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奇怪な夢 トンネル

作者: 田中太郎

(一)

 トンネル。そのトンネルは果てしなく続いている。誰もトンネルの先にたどり着いた者はいない。

 そんなトンネルの入り口に私の双子の弟は訪れ、そこで村の住人たちに受け入れられた。

 もっとも、数ヵ月前に弟はそこを去ってしまったようだが。

 そして私も、このトンネルの入り口にやって来た。


 いたずら心で、目の前の家の扉を開ける。弟の真似をしながら。

 村の入口の外れにある家だ。

 ここに住む中年の女は弟と仲良くしていたと聞くが、この女は私たちが双子だということを知らないだろう。だからきっと騙される。

 すると、案の定、中年の女が愛想のよい声を出しながら、顔を出してきた。

「なんだい、あんたかい。どうしたんだい?」

 顔が曲がっているような醜い、だけれども、どことなく愛嬌のある顔の女性が現れた。

 その姿に私は戸惑いを覚えたけれども、それを顔に出すのは申し訳ない気がして、できるだけ笑顔でいるように努めた。たぶん、女は悪い人ではないはずだ。

「ごめんなさい、弟ではないんです。私は双子の兄です」

 女は事情を理解したのかあっさりと私の来訪を受け入れた。

「なんだい、どうしたんだい?」

「いえ…。また来てもいいですか?」

 弟に見せるものであろう女の表情には、温かみがあった。

 そんな笑顔を向けられて、なんだか名残惜しくなった私は、恐る恐るそう訊ねた。

「ああ、いつでもおいで。家に寄っていくかい?」

「はい」

 中に入ると、この家の家具だと思って見ていたものが、奇妙な道具であったことに気づいた。奇妙というか、存在が歪なのだ。

 この村にあるトンネルが関係しているのかもしれない。

 家には部屋が1つしかなく、真ん中には四人掛けの机と椅子が置かれていた。


 女はお茶とお菓子を私に出したあと、バタバタと何かに取りかかった。

 私は女の様子を気にすることなく、手元のお菓子に手をつけた。

 私がお菓子を食べ終わる頃に、女は気前よく何かを渡してきた。

「これを使いな。取っておくといい」

 女が私のために作ってくれたのだろうか、差し出されたものは、壁に掛かっているものと同じ、奇妙な道具だった。

 おそらく、親と子供と言えるぐらい歳が若い私を、女は気遣ったのだろう。それが誇らしかったが、同い年の弟のことを思うと寂しくもなる。

 弟は頼られる存在としてこの女と関係を築くことができたのだろうから。

 女の喜ぶ姿から、このことが伝わってくる。

 とはいえ、最初に感じていた名残惜しさを忘れ、私は躊躇うことなく女の家を出た。作られたばかりの民族衣装のような服を手に握りしめながら。


(二)

 この村には学校が1つあり、20人ぐらいの学生がそこで学んでいる。

 村に学生がいると言っても、その学生の数だけ親が住んでいる訳ではない。

 そう思えるほど、村で見かける人の数は少なかった。もしかしたら、トンネルに潜っているのかもしれない。

 クラスメイトは皆10代から20代ぐらいに見える。勉強へ取り組む姿からは頼もしさを感じられるが、どうしても、彼らは幼くも見えた。なぜなら、背が皆低く、また、真剣に積み木で遊ぶ子どものような表情で各々課題に取り組んでいたから。

 ただ、彼らとは仲良くなることができるだろう。もしそうなったらそれは心強いことだろう。

 そんなことを思いながら、私はクラスメイトたちのなかへ加わった。


(三)

