04:ミドリさんと釣り
猛暑が続いております、そんなこんなで近くの川で涼んでいるときに思いついたネタです。
生ぬるい風が体に当たる中、レーキは川のふちにある石に座り釣り竿に餌をつける。
椅子代わりに座る石は陽の光により熱をもち少々暑さを感じたが、川の音や時折ふく風が心地の良い清涼感をもたらす。
レーキはポチャリと釣り糸を垂らしながら食いつくのを待っているが中々反応はない、目に見える範囲に魚はいるのに不思議なものだと思いつつミドリへと視線を移す。
レーキのいる場所の向こう岸ではミドリが釣りをしており、いつにもましてモノクルを輝かせながら真剣に糸の先を見つめていた。
「ミドリさーん、そっちはどうですか?」
レーキが片手をふりながらミドリへ問いかけると、彼女はレーキへ満足げに笑顔を見せる。
「3匹目ですよー」
「はは、本当に初めてなんですか」
するとその言葉もつかの間、またミドリが1匹釣りあげていた、大きさは小ぶりだが形はよく、鱗が陽を反射して光り輝いて見える。
ミドリは楽しそうに針を魚から外すと魚を逃げられないようにしてある区域へと離す、釣りが好きな村人が作ったキープ用の生け簀であり、釣った魚が釣りをしている最中に腐らないようにするための知恵である。
しかしそんなミドリとは裏腹に待てども待てどもレーキの竿にはうんともすんとも反応はない。
「やっぱ、もっと落ち着いて待たないとダメかー」
と、レーキは言いつつ揺れる水面を眺め続けるのであった。
さて、いつもならば畑で土仕事に精を出しているはずのミドリが何故一緒に釣りをしているのかと言うとだが、ミドリがこの村に来て一月は立った頃、彼女も村になじみ村の中を一人で歩くようになり始めた今日この頃。
久しぶりに釣りにでも行こうかとレーキは自分の部屋で釣り竿や糸などの釣りの準備をしていると、コンコンと優しいノックの音が聞こえた。
レーキが音のした方を見ると、そこにはミドリが部屋への入口に当たる部分のふちを軽く叩いていた。
彼女はすでに畑に行く気満々のようで、レーキと出会った初日のような立派な服装ではなく、もっと動きやすく、汚れも目立ちにくい服装へと変わっていた。
レーキはミドリがいつのまに家に入ってきたのかわからなかったが、おそらく母が通したのだろうとあたりをつけ彼女を部屋の中へと招き入れる。
「おはようございます」
「おはようございます、…釣りに行くんですか?」
釣り竿をメンテナンスしているレーキの姿にミドリは尋ねつつレーキの隣へ座る。
「はい、あんまり釣りは得意じゃないんですが偶にはやろうかなと思いまして」
得意ではないが嫌いではない、だからといって毎日行くほど好きでもない、だけどたまに無性に行きたくなる、それがレーキにとっての釣り。
「へぇー、私は釣りってしたことないんですよね」
ミドリはモノクロを片手で上げると釣り竿をじっくりと見ている。
意外だとレーキは少々驚いた、確かに姿格好は貴族の秘書でもやっていそうなミドリだが、本質は研究者であり農業士、研究や調査とからめこういうこともやっているものだとばかり思っていたためである。
「へぇ、そうなんですか、ということはミドリさんって村生まれとかじゃないんですね」
村で生まれた子供ならば小さい頃に遊びで絶対に釣りは経験しているため、レーキはそう断言した。
そしてレーキの言葉は当たっていたのだろう、ミドリはレーキへと笑顔を見せると頷いた。
「そうなんですよ、一応私は生まれも育ちも王都ですよ」
「あぁー、そうですよね、農業士ですもんね、もしかして血筋は良いところの人でしたか?」
よくよく考えたら、農業士は国に勤めるエリート集団であり、村人出身である可能性は極々薄かったという事にレーキは気が付く。
そう考えると、ミドリは貴族の生まれなのではと考えるが、貴族っぽさが全く見て取れないことにレーキは不思議に思う。
