ハルカ[ハル]⑥
二話連続投稿です。
Herとは一体誰なのか……(そう言われてピンと来ない方は前作『ハル?⑤』を読んでからもう一度いらして下さい!)
十年前。皇帝本邸襲撃事件の時。
武器を手にする為に武器庫へ向かったハルカは襲撃してきた一団と遭遇した。
ハルカは第二皇女として皇宮武術や皇宮剣術を教わっていた。
その二つに関しては第一皇女である姉に勝っていた。
皇女としての立ち振る舞いや所作に関しては全く勝ち目がなかったのに、戦闘能力は秀でていたのだ。
皇女としては恥ずべき事だが、今となってはどうでも良い事。
一団を素手で倒し、武器を手にして襲撃者を一網打尽にするつもりが、一人だけ倒せなかった相手がいた。
武器庫の中の敵を倒し、壁にかけられた剣を手にして一団の大将らしき者に挑んだ。
必死に攻撃していたにも関わらず、見事に遊ばれていた、と今振り返ると思う。
「乞食子よ。敵ながら天晴。殺すのは惜しい。降伏しないか?」
敵方の大将が吐いた言葉はツッコミどころ満載だった。そもそも私は乞食子じゃない。服装こそハルの粗末な物だが、列記とした帝国第二皇女だ。私を殺せば一生遊んで暮らせると言っても過言ではない。
そんな私に降伏を勧告するとは、とんだ馬鹿だ。
興奮状態だったその時のハルカはそこまで冷静ではなかったものの、馬鹿だな、とは思っていた。
大将の言葉を無視して向かっていったハルカはそこで気絶した。
大将に気絶させられたのだろう。
未だ何をされたのか分からない。
ただ一つ言えるのは、鼻から勝てる相手ではなかったということだ。
目覚めたのは馬上だった。
大男に抱えられてる。
口には布が詰め込まれ、手首足首は布縄で縛られていて自由に動けない。
「目ぇ覚めたか。今は皇帝さまの別邸に向かっているところだ。俺らの雇い主がいるからな。」
「むーむーむーむー。」
言葉になっていないハルカの言ったことを何故か聞き取れた大将。
「別にお前を連れて行く必然性はないが、お前は俺のものだ。お前はあの武器庫で一度死んだ。お前の命は俺のもの。持ち物をどう扱おうが持ち主の勝手だ。と、いうことで。今日からお前は俺の弟子だ。嬉しいだろ。」
「むーむーむー!」
叫んでも暴れても大将は笑うだけだった。
別邸にはすぐに着いた。
本邸からはだいたい馬で二日はかかる距離。
相当長い間気絶していたことを実感した。
大将は私を背負い、部下たちを連れ、何の警戒もすることなく別邸へ入っていく。
先ほど別邸に雇い主がいると言っていたが、別邸には一騎当千の皇帝や第一皇女がいる。
こんな奴らが無事入れるはずがない。
こいつら終わったな。
そう思っていられたのもわずかな間だけだった。
誰も中にいる気配がない。
どういう事だ?