「中では雨も降るし、ときどき雷も落ちる。暗くなって周りが見えなくなったら、帰れなくなるから、雨が降った急いで帰らないといけない」

 仲良くなったクラスメイトの女の子がトンネルの話をしてくれた。

 残念ながら、仲が良いといっても、友達としての仲の良さだ。


  一度、ある女の子が私に用があると、この学校の男友達から聞いたことあったが、そのときに早とちりをしてしまった。

 女の子と仲良くなれることを期待をしながら、その子のもとへ向かったら、「あなたががここに来たと知ったからちょっと話をしてみたくなった」とその子に話しかけられた。

 私はその子が誰なのか分からず、うまく返事を返せずに立ち尽くしていた。

 すると、女の子は2,3言、話をしたあとに、そのまま去ってしまった。

 クラスでも見かけない顔だったので、後で男友達に名前を確認したら、昔の知り合いと同じ名前だと分かった。

 あまりその人のことは覚えていない。

 その人は、面白そうな人だと思って私から声をかけたのだが、その後は会うことがなかったから。

 もしかしたら、そのときからこのトンネルのある村に来ていたのかもしれない。

 昔にその女の子と出会ったときにも、その子からこの村の学生と同じ奇妙な好奇心を私は感じていた。

 ともあれ、女の子から告白されるということもなく、村で過ごしていた。


 さて、私の横にいる女友達は、目の前にあるトンネルに入ったことがあるようで、色々と話をしてくれた。

 だた、このトンネルは気軽に行き来できるようなものではない。気が遠くなるほどトンネルは長く続いているのだ。

 いったい、一度トンネルに入ってしまったら、外の世界に帰ってくるまで、どうやって命を繋げばいいのだろうか。考えようとしても検討も付かない。


 目の前に見えるトンネルの入口は、雪山を無視してまっすぐ進むように続いている。

 地上からトンネルと同じ方向へ向かおうとしても、険しい坂道や生い茂る木々によって通れなくなっている。

 昔は山を登っていく道もあったそうだが、通る人がいなくなってからは木々が通せんぼするように生えてきたという。

 今ではその道もなくなってしまった。

 そう、女友達が教えてくれた。

 とはいえ、もともと山に登ってもその先には何もない。

 人々はトンネルの先に行きたいのではなく、トンネルの中にあるものを求めて、暗闇へ身を沈めていく。

 もっとも、目の前の小さな穴を見る限りでは、それほど特別なものには思えないが。


 私が女友達の話を聞いていると、穴の中から人間が1人ひょこんと現れた。

 たぶん、クラスメイトのうちの1人だろう。

 彼らは誰でも気兼ねなく私に話しかけてくれるため、すぐに馴染むことができた。

 ただ、気を使わなくてもいい分、彼らの顔を覚えることを私は怠ってしまっている。

 この学友は今し方、トンネルから帰還したようだ。

 トンネルの中には雪が残っており、学友の周りの穴にも雪が詰まっていた。

 思わず、私はトンネルのなかに詰まっている雪を食べた。

 私はトンネルを進むときは、雪が邪魔だから雪を食べながら進むのだと勘違いし、試しに食べてみたくなったのだ。

 なんとも突拍子のないことを考えたものだ。

 口に入れた雪は予想外に塩辛く、この雪を食べながら進むのは大変だと思った。思わず「辛い」と驚きの声を上げそうになる。

 しかし、命を懸けてトンネルに潜っているのかもしれない女友達と学友に失礼だと感じ、思い留まった。


  私はトンネルという非日常的な存在とクラスメイトたちの日常の交差に戸惑いを覚えていたのだ。


(四)

