ハルカハル⑩
ハーを先頭に二人に挟まれるようにハルカは隠し通路を抜けて城の裏口へ出た。
戦闘の音は未だ激しいが、当初と比べると落ち着いてきている気がする。
終わりは近いかもしれない。
「行きましょうか。いざ、激戦の地へ」
格好良く告げたつもりのハルカだが、ハーは目だけでも分かる呆れ顔をしている。めいが目を輝かせてくれている点だけが救いだ。
帯刀している柄に手を掛け、足音を殺して歩く。
段々と金属がぶつかり合う音が大きさを増し、戦場が近づいてきている事を実感する。
ハルカは城主になって以来、前線の司令として指揮をしてきたが、あくまで後方での事。
一度だけ前線の司令部に視察という形で訪れたが、司令部は前線の中でも戦場から最も遠い場所の一つである。
戦場はハルカになったあの日以来なのだ。
近づくにつれて増していく鼓動が足音よりも騒がしく感じて更に鼓動が早まる。
ハルカは一度静止し、深く息を吐き出してから再び前に進み始めた。
三人が主戦場である城門前に到着する少し前に勝敗は決した。
ハルカの従者たちと帝国兵、そして突如現れた第三勢力に挟まれる形となった連合軍の別働隊三百は壊滅し、一人残らず倒れている。帝国兵には大きな被害が出たがハルカの従者たちは誰一人欠ける事なく軽傷程度。第三勢力に至っては全くの無傷であった。
故に、戦闘が終了した直後、両陣営は睨み合っていた。
「問おう。お前たちは何者だ」
この戦場を指揮していた如月いのりが問いただしたが返答はない。
先の戦闘で帝国軍としては大きな人的被害を被ったので、出来る事ならば続け様の戦闘は避けたいと従者たち一同考えていた。
更に言えば、残った帝国側全員で戦ったとしても、目の前に佇む者たちの誰一人として葬ることは叶わないと悟っていた。
一人ひとりが大隊に匹敵する実力を持っている。戦えば負ける。
いのりはどうにか戦わずに済む方法を必死に考えたが、睨み合う事しか出来ない。
状況の静止が続く中、相手の実力も測れない馬鹿な帝国兵の一人が動き出してしまった。
「何者かと聞いているだろう、答えよ」
手にしていた槍を相手へ向けて近づいていく。明らかな敵対行動。
「よせ、やめなさい!」
いのりの制止は意味を為さず、馬鹿な帝国兵は歩んでいる途中に突然倒れ、二度と動く事はなかった。
仲間を殺された怒りが生き残った帝国兵たちに伝播する。
「待ちなさい。落ち着きなさい」
いのりが宥め、どうにか一触即発の状態に保つ。
しかし、相手方も臨戦態勢で長くは保たない。
すぐまた戦闘が始まってしまう。
そうなったら全滅必至。
「我々に敵対する意思はない。こちらが存じ上げぬから何者かと問うているだけだ。都合があって明かせぬのならそれで構わない」
ここまで気が高まってしまっては何を言っても収まりそうにない。
仮にこちらが武器を放棄しようとしても、放棄のために武器に手をかけた瞬間、開戦してしまうだろう。
どうしたら良い。どうしたらこの場を収められる。
如月いのりは思考を巡らせる。
次の瞬間、いのり達の後方からこの場を一気に支配する一声が聞こえた。
「双方、剣を退けっ!」
いのりたちが命を賭して守り抜いた城の主、ハルカの声であった。
振り返るとそこにはハルカと従者の睦月めい、そして白装束の何者かが立っている。
つい先程まで戦闘が繰り広げられていたこの場の者は全て武器を収めた。
不思議だったのが、ハルカの言ったことに何者か分からない謎の集団も従った事だ。
敵ではない事は分かっていたが、味方なのだろうか。
「いのり、御苦労であった。被害状況は」
「はい。帝国兵に甚大な被害が出ており、生き残りが五……いや、四名。我々従者は一人として欠ける事なく。申し訳ありません。貴重な帝国兵を」
「気にする事ではない。よく頑張ってくれた」
いのり達を労ってくれたハルカだったが、その目線は謎の集団へ向いている。
「ハルカ様。お聞きしたいのですが、あの者たちは一体……?」
ハルカはいのりの問いに少し考え、何と答えるのが適当なのか迷っている様子で苦笑を浮かべた。
「あの者達は……客人だ。城内に御通ししろ」
「はっ!」
城内に案内しようといのりが振り返ると、すぐ背後に先程ハルカの隣に立っていた白装束の者を先頭に謎の集団が音もなく立っていた。
「いのり殿と言ったか。案内、よろしく頼む」
恐らく白装束のものから発せられた可愛らしい声は普段から仕え慣れている声だった。