邪剣ホーリーライトソード ~一般的に聖剣として知られる俺の剣は、実は命を喰らう最凶の魔剣~
ホーリーライトソードの名を知る者は皆、口を揃えて言う。
その名の通り『聖なる光の剣』であると。
しかしながら、その剣を真に知る者はいなかったのだろう。
なぜならば――
俺が持っている『ホーリーライトソード』は見た目こそ神々しいが、使用するたびに酷い目に遭っているのだから。
◇
「アイン隊長っ! 出動要請が出てっおりますっ!」
詰め所のデスクで気持ちよく居眠りをしていた俺を叩き起こしたのは、どことなくマヌケな顔をした女だった。
こいつはエイミー。聖堂騎士団第13小隊の所属で、この俺――アインの部下である。
敬礼を崩さずにマジマジと見つめてくるこの女に対し、俺は嫌そうに話を聞いた。
「出動要請だと? で、内容は」
「はっ! 辺境の村にグールが出たそうでありますっ!」
「グールか……それなら、まあいいか……」
辺境とか、行くのすげえ面倒……
眠い目をこすりながら、俺は身支度を整えるべく立ち上がった。
そして、すっかり冷めていた紅茶の最後の一口を啜る。
「なお、レベルは30前後が予想されます!」
「ぶっ!」
勝てるかそんなもん!
俺のレベルは15、一般人よりは全然強いが、30なんて化け物に勝てるレベルじゃない。
つーかグールって普通レベル5くらいだぞ! 一般人でも頑張れば倒せるレベルだぞ! 30って、それグールじゃないだろ! 国家が精鋭部隊を出動させるレベルだよ!
「でも、隊長の『ホーリーライトソード』なら、勝てますよねっ!」
勝てるかバーカッ!
……いや、俺の持つ『ホーリーライトソード』が一般的に信じられているように、邪悪な者に対しての特攻があるならば、まだ勝ち目はあったのかもしれない。
でも、俺の持つ剣は――
「あ、ああそうだな。でも、手柄は第3小隊にでも譲ってやろうな」
「ええ~っ!? 何でですかー? 隊長なら瞬殺ですよねー?」
勝てねえからだよ!
そう、俺の持つ『魔剣』ホーリーライトソードは、レベル30なんていう化け物グールに簡単に勝ててしまうような能力は無いのだ。
……つーかコイツ急に馴れ馴れしくなったな。
「おいおい、その辺にしてやれよエイミー」
「あ、ダニー。あなたも隊長に言ってくださいよー。これを逃せば次の仕事なんていつ来るかわからないんですよー」
「ふふっ。若造のお前には、隊長の深い考えが理解できていないようだな」
「考えってなんですか?」
『勝てないから』――それ以上の考えは無い。
いつの間にかいるこの厳つい顔をしたおっさんは、俺のもう一人の部下であるダニーだ。
歴戦の兵らしく、いつも的確に俺の能力を計り違えてくれている。
「確かに隊長ならば勝てるだろう。しかし、それについていくことになる俺たちは、間違いなく無事ではないだろうな」
「つ、つまり隊長は――!」
「そう、俺たちの身を案じてくれているのさ」
ありがとうダニー君。
はっきり言って俺の考えからは程遠いのだが、これでやらずに済みそうだ。
あとはこの仕事をどこか適当な部隊に丸投げして――
「――つまり、俺たちはここで待機していればいい。それならば、隊長も思う存分戦えるってわけだ」
「なるほどー! 流石ダニー!」
…………え?
そこは「なら仕方ないね」ってなるとこじゃねーの?
