「業火のシュシュ」<エンドリア物語外伝85>
オレがガガさんから桃海亭を引き継いで間もない頃。
商品を配達して帰る道で、不要品を販売する露店が出ていた。魔法道具がないか覗いてみたのだが、食器などの日用品がほとんどだった。帰ろうとした時、オレの目が赤い物をとらえた。見ると重ねられた食器の陰に真っ赤な何かが置かれている。オレは場所に移動した。小鳥のだった。真っ赤な小鳥が目を閉じて横たわっている。オレの視線に気づいた店番のおばさんが「銅貨5枚だよ」と言った。後ろからムーがオレに「魔法道具しゅ。でも、売れないしゅ」と言った。商品にはならないものだとわかったが、本物の小鳥とみまごう細密な作りにオレは銅貨5枚を財布から出した。店に戻り、納戸の収納棚に丁寧に包んでしまった。そして、忘れた。
「おいで、シュシュ」
シュデルが手を伸ばすと、指先に赤い小鳥が乗った。
【業火のシュシュ】
オレが露店で買った小鳥だ。
シュデルが店に来て、3ヶ月ほどした頃だった。納戸から飛び出してきたシュデルが泣きながら『この小鳥を動けるようにしてください』とムーに頼んだ。ムーは『イヤしゅ』と言ったが、しつこいシュデルに負けて、メンテナンスの仕方を教えた。ついでに『簡単には動かないしゅ』と忠告もした。長年放置されていた小鳥は、ムーが言ったとおり、簡単には動かなかった。精巧な小鳥の可動部分は百を越える。そのひとつひとつに新しい油をさし、固まった古い油を取り除いた。最初は動かなかった小鳥も、シュデルが根気強く続けると、瞼が半開きになり、足が痙攣するように動き、羽をわずかに開いた。1ヶ月ほどで下手くそな飛び方だったが、飛べるようになった。さらに1ヶ月経つと、口から炎を吐くようになった。最初は黒っぽい煙が立ち上っただけだが、半年もすると真っ赤な炎を吐き出せるようになった。
本物の小鳥とみまごう精緻な作り。深紅の身体は可愛く美しかった。
「危ないから、シュシュを店に出すな」
「喉のメンテナンスが必要みたいです。買い物ついでにしてきます」
「気をつけろよ」
「わかっています。おいで」
肩にシュシュを乗せて、店を出ていった。
ムーが『売れないしゅ』と言っていたが、シュシュは売れない魔法道具の典型だった。
魔法道具には2種類ある。
制作時に注入した魔力で動く道具。多くが使い捨てだが、微量な魔力で動く点火棒のようなものならば長期間使える。安価で一般の人も使えることから一定の需要がある。
使うためには魔力を注入しなければならない道具。魔力は人工的に作り出せない。一般人が保有する場合は、使う度に魔術師に魔力を注入してもらわなければならない。魔術師でも、保有する魔力量が少なければ使えない道具もある。魔力をためる道具もあるが、高額なため桃海亭のような市井の店では置かない。
シュシュは後者で、魔力を頻繁に補充しなければならない。精緻な作りな為に数日動かないと動けなくなる。喉のメンテナンス一回に使用する魔力は、通常の魔術師が使う一ヶ月分の魔力に相当する。
魔力が余っている桃海亭にいるから稼働状態を維持できるが、魔力の供給が少しでも止まれば精緻な鳥のオブジェに戻ってしまう。
「売れないよな」
シュシュはシュデルの影響を受けていない。だから、売ることは問題ない。シュシュの噂を聞いて買いにきた魔術師は何人かいたが、必要な魔力量を聞く買うことを諦めた。
オレは商品を磨く手をとめ、窓の外をぼんやりと眺めていた。いきなり、東の空が赤く染まった。シュシュが炎を吐いたのだ。炎を使う喉は放っておくと煤で詰まる。喉のメンテナンスとは、高温の業火で煤を焼くのだ。最初の頃は、ニダウの町を出て、山中でやっていたのだが、高さ5メートルになる炎の柱は遠くからでも目立つ。山火事を恐れたニダウ住人達が王様に禁止令を出すようお願いした。事情を知った王様は、月に1回ならキケール商店街の空き地で火を吹くことを認めてくれた。真上に向かってあがる深紅の柱は非常に綺麗で、わざわざ見に来る観光客がいるくらいだ。
照り返しで赤く染まった店内。
オレはため息をついた。
「誰か、買ってくれないかなあ」
「シュシュが飛んでいってしまいました!」
青い顔のシュデルが店に飛び込んできた。
「どこでいなくなった!」
人の居る場所で、炎を吐かれたら大惨事だ。
「ニダウの正門の広場です。壁の上を飛んで西に飛んでいきました」
「ムーを呼んでこい!」
「はい!」
一級品の魔法道具はコントロール者を登録できるシステムが必ず搭載されている。たとえば、戦闘用魔道人形が複数の人間から同時に『戦え』と命令されたとき、コントロール者が決まっていないと、攻撃する対象がわからないからだ。
コントロール者の登録は複数人可能になっている。家族で使う道具などひとりしか命令できないと不便だからだ。盗難防止の意味もある。家族だけでなく、販売先の道具店の魔術師を登録しておき、盗難にあったとき追跡、奪還するためにだ。
