうですねぇ、私どもは日々ほそぼそ生活しているだけなので、閣下が興味を引くような理由がわかりませんね…ただまぁ、畑のことでしたらミドリ様がいらっしゃっており閣下が来るべき理由は思いつきません」
村長は素直に思っていることを口にした、ミドリは国王の命で村に来ており、すでにこの村の農作物の良さは報告されているはずである、そんな状態からケイトが態々この村まで足を運ぶ理由は見当がつかない。
しかし、皆の前に立つケイトは村長の言葉に「確かに…ここに来る前に下調べさせていただいたのだけど彼女から彼女の上司へ報告は来てるみたいね」と言いつつ言葉を続けた。
「でも、私も畑のことで来たのよ」
それでも彼女は畑のために来たと言い切った。
「それはそれは、ですがミドリ様が国のほうへと報告はしている以上のことは無いと思うのですが」
しかし、ケイトは村長の言葉に首を横にふった。
「いえ、今回私が来たのは商売のことよ」
「商売ですか?」
ここで村長は少し表情が崩れ困惑の色が強くなる、予想と違ったのだろう、村長から挑発的な雰囲気が消える。
雰囲気の変化に気が付いたのかケイトは笑みを浮かべると部下に荷台から袋に入った何かを降ろさせる。
袋の大きさはそれほど大きくなく、小脇にかかえられるほどの大きさだった。
「これを私達に売ってもらえないかしら」
荷台から降ろされたものをケイトの部下から村長は受け取ると、袋の中身を確認する。
袋を開けると香る何とも言えない独特な匂い、良い匂いという人もいれば臭いという人もいるであろうそれは、この村にとっては馴染み深い物であった。
「これは…肥料ですね」
村長は少しだけ袋から取り出すと、手の中で乾燥している肥料をこすりあわせる。
その村長の言葉にケイトは満足そうな表情をする。
「そう当たりよ、最初これを見つけたのは偶然だったわ、だけどね調べれば調べるほど面白そうな事が起きそうな匂いがするのよ」
ここで、村長やレーキはケイトがこの村に態々やってきた理由を察することが出来た、しかし村長は悩んでいえるようで浮かない表情をする、それはレーキも同じだった。
「はぁ、ですが国に売るほどの量を作るのはこの村人全員でやったとしても…」
そうなのだ、現在作っている量は村で使う分だけであるが、それだけにしても村で出る残飯の量や制作にさける人員などを考えてもギリギリなのだ。
肥料のために残飯をワザと増やすなどもってのほかであるし、もし残飯が増えようとも乾かしたり、腐ってしまう部分を除去するなどどうしても時間がかかる工程がある
そんな、村長の言いたいことを理解していたのだろう、ケイトは慌てた様子で村長の言葉を否定した。
「あぁ、違うわよ、私に売ってほしいのよ」
私に、という部分を強調したことから、国との取引ではなく個人に売って欲しいという事だろうと村長は納得した、しかしそのように譲歩されたとしてもやはり…
「…それでも閣下を満足させられる量が作れるとは」
「それで、さらに商売の話になるのよ」
ケイトは明るい声色で大げさなリアクションをとる、身振り手振りで聞き手を引き込もうとするケイト。
彼女の言葉に肥料を持ってきた人物と同じ部下が木箱をケイトへ差し出し、ケイトはそれを受け取ると村長の前へと差し出した。
「私に肥料を作る技術の許可を売ってほしいのよ」
その言葉に村人が全員が驚いた、貴族が…それも大将のような階級の人物が許可を買うために村に運んだことがありえない状況だからだ。
ケイトが一言、技術を提供しなさいと言えば村人は喜んで提供しなければいけない。
それが貴族と農民の関係である、そのためケイトが対等に取引をしてくることが不思議でならなかった。
「なるほど…ですが技術を売ったとして我々は引き続き肥料を作ってもいいのですか」
村長は驚きの表情をひとつも見せずにケイトを見つめる、真面目な表情でしっかりとケイトの目を見る。
それに対しケイトは村長の視線を正面から受け止めた、しかしケイトの後ろの部下たちは明らかに怯んでいる様子であった。
そのことに気が付いたケイトは呆れたようにため息をつき、少し笑った。
「それは構わないわよあくまで欲しいのは許可、販売の許可も欲しいわね、もちろんこの村にはその分の対価は払うわ」
なるほど…と村長はケイトが嘘をついていないことを確信すると微笑んだ。
「…ふむ、少しばかり時間をいただいても?」
村長の言葉にケイトは頷いた、そういわれることも予想済みであったのだろう。
「えぇいいわよ、できれば肥料の制作者と会いたいのだけれど」
空気が和らぎ、ケイトも村長も仲が良い友人のようににこやかな会話となる。