何で俺一人でやらされる流れになってんだよ。なんの罰ゲームだよ。
「いやいや、待てダニー。俺が君たちを差し置いて、そんな名誉を受けるわけにはいかんだろう」
「水臭いぜ隊長。そういうことなら、俺たちのことは気にしないで行ってくれりゃいいってもんだ」
「そうですよー。隊長がこの任務を受けてくれれば、次から仕事を回してもらえるようになるんですから」
いやいや、仕事なんて無くていいんだよ。むしろやりたくねえよ。
しかし、それを馬鹿正直にこのアホどもに言うわけにはいかない。
仕方がない。こうなったら――
「……うっ、腹が! 急に腹が痛くなってきたぞー! 滅茶苦茶痛いっ! これは痛いっ! 下痢一週間コースだっ! これじゃあ仕事なんて無理だー!」
俺は腹を押さえ、膝をつき、うずくまる。
全身の動きを駆使して、有るわけもない痛みを大袈裟に表現する。
役者っぷりは完璧、騙せぬものは無いはずだ。
「ああっ、隊長が!」
「こうなってしまっては仕方がない! エイミー、お前は隊長を医務室へと連れていけ! 俺はこの任務を別の部隊に引き継いでくる!」
……計画通り。
俺は転げまわる中で、悟られぬように邪悪な笑みを浮かべた。
◇
こんな俺が、聖堂騎士なんて仰々しい仕事をしているのには訳がある。
そう、あれは半年前のことだった――
そのころ、冒険者として活動していた俺は、日々貧困にあえいでいた。
満足な収入は無く、常日頃から飢えと戦っていた。
ギルド内では中堅的な位置づけではあった。
そこそこ強い魔物を倒すこともできるし、依頼された仕事は大体失敗しない。
しかし、冒険者バブルが弾けた直後の当時は、俺のような人間の需要が落ち切っていたのだ。
魔物を倒して素材を売り払っても供給過多、便利な用心棒としてもパイの奪い合い。
そして何よりも――増強された各国の軍隊による魔物の掃討が始まったことと、世界の秩序を司る聖堂騎士団の設立によって、冒険者は完全にお払い箱となっていたのだ。
現に以前所属していた冒険者ギルドも、俺の転職後すぐに解散したと聞いた。
――だがそんな時代にあっても、俺は運が良かったのだろう。
ある日ダンジョンを探索していると、俺はこいつと出会った。
そう、『ホーリーライトソード』だ。俺の愛剣であり、俺を今の地位に押し上げてくれた宝――
そして、いつまでも付きまとうであろう『呪い』だ。
持ち帰った『剣』を鑑定してもらうと、すぐさま噂は広がった。
街の鑑定屋が、俺の持ち込んだ剣が『ホーリーライトソード』であったことを、言いふらしてしまったのだ。
こうして、俺は『聖剣』の持ち主として一躍有名人となる。
そしてしばらく経ったある日――話を聞きつけた聖堂騎士団からのスカウトが来たのだ。
『小隊長』という、新参としては破格の待遇だった。断る理由はどこにもない。
勿論、俺は二つ返事でその話に乗ったであった。
この剣が『聖剣』などではなく、人の命を弄ぶ『魔剣』だということを隠して――
◇
先日のグールの一件は、なんだか知らないうちに解決していたらしい。
聞いたところによると、案外そのグールが友好的で、至急討伐する必要が無かったんだそうだ。
……アホくさ。
そんなわけで、俺は詰め所で惰眠の日々を送っていた。
平和が一番。聖堂騎士団が出動する必要のない世の中が、理想の世界だ。
「アイン隊長っ! 出動要請が出ておりま~すっ!」
……さらば理想の世界。
「どうしたエイミー隊員」
「はっ! この聖都にドラゴンがやって来るとのことっ! 我らは至急迎撃に移れとのことですっ!」
…………それ、ガチでやばい状況じゃねえか。
ドラゴンのレベルは、おそらく先日の化け物グールよりは低い。
だが、奴らは空を飛んでいるし、魔力というコスト無しで火球を連発できる。
はっきり言って、レベルでは覆せないほどに種としての能力が高い。
そんな奴が聖都に入ってくればどうなるか――
考えるまでもない。破壊され、燃やされつくされて終わりである。
聖堂騎士団総出で戦っても、被害は免れないだろう。
「……よし、逃げるか」
「ええ~っ!? 何言ってるんですか! 聖堂騎士団が戦わないで、誰がこの聖都を守るんですかー!」
「ならお前ひとりでやってろや! 俺は逃げるからな!」
「あっ! ちょっとー!」
俺は手元にあった最低限の荷物だけをとり、出立を決意した。
食料は急げばまだ買えるだろう。混乱を防ぐため、まだ一般に話は出回っていないはずである。
「ふっ、流石だぜ隊長……」
「……は?」
いつの間にかいたダニーが、何の脈絡もなく訳の分からないことを言う。
なにが「流石」なんだ。
「どういうことですか、ダニー!」
ホントどういうことだ。
「お前のような若造にはわからんだろうが、男には抜け駆けしたくなる時があるのさ」
「それはつまり……?」
「そう、隊長は一人でドラゴンと戦おうとしている。俺たちどころか、他の部隊の奴らすら差し置いてな」
「なるほどー! 流石ダニーです! 隊長の考えをこうも的確に見抜くとは!」
ちげーよ! 逃げるんだよ! 他意はねえよ!