ハルカが状況を理解する前に大将は目的地に着いてしまった。
そこは別邸で二番目に高貴な部屋の扉の前。
つまり、第一皇女の部屋の前だ。
大将は普通にノックすると、中からの声を待った。
ダメ。答えちゃダメ。逃げて。
ハルカの願い虚しく中から声が聞こえる。
「入りなさい。」
言われた通り大将は堂々と部屋に入った。
中にいた第一皇女は大将を見ても顔色一つ変えない。
しかし、その男に背負われているハルカと目が合った瞬間、その鉄壁の仮面が崩れた。
「皇女さま。ただいま戻りました。」
「ご……御苦労。……そのぉ此方の人が背負われておるボロ雑巾は何じゃ。」
そんなにも動揺する姉をハルカは初めて見た。そして姉と大将に繋がりがある事に衝撃を受けた。
「あぁ、この娘ですか。皇帝宅に潜り込んでいた乞食子です。戦闘センスがなかなか良くて。素手で私の部下が全員やられましたからねぇ。弟子にでもしようかと。」
第一皇女は自分から尋ねたにも関わらず、話を聞いている様子はなく、ただハルカを見つめていた。
「そう……。そのボロ雑巾、寄越せ。」
姉はハルカを助けようとしているのか。
真意は分からずとも、現状からは脱却出来そうだ。大将が譲ればの話だが。
「もちろん。差し上げましょう。」
帝国第一皇女相手にケンカする気はないらしい。
大将はあっさり身を引いた。
優しくハルカを床に置くと、部下を連れて部屋を出ていく。
扉が閉まる音と同時に、心を安心が駆け回る。
助かったかもしれない。
そう思って姉を見たが、姉の表情は見た事がないほど歪んでいた。
「何故にお前がっ……遥香!」
流石は姉である。
こんな服装でも分かったようだ。
「むーむーむー。」
嫌な予感がする。
目の前に立つ姉はハルカが知っている、第一皇女の姉ではない。
急いで手首足首の布縄を外そうと手と足を動かす。
元々ケガをしないように優しく縛られていたらしい。
安定した床の上なら簡単に外す事ができた。
それを見て姉が激昂した。
「知られた以上、生きて返さない。今ここで第一皇女が殺す。」
姉は護身用のナイフを手にして抜く。
「死ねぇー!」
第一皇女の業物ナイフはハルカに刺さる事も、床に突き刺さる事もなく、鈍い音と共に床に落ちた。
姉がナイフから手を離したからである。
その姉の背後には大将が立っていた。
その手には短刀。
第一皇女の首元に当てられていた。
真っ白な首が今にも赤く染まりそうだ。
「皇女さまよぉ。俺の持ち物を勝手に傷つけないでくれるかなぁ。」
第一皇女は驚きで目を見開いている。
大将は構わず目線をハルカに移す。
「弟子くん。どうして欲しい?君を殺そうとした第一皇女を生かすかい?それとも殺すかい?」
ハルカは答えられない。無理だ。そんな決断できない。
「遥香。お前はいつか第一皇女を殺す。間違いない。だから先にお前を殺す。国を滅ぼしてでも、父上を殺してでも。お前を殺す。お前を殺すしかない。全てはお前を殺す為に!」
突然、第一皇女は高笑いしながら叫びだした。
狂っている。
何の根拠も無く、妹を殺人鬼呼ばわり。
そこにハルカが憧れ、そして僻んだ姉の姿は無かった。
「殺してしまいなさい。この世界の未来に彼女は不要です。」
姉の表情は絶望のまま時を止め、血の海に身を沈めた。
ハルカも第一皇女であったならば同じようになったのだろうか。
第二皇女の妹に殺される恐怖を感じたのだろうか。
否。
全て私のせいだ。
私は幼き頃から皇女としてあってはならない、暗殺者の雰囲気を纏っていた。
そんな私を恐れた姉は正常だ。
「よく決断した。立派だ。」
真っ赤に染まった第一皇女の背後にいたはずなのに、一切血を浴びずに大将は立っていた。
「さて。このあとはどうする?」
そうである。
この別邸に第一皇女がいたという事はその護衛が必ずいる。
そして、第一皇女を殺した我々を大人しく逃がすほど帝国軍は甘くない。
「この館にいる元第一皇女の護衛である帝国軍を殲滅する。一人残らず。剣を一つ頂戴。」
手を差し出したハルカを大将は見つめる。
「何?今更あんた達に挑む訳無いでしょ。あなた達はおそらく暗殺者。雇われれば誰でも殺す。そして私はそんなあなたの持ち物。そして弟子。早く剣を頂戴。殺して回るから指南して。」
すると大将は俯き、軽く笑むと、腰に指していた業物の剣を差し出した。
「我らが世界へようこそ、遥香第一皇女さま。いやーーー。」
別邸を血で染め上げた暗殺者、ハルカ[ハル]ことHerはこうして生まれた。
一区切り。
何故か知りませんが対の話、『[ハルカ]ハル⑥』よりも熱が入って2,000字超えて3,000目の前なんですよ、この話。お読みいただいた通り、暗殺者Herの誕生を描いた訳ですが、NEKO先生譲りなところが私氏、御宝候ねむにもありまして……。楽しくなっちゃったんですね、多分。
次回投稿の予告はしません。近々お会いしましょう!