「はい、まぁ血筋でいえば一応…でも私は家を出た身なので気にしないでください」
そういう彼女の顔には曇りが見えた気がした、地雷を踏んだとレーキは後悔するが、言ってしまったものは仕方がないあきらかに悪くなってしまった空気を打破すべく、話しを切り替えるためレーキはミドリを釣りに誘い、今にいたる。
「そういえば、ミドリさんはミミズとか平気なんですね」
レーキは場所を移動しミドリの隣に座り釣り餌を垂らす、決して引きの悪さを場所のせいにしたとかでは無いとレーキは誰とも知らず心の中で言い訳をしつつだが。
「ええ、農業士として畑にいる虫を気にしてたらやっていけないですよ」
彼女はそういいながら針にミミズを刺すと糸を水に垂らす。
麦わら帽子に小さなバッグを肩から掛け、茶色いオーバーオールがよく似合う、そんな彼女が釣り竿を持っていると似合うなとレーキは少しばかり見とれつつ自分も竿を振る。
ポチャリと針が着水し魚をおびき寄せている、相変わらず魚影は見えるというのに中々食いつきは無く、レーキは悲しみを覚えた。
「でも、あの虫にミミズなんて名前をつけてレーキちゃんが大事そうに飼っていたのはビックリしましたけどね」
ミドリはそういって笑う、レーキとしては大事に飼っていた気はなく、ミミズというのも名前ではなく彼らの総称なのだが、彼女からするとそれすらも名前をつけたという行為に当たるのだろう。
だが、レーキとしてはミミズをバカにされるのは少々不服であった。
「ミミズは素晴らしい生き物なんですよ、見た目は少しあれですが…」
「まさか、こんな小型の魔物見たいな生き物が畑を豊かにしてくれるとは耳を疑いましたね」
流石にミミズがうじゃうじゃしている桶を見たとき彼女は悲鳴を上げ腰を抜かしていたが、一匹になると平気なようで簡単に手でつまんでいた。
ミミズ、雌雄同体であり2匹捕まえれば養殖が可能である。
最初レーキは有機物、残飯処理のために、あとは増やしとけば後々何かに使えるかなという軽い気持ちでミミズを飼っていた。
決して彼が愛玩用として飼っていた訳ではないと説明はしておこう、大きいミミズには名前をつけていたとは絶対にミドリへ教えないだろう。
そして何故いまミミズが釣りの餌として活躍しているかを説明すると、元々村では小型の魚やエビ類、水中昆虫などを餌にして釣りが行なわれいた。
だが必要な時に餌がないなどが日常茶飯事だったためレーキのところに相談が来た。
最初は練り餌でも作ればいいかなと思ったが、考えてみればあれも生ものになり保存が難しいため諦めることとした。
どうしようかとうろうろしながらミミズに餌をあげ、「ほーら、大き目な残飯だぞー」と投げ入れてミミズたちへ視線を移したところ。
「あれ、こいつらって餌になるじゃん」と思いつき、試してみると食いつきも良かったためレーキはミミズを餌に採用した。
今では狩猟班もミミズを飼育しており、こうして村には魚が安定して手に入るようになった。
村の女性陣も虫には忌避は無い様で普通につまんでいた。
「にしても、釣れないな」
レーキは竿の先をじっと見ているが相変わらず反応はない、それをみてミドリは笑みを浮かべる。
「レーキちゃんはじっとしてるのが苦手なんですね」
「そうですね、得意とは言えませんね」
レーキはどうしても竿の先がどうなっているか気になり竿を動かしてしまうのだ。
これでは釣れるものも釣れないとわかってはいるが、まあ遊びで来ているだけだしと強がりを心の中で言いつつも気にしていない風を装いつつ糸を垂らし続ける。
結果、レーキが勝手に勝負をしていただけだがミドリさんは7匹、彼が1匹という完敗だった。
そのような結果ではあったが、夜ごはんの焼き魚は美味しかったらしくレーキは満足したようだった。
「やっぱり、焼き魚にかぎるよな」
ミミズは漢方などにも用いられてますが実際効果はどうなんですかね。