つーかこいつホントに俺がソロでドラゴンなんか倒せると思ってんの!?
実はこいつ只の馬鹿だろ!
「ズルいぜ隊長。ドラゴンスレイヤーの栄誉を独り占めしようなんてな」
「そうですよー! 私もドラゴン殺しの名誉欲しいです!」
「そういうわけだ。俺たちも付いてくぜ」
……なんかそういう流れになったけど、俺は本当にここから出ていくからな。
◇
食料を買い込み、何も知らない門番を騙して俺たちは聖都を出た。
「そんなに食料を買ってどうするんですかー?」
「さあな……」
逃げるためだよ。
最寄りの街まで、歩きで数日かかるからな。
その間の食料を確保したわけだ。勿論、俺の分だけ。
「おいおい、わからないのかエイミー。それはドラゴンの目を引き付けるための囮だ。隊長は人数が足らない分を、知恵で補おうとしているのさ」
「なるほどー。準備は万全ってことですね」
……もういいよ別に。理解を得られるとは思っていない。
適当な所まで来たら「ここからは手分けしてドラゴンを探そう」とか言って追い払うつもりだ。
こいつらなら簡単に騙せるだろう。
――と、そんなことを考えていた時、エイミーが突然空を指さした。
嫌な予感しかしない……
「あっ、もしかしてあれじゃないですか? あの大きい鳥みたいなやつ」
「おっ、確かにあれはドラゴンだな。俺は前に一度だけ見たことがあるぞ」
「へー。流石ですね、ダニー」
暢気すぎるだろ、お前ら!
遠目に見てもあれはヤバい! 何つーか、オーラだけで人を殺せそうにすら見える!
しかし、俺たちが逃げる間もなく、その影は近づいてくる。
ヤツが近づくにつれ、晴れていた空が灰色に染まり――
「グオォォォォォッ!」
そして、落ちる雷と共に俺たちと対峙する。
「来たぜ隊長……! 俺たちはどうすればいい!」
「指示をください! 隊長!」
……マジか。あれを見ても戦うつもりなのか、こいつら。
俺たちを見下すデカいトカゲ野郎は、城砦のように大きく、鱗は見る者に本能的な恐怖を覚えさせる程に黒い。
熊や虎なんていう奴らがゴミに思えるほど、目の前のドラゴンは凶暴で理不尽な存在に、俺には見えた。
「仕方ねえか……!」
漆黒のドラゴンは、俺たちという存在を見極めるべく、睨みを利かせている。
逃げる素振りを見せれば、すぐさま背中から襲い掛かってくるだろう。
こうなってはもう、俺たちに残された道はただ一つ――
戦って、生き延びるのみであった。
「エイミー! 魔法でヤツの翼を狙え!」
「はい! 『氷魔法』!」
エイミーの周りに幾多もの氷柱が現れ、次々に翼をめがけて飛んで行く。
しかし、ドラゴンは翼の外殻を盾にして、それを砕いた。効いている様子は無い。
「駄目かっ! でもそのまま続けろ! 身動きを取らせるな!」
「了解です!」
俺は、腰に下げた『ホーリーライトソード』の柄に手を伸ばし、抜く。
その白銀の刃が露になると、俺は思わず苦痛の声を上げた。
「ぐおぉぉぉぉっ!」
俺の声に反応して、魔法を放ち続けるエイミーが心配そうに視線を向けてくる。
「い、いつもながら、隊長は大丈夫なんですか!?」
「心配するなエイミー。隊長は今、人の身には余る程の聖なる波動を取り込んでいるんだ。それを余すことなく吸収し、使いこなせるからこそ、隊長は『聖剣』の使い手なのさ」
「流石隊長ですー!」
違う。
ダニーは苦痛に喘ぐ俺に代わって、かなり的外れな説明をしてくれたが、実際はこうだ――
俺の『ホーリーライトソード』は剣を抜くと同時に、そのグリップから2本の尖った管が飛び出し、俺の掌を貫く。