 超常現象なのだろうか、3,4人のクラスメイトたちと一緒に入ったトンネルは、順調に進むことができた。

 外から感じていた嫌悪感も今はなく、むしろ、彼らとトンネルを進むことに私は僅かな喜びを感じていた。

 入り口は小さかったが、トンネルの中は広々としており、高さは私の背の高さの3倍ぐらいあった。

 どこから来ているかは分からないが、温かな光が前にも後ろにも続いている。

 暗闇に続くトンネルにいても私は心細くはなかった。


 トンネルのなかでは、不思議で胸が踊るような現象をいくつも目の当たりにしたような気がするが、今ではそれも思い出すことができない。

 記憶が歪んでいるのはトンネルのせいなのだろうか、それとも単に楽しすぎて忘れてしまったのだろうか。

 いずれにせよ、私たちは人の手が行き届いている最後の場所であろうトンネルの奥にだどり着いた。


 ここのトンネルはいくつかの部屋のような空間に別れている。3人の壮年がそこでは何かをしていた。

 この場は明かりが強く灯っているが、彼らが何をしているのか、私は見ても理解することができなかった。

 今思えば、一緒にいたクラスメイトたちも道中で何かしていたようだ。

 ただ、やはり見ていても理解できなかったから気にせずにいた。

 同行したクラスメイトたちが所々でいなくなっても、私は心細くなることはなかった。


 トンネルの奥の、明かりが照らす場所と暗闇の境目のそばに近寄ると、私は背筋が凍るような肌寒さを感じた。

 トンネルはまだまだ続いているが、あの先には行かない方がいい。


 3人の壮年のうち2人は男性だったが、そのうちの1人が私に優しく声をかけてきた。

 何と言っているのかは理解できなかったが、最後の方の言葉は分かった。

 もう帰らないと行けない時間みたいだ。さっきトンネルの奥にたどり着いたのに、すぐに帰らないと行けないなんてなんだか物足りない。


 私の周りを温かな光が灯していた。


 しばらくボーッとしていたようで、気づいたときには周りには誰もいなかった。

「急いで帰らないと行けない」

 そう女友達の言葉を思い出し、また、本能的にも急いだ方がいいと感じた私は一目散にトンネルの入り口がある方向へ向かって走っていった。


 明かりが灯っていたのは、トンネルの最先端にある場所だけだったようで、徐々に周りが暗闇に覆われていく。

 トンネルのはずなのに空からは大雨が降ってきて、雷も鳴り始めた。

 パニックを起こしそうになりながらも、「帰り道がわからなくなる」という女友達の言葉を思い出し、懸命に走った。

  このままでは雨や雷で混乱し、帰り道を見失ってしまう。そう思い始めたときに、右斜め前に電車の駅のようところを見つけた。

 雨宿りをして落ち着くために、そこにある細長い屋根のもとへ向かった。


 ここにたどり着くときには、パニックによる疲れや安心感で、もう周りが見えなくなっていた。暗闇が広がり、私は帰り道を失いそうになっていた。

 ただ、暗くなる直前に、たぶんクラスメイトうちの1人なのだろうか、はっきりとは思い出せないが、どこか親しみを感じさせる男の子が現れ、私に手を差し伸べてきた。

 この手を握っていれば目が見えなくても帰ることができる。

 そう私は安心したのた。

 しかし、心なしか、トンネルの入り口から来たはずの男の子は、私の手を握ったまま少しづく、トンネルの奥へと続く場所へ移動しているように感じられた。

 もう目は見えず、体感でしか判断することができない。もしかしたら、疲れているし、周りが見えないから、体が回っているように感じるのだろうか。

 都合良くそう考えようともしたが、もし違ったらと思うと後が怖くて、どうすればいいのか分からずにいた。


 そんなとき、もう1人の男の子が反対側に現れて、またしても私に手を差し出した。

 このとき気づいたが、この男の子たちは2人ともやや光を放っているようで、暗いトンネルで二人の姿は見ることができた。

 そして、2人ともどことなく馴染みがある姿だったが、どちらを選べばいいのか分からないぐらい、二人のことを詳しく思い出すことはできなかった。

 私はなんとなく後から現れた男の子を選び、手を引かれながら、出口を目指して走った。


 これで合っていたのだろうか。

 そんなことも分からないまな、私はただ走った。

 後ろからは始めに現れた男の子が迫ってきている。


(五)