もちろん、登録の抹消も可能だ。登録者は自分だけがいいという男の客は多い。登録は魔術師が各自行う。桃海亭でもシュデルの影響下に入っていない一流の魔法道具はムーとシュデルが2人共登録してある。シュデルの登録の抹消はシュデルでもムーでも可能だが、ムーの抹消はムーしかできない。登録が特殊なため、シュデルでは抹消できないのだ。
「眠いしゅ」
目をこすりながら、ムーが店内に入ってきた。
「シュシュが奪われた。頼む」
オレはテーブルに紙を広げた。シュデルが色付きチョークを手に握らせる。
「お願いします」
「ほよしゅ」
ムーが魔法陣を書き始めた。
今回、シュシュが飛んでいったのは、おそらく、近くにいた魔術師がシュデルの登録を抹消して、自分のを登録したからだ。『○○に飛んでいき、そこで待て』と命令して、あとでその地点までいって回収するのだろう。
「シュデル、シュシュの残存魔力量でどのくらい飛べる?」
「喉のメンテナンスをした後ですから、20キロが限界だと思います」
「急いだほうがいいな」
一流の魔術師でもムーの登録を抹消するのは容易ではない。そのままにして持ち去る可能性の方が高い。
「できたしゅ」
「よし」
ムーが書いた魔法陣の上に、地図を広げた。
ボッ、ボッ、ボッ。
地図のあちこちに小さな火がついた。
「ああぁーーーー!」
「ここしゅ」
ムーがニダウの北側、山に向かう細道を指した。
「ボクしゃんが登録した道具で、これだけ………」
ガン!
「痛いしゅ」
ムーが頭を押さえた。
オレはムーを殴った拳を握りしめた。
「地図はすんげぇーー高いんだぞ!」
穴だらけで使えない。
「取り返したシュシュを売ればいいしゅ」
「売れないから困っている………あんなのなぜ欲しがるんだ?」
「『あんなの』とは何ですか!取り消してください!シュシュが聞いたら傷つきます!」
シュデルが早口でまくしたてた。
「ほよ、だしゅ」
「だろ?」
火力は強いが、魔力を大量に使用する。同じ魔力量を使うなら杖などブースターがついているものを使った方が、効率が良い。可愛さだけなら、自動人形の鳥で十分だ。
「シュシュの魅力がわからないのですか!あれだけ精緻な動きをする鳥の魔法道具を僕は見たことがありません!」
「おい、いくぞ」
「ほいしゅ」
ムーを連れて、店を出た。壁の隙間から自動二輪車を引っ張り出して、またがった。ムーが魔力を動力に送り込む。自動二輪車がスタートした。
急げば5分ほどでシュシュのいた場所に着く。
「そういうことか」
「はぁだしゅ」
シュシュが表示された場所に行くと、多数の剣士と魔術師がいた。剣士は剣を抜いており、魔術師は杖を構えている。
オレ達を待っていたのは明白だ。
「覚悟をしてもらうぞ。ウィル・バーカー」
「なんで、オレなんだよ。狙うなら、ムーにしろよ」
「そうしゅ!ボクしゃんの方がすごいしゅ!」
オレが標的だったことが不満らしい。
剣士がオレに剣を向けた。
「ムー・ペトリは素晴らしい魔術師だ」
「ボクしゃん、天才しゅ」
胸を張ったムーは自動二輪車から落ちかけ、慌ててオレのシャツをつかんだ。
「だが、ウィル・バーカー。お前は生きている価値がない」
「その台詞を聞くのは、今週に入って4回目だ」
「死ね」
長剣を振り上げた。
「登録ルールを知っているか?」
オレの問いが意外だったのだろう。振り上げた剣を止めた。
「くるしゅ」
ムーが呼ぶとシュシュがどこからか飛んできて、ムーの肩に止まった。
「重いしゅ」
ムーが眉をハの字にした。
軽そうな小鳥に見えるが、金属の塊だ。
「魔法道具は登録の時に順位を設定するんだ。家族で登録する場合は、父、母、子共が一般的だ。同時に命令したら、上位の命令を優先する。知っているか?」
剣士がうなずいた。
振り上げた剣が重いのか、腕がかすかに揺れている。
「それとは別に絶対順位っていうのがあるんだ。知らないか?」
剣士は返事をしなかった。
代わりに後ろの魔術師達の表情が変わった。
「気がついたようだな」
オレは少し身体を斜めに構えた。
剣士は絶対順位を知らなかったらしい。
剣を振り下ろした。
オレは軽く体を反らして避けた。
「そろそろ溜まるぞ」
オレの言った意味がわかったのは魔術師たちだった。
一斉に逃げ出した。
「どうしたのだ!」
突然のことに剣士達が戸惑っている。
「逃げろ!炎がくる!」
親切な魔術師が逃げながら、叫んだ。
炎というキーワードで予想がついたらしい。
剣士達も一斉に逃げ出した。
残ったのはオレの前にいる剣士だけ。
「怖くないのか?」
「小鳥が吐く炎くらい、避けてみせる」
せせら笑った。
ムーが肩にいるシュシュをつかんだ。
「いくしゅ」
「来い!」
剣士の身体に力がみなぎった。
ボボボッーーーーーーー!