だが、このケイトの要望は受け入れられないと村長は頭を下げた。
「それは勘弁いただきたい、彼女のことはミドリ様が詳しく知っていますので本人ではなくミドリ様からお願いいたします」
「農業士の子ね、わかったわ」
ケイトは村人の中からミドリの姿を見つけると、軽くウインクをした、ミドリはそれに対しどのような対応をすればいいのか苦笑いを浮かべる。
「ご配慮感謝いたします」
村長は再度頭を下げる。
「大丈夫よ…それで、詳しくはこの木箱の中に契約書が入ってるからしっかりと読んでね」
「はい、それでは一度家に戻ろうかと思いますので、閣下にはご迷惑をお掛けいたしますが今しばらくお待ちいただけると幸いです」
村長はケイトから木箱を受け取ると、そのままレーキの手を取り村長は自宅へと歩き出した。
村長が家へ向かったことを皮切りに、村人たちもいつもの作業へと戻っていく、入口にはケイトと彼女の部下、あとはケイトに呼び止められたミドリだけとなった。
そして、村長はレーキの手を引きながら自分の家ではなく村はずれのレーキの家へとやってきた。
「それでレーキ、どうするんだい」
村長はレーキに一任しようと考えているようであるが、先ほどからレーキも悩んでいることがあった。
「うーん、閣下が何を望んでいるかがよくわからないんですよね」
そう、何故、ケイトが対等な取引をしようとしているかだった。
下手をすればこのような小さな村と対等な取引をしたと他の貴族が知れば変なやっかみを受ける可能性もある、貴族としてのプライド的に考えても強制したほうが手っ取り早いだろう。
それに対し村長はレーキの言葉も正しいけど…と言葉を続けた。
「それは多分だけど…閣下は強制徴収してこれから生まれる財産を潰したくなかったんじゃないかねぇ」
村長はケイトの目を思い出す、そこに村人たちが嫌うような高慢な様子は見られなく、リスクリターンを冷静に考えられる人物な気がした。
しかし、村長の言葉がピンと来ないのだろう、レーキは首をかしげる。
「と、いいますと」
「そうだねぇ強制聴取なんてしたらあんたは…どう思う?」
「そうですね、かなり腹は立ちますけど国に守ってもらっている部分も大きいのでそのくらいならしょうがないかなと」
そう、野党などの被害が村で起きないのも、ここが王都に近く、大きな通りに面しているという部分も大きいが、王国の兵士が優秀という面も忘れてはいけない。
普通の貴族に強制されれば腹も立っただろうが、そんな兵士のトップである大将が相手ならば仕方が無いなとあきらめもつく。
レーキは素直にそういうと村長は笑った。
「驚いた、私が思っていたよりも大人なんだねぇ…まあそれが許せない人もいるわけだ、閣下はレーキがそれを許せないって思う人種だった場合を考えたんじゃないかい」
「なるほど、閣下は俺が逃げる、または二度と何も作らないというのを避けたと…」
「簡単に言えばそうだね、個人的には今回の肥料の製造許可と販売許可は売るべきだと思うけどねぇ」
「ですよね、これを見る限り正直俺たちのデメリットは見えませんし」
契約を見るに、レーキたちが閣下以外への肥料の販売をするのは出来なくなるみたいだが、そのぶん閣下という販売ルートが手に入ったと考えるとデメリットが見えない。
逆に安定した販売ルートだけではなくケイトとのつながりを持てるというのはとてつもなく大きなメリットだろう。
それにケイトは今まで町に降ろしていた分だけではなく、村で出た余剰肥料をも全部買い取ると言っている、しかも肥料の買い取りも一定金額にしてくれるらしい。
さらに付け加え、肥料の買い取りのための兵士の定期的な派遣、兵士の質は村に迷惑をかけないよう閣下の派閥のものを派遣するとのこと。
王都城下町へ肥料の販売をする際、村人が盗賊や魔物に怯えながら行く必要がなくなるのだ。
「作ったのはレーキ、あんただからねぇ、好きにするといいよ」
「はい、なら俺はこの契約受けるべきだと判断します」
「はいよ、なら閣下には話し通しとくとするかね」
こうしてケイトとレーキの関係は始まることとなった。
この契約が吉と出るといいけどな、とまだ見ぬ未来を不安に思いながらもレーキは一歩踏み出した。
軍の階級はさっぱりわかりませんので調べながら書いています。
彼女は軍部の人なので階級を持っていますが通常の領土を持っているだけの貴族ももちろんいます。
ですが通常の貴族も個人の軍はもっていますので戦えないわけではございません。
ややこしいですが王都のピンチには彼女が出張ってくるという解釈でお願いします。