 いつからだろう、気がつくと周りがやや明るくなっていた。

 さっきまでは不安定に前後左右に広がっていたはずのトンネルも、今ではクラスメイトたちと来たときと同じように、形の定まった道となっていた。

 後ろからはあの男の子が暗闇と共に追ってきているのだろうが、走り続けることでだいぶ距離を開けることができていた。

 今はとりあえず安心することができるだろう。

「よかった。ちゃんと逃げ切れたね」

 手を繋いで一緒に走っている男の子が、笑いながら話しかけてきた。

 彼を選ぶことが正解だったのだろう。

 今思えば、始めに現れた男の子は知らない人だったが、後から現れたこの男の子は、トンネルのある村に来る前からの知り合いだったような気がする。よく思い出せないが、たぶん。

「今度は僕を連れて行ってよ」

 男の子に手を引かれて夢中で走っていた私はいつの間にか男の子を引っ張って走っていた。

 そして、彼が昔の友達で、今は死んでいたことを思い出した。

 それを思い出したときから、彼は死人のように姿を歪め始めた。

 一緒に連れていくのを恐ろしく感じた私は、彼の手を離した。

 しかし、今度は後ろから彼が追ってきた。


 またしてもパニックになりそうになったが、元々追い詰められていて、あまり混乱する余裕が残っていなかったのだろう、トンネルは形を歪めずに続いていた。

 しかし、このままではあの死人に捕まってしまう。

 恐怖で重くなっていた体は速く走ることができなかった。

 死人と私の間は手が届く届かないかぐらいの距離しか開いていない。


 そんなとき、またしても、斜め前に私の知る女性が現れて、手を差し伸べてきた。

 彼女が現れることで、後ろから追ってくる死人とは距離を僅かに広げることができた。

 しかし、もしも彼女の手を掴んだとして、彼女は死人へと姿を変え、また私へと絡み付くだろう。そう理解できたから、私は彼女の手を握れずにいた。

 いつの間にか、この女も後ろから私を追いかけてきている。


 このままでは、次々と私を助け出そうとする死んだ知人が現れて、私を囲むであろう。そうなれば、死者と生者の境界が曖昧になる。

 この状況ではそれもある程度は受け入れないと生き延びれないだろうが、そうなるなら、私はどこまで死者を生者として受け入れるべきなのだろうか。


 そんなことを悩み始めたときに、今度は目の前に正真正銘の生者の友人である男の子が現れた。

 私は死者の存在に怯えていたが、友人は「あれは・・・・・・の奴隷だから怖がらなくていい」と言い切った。

 その言葉のなかにはクラスメイトたちが話す言葉と同じように聞き取れないものがあった。きっと友人も何かを知っているのだろう。

 ただ、友人から害がないと言われても、すぐ側に追ってきている死者に恐怖を抱かずにはいられない。

 呑気なことを言う友人を恨みがましく思いながらも、私は唐突にいいことを思い付いた。

 そのとたんに私は力強い老人へと姿を変えた。

「奴隷の子は奴隷だ。どうして主人に逆らうことができるのだろうか」

 傲慢にも私は理によって彼らを縛ろうとしたのだ。それも、今思えば検討違いな理を持ち出すことによって。

 私は彼らが動きを止めることを期待したのだが、死者たちはなおも私に手を伸ばしてくる。

 また、友人は私の言い様に怒りを覚えたようで、私と同じように老人に姿を変え、振り返って言い放った。

「お前はまたそんなことを言うのか。…」

 前にいた友人が立ち止まったために、つっかえてしまった私は死者の捕まりそうになる。

 我が身を守るために私はまたしても言葉を紡いだ。

「お前はいらない子」

 私の言葉を聞いて、友人は心を乱したのであろう。

 友人は死者に追い付かれそうになった。このまま行けば彼は捕まるだろう。

 私はその隙に逃げ出そうとして、トンネルの入り口を目指して再び走り始めた。


(六)

 そこで目が覚めた。

 起きたら両腕の筋肉が嫌に強ばっていた。

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