そして、俺の体内に侵入した管はそのまま伸び続け、手首、前腕、肘、上腕、肩と通過していき、最後には俺の心臓に刺さる。
突き刺さった管は心臓から直接血を吸い、代わりに俺の体を蝕む『謎の液体』を注入してくるのだ。
体を侵されるこの痛みと不快感は、一度体験しなければ解らないだろう。
「はあっ……! はあっ……!」
既に息絶え絶えの俺は、何とか持ち直す。
そして、背負っていた食料入りのバックパックを左手に握り、俺は踏ん張った。
俺の構える白銀の剣が、徐々に赤く染まり……そして、最後には黒く変色する。
その状態になり、全身にしびれるような痛みと、常軌を逸した力が漲ったのを確認すると――俺は叫んだ。
「ダ、ダニー! 風魔法で俺を上空に打ち上げろぉっ!」
「あ、ああ……! いくぜ、『風魔法』!」
ダニーの風魔法に合わせ、俺は跳躍する。
俺の脚力により10メートルほど飛び上がると、吹き荒れる風が俺を更に宙に押し上げる。
「これでも喰らえ! くそトカゲ!」
俺は左手のバックパックを、ドラゴンの真上に行くよう投げつける。
「グオォォォォォッ!」
ドラゴンはそのバッグの軌道に合わせ、上向きに火の吐息を放った。
――俺の予想通りに。
ドラゴンの放つ火球は、そう連発出来るものではない。
一度放ってしまえば、次までに数秒の感覚が必要だ。
そして数秒もあれば、一撃入れるのに十分な時間がある。
バッグを燃やし尽くし、火が止むと、ダニーの風魔法が俺をドラゴンの頭上へと導く。
「よっしゃあぁっ! くたばれぇぇぇっ!」
そして、俺は自由落下の勢いと、ホーリーライトソードの力によって強化された筋力で――
強引にドラゴンの頭をかち割った。
◇
翌日――
俺は入院していた。
ドラゴンを倒したはいいものの、上空から受け身も取れないまま落ちた俺は、全治一ヵ月もの傷を負っていた――
倒した後の事まで考えてなかった……というわけではない。
……二人のうち、どっちかが助けてくれるだろうと思ってた。
あのアホどもにそういうの求めるのはやめた方がいいな。反省。
普通だったら死んでいる状況だろう。
だが、ホーリーライトソードの力で強化された俺の体が、何とか『負傷』程度に収めてくれていたのだ。
ちなみに今は掌の傷は消え、体内に注入された液体による苦痛も、もう無い。
「何暗い顔してるんですかー。せっかくドラゴン倒したんですから、もっと喜びましょうよー」
能天気に喜んでるのは、お前ともう一人のアホだけだ。
結局――ドラゴンによる被害こそなかったものの、聖堂騎士団はてんやわんやしている。
ドラゴン討伐による、近隣の生態系変化の調査をしなければならないらしい。
俺たちに対する褒賞なんて物もなかった。実は少し期待していたんだが……
むしろ命令違反で減給されてしまった。解せん。
「エイミー。お前は若いからわからんだろうが、世の中、大仕事を終えた後は大量の後始末が残るもんなのさ」
「えー。めんどくさいですー」
「隊長はそんな中でも確実に功績を上げる方法を考えているんだ。そっとしといてやんな」
「なるほど。流石は隊長、転んでもただでは起きませんねー」
好き勝手言っている奴らを無視し、俺はおもむろに壁に立てかけられた我が愛剣を見た。
今回のように、この『魔剣』に苦しめられてきた思い出が、次々と湧き上がってくる。
「全く、こいつはひどい剣だぜ……」
この『ホーリーライトソード』を抜くたびに、俺はこんな目に遭っている。
こんなんじゃ、命がいくつあっても足らねえぜ。
「邪剣」という言葉が出てきていない……!?