ハルカハル⑨
めいによって部屋へ引きずり込まれた者、押し殺された足音の主はハルカが予想だにしない人物だと思われた。
「遥香……様……?」
十年前。
皇帝本邸襲撃事件の際に旧皇帝本邸の庭、この地において死亡した本物の帝国第二皇女 遥香。
顔を隠しているが、めいが取り押さえている者の目は部屋に佇むハルカと同じものだ。
他に人の気配はない。
めいも目の前に現れた存在を受け入れられずにいた。
一瞬、力が緩む。
侵入者はその隙を見逃さなかった。
楽々とめいを突き飛ばすと、部屋の壁際まで瞬時に移動し、武器を構えて戦闘態勢を取る。
飛ばされためいはというと、体勢を整えるのに一瞬かかったが、すぐに臨戦態勢を取っていた。
向かい合う両者。
張り詰める空気。
「そこまでぇっ!」
突然の大声に二人は驚き、声の主を見た。
「二人とも、やめなさい。お客人は敵対の意思がないなら武器を納めてくれるかしら」
侵入者は言われるがまま、手にしていた武器を納めた。
それを確認すると、対していためいも構えを解いた。
侵入者は全身白装束で、頭を覆うヒジャブのようなものまで白い。
暗殺者の格好に、とても戦場におけるものとは思えぬ色。
「お客人。失礼ながら顔を見せて頂けるかな」
ハルカと客人。共に見つめ合う。
遠くから戦闘の声がする。
客人はどうやら何か考えているようだ。
「……断る」
客人の発した声はこれまたハルカと瓜二つ。
ここまでの偶然。有り得るのか。それとも他に。
ハルカは奇跡が起こったのだと。己を信じた。
「畏まりました。では、お客人。お名前を伺っても宜しいかしら」
見つめ合う。再び、戦闘の声が遠くから。
「……Her。ハーと呼んでくれ」
「分かりましたわ、ハー。それで。あなたは何者なのかしら。二択でいきましょ。敵?それとも味方?」
ハルカの問いに今度は間髪いれずに答えた。
「今は味方だ。今は」
含みのある言い方。他意がある。
だが、良い。構わない。
「まぁ、良いわ。あなたにも何か事情があるのでしょうし。今は味方と主張する人と争っている場合じゃないわ。助けてくれるのでしょ。よろしく頼むわ」
侵入者ハーがこの部屋まで通ってきた道はハルカもかつて通った事がある。
その道は城の裏口から皇帝の部屋などに繋がっている。
皇族と近習の一部、そして当時の第二皇女の友人しか知らない、もしもの際の逃走路だ。「現在……私の配下が急襲してきた連合を殲滅している。突然の援軍に諸君らが刃を向けない限り、両者が戦闘になる事はないと思って構わない。敵は三百程度だからすぐ済む。それまでここに……」
「さて。今すぐ外に出ましょうか。ハーは城の裏から来たのでしょう?」
ハーの状況説明を遮り、ハルカは先の行動を示した。
「はぁ?」
ハーは自分の話を遮られた事と、自分が指示しようとした事と真反対の事を言い出したハルカに苛立ちの感情を隠さなかった。
「だから、外へ出ましょう。ハーが通ってきた道で城の裏へ」
「はぁ?」
構わず繰り返したハルカに、ハーも同様の反応をする。
「状況は分かったわ。援軍感謝します。ただ、『今は味方』でも、連合の急襲部隊が殲滅されればどうなるか、安全の保証はない。先ほど『諸君らが刃を向けない限り』と言っていたけれど、第三勢力は常に警戒すべきであり、事実、長年続くこの戦争においても第三勢力は存在していると私は見ています。ハーがその第三勢力の可能性がある限り、私は従者の元へ行く必要があると判断します」
鋭い奴め、図星だ。
「……分かった。仕方がない。だが、私の指示を無視してここから出る以上、私は第一皇女様の安全は保証しないぞ。私一人で連合から守れると断言したくない」
「あら。随分と弱気ですね、侵入者。それならご心配なく。私が責任を持って”遥香様“をお守りしますから、ご安心を」
ハーの発言に対し、ずっと黙っていためいが口を開いたが、声音から通常の精神状態ではない事が明らかである。
無理もない。
ハルカも冷静を保てているのが奇跡のようだ。
言葉を交わせば交わすほど、涙が溢れ出てきそうになる。
一つひとつの単語から感じる威厳。
口調は荒くなれど、高貴な者の威厳は隠せるものではない。
間違いない。
彼女はこの地において死亡したと思われていた本物の帝国元第二皇女である遥香だ。
遂に出会ったハルカ(遥)とハル(遥香)。
二人の運命が、いま再び動き出します。