ムーの魔力で満タンだったシュシュの炎の柱は、50メートルくらいの高さまであがった。
「やっぱ、すげーな」
「ボクしゃん、天才しゅ」
「天才と魔力の量は関係ないだろ」
「魔力がいっぱいないと天才になれないしゅ」
「天才なら、そういう嘘はいうなよ。信じるバカがでるから」
「ちっ、しゅ」
「そろそろ、帰るか」
「あっちは、どうするしゅ」
ムーが横目で見たのは、腰が抜けて地面にへたり込んでいる剣士。
オレは近づいていった。
「あのですね」
「来るな!」
「シュシュの炎は凄いと思いませんか?」
「思う、思うから、あっちにいってくれ」
「凄いですよね。それを間近に見られるなんて、幸運だと思いませんか?」
「その鳥をこっちに向けるな!」
恐怖で動かない体を後ずさりしながら、叫んだ。
オレは剣士の前に屈み込んだ。
「オレとしましては……」
ひきつっている剣士に丁寧にお願いした。
「……シュシュの炎の見学代に、銀貨10枚をいただきたいのですが」
「ムーを使うか」
「僕がやりましょうか?」
「また、寝ているんだろ。たっぷり余っている」
シュシュの高い高い炎の柱事件で、オレはアレン皇太子に始末書を書かされた。悪いのは相手だと思うのだが、オレ達がニダウに戻った後、ニダウに雨が降った。シュシュが吐いた炎のせいで、上昇気流が起きたのが原因だと言いがかりをつけられた。国に無断で気象コントロールを行うと罪に問われるらしい。ムーに言わせるとシュシュの炎で雨が降るのは理論的には「あり得ないしゅ」らしいが、雨が降ったのは事実で、始末書と罰金がやってきた。罰金の額は金貨1枚で、通常の10分の1だった。エンドリア国王様が『高額にするとウィルが餓死してしまう』と心配してくれたからだ。
「ちょっと、ムーの部屋に行ってくる」
「店長、お気をつけて」
オレは片手にシュシュをつかんで、2階にあるムーの部屋に向かった。
ムーが小鳥を簡単に呼べたのは絶対順位ので1位だったからだ。この絶対順位というルールははあまり知られていない。
魔法道具の登録時、特殊な方法で自分の順位を設定することができる。自分を1位にしておけば、あとで誰がどのような順位で登録しても魔法道具は自分の命令を最優先できくというシステムだ。
あまり知られていないのは、設定が非常に難しく、ごく限られた魔術師しかできないのだ。天才を自認するムーは、登録するとき必ず絶対順位で自分を1位に登録する。
「ムー、開けるぞ」
扉を開けるとムーが腹を出して寝ていた。
腹の上では、頭が3つあるハサミムシが、グニグニと動いていた。
「魔力を満タンにしてくれ」
シュシュをムーに向かって投げると、シュシュは器用にムーの額に降り立った。
「………重いしゅ」
「頼むな」
オレは扉を閉めた。階段を下りて、待っている客に笑顔で言った。
「2分ほどお待ちください」
「取り扱いは、この紙に書いてある通りで大丈夫か?」
「とても頭のいい小鳥です」
シュシュは売れない。
だが、降雨機としては需要があった。なぜか、シュシュが空に向かって高い高い炎を吹いた場所では雨が降る。オレは魔力を満タンにして貸し出すことにした。確率はほぼ100パーセント。評判は上々だ。
客がオレの首もとを見た。
シュデルが別の紙を取り出すと、客の前に置いた。
「この契約書にサインをお願いします。注意事項が書いてありますので、サインの前に必ずお読みください。シュシュは1回しか炎を吐かないように設定してあります。人に向けて試すようなことは絶対にしないでください」
シュデルがペンを取り出して客の前に置いた。客はオレの方をチラリと見てから、サインをした。
ムーがシュシュに『人、動物、木、人工物など燃える物が前方にある場合は吹いてはいけない』という命令をしてある。順位1位の命令なのでシュシュが危険行為をする可能性は低い。だが、万が一ということもあり、貸すときには注意書きとレンタル期間の責任は借り主にあることを明記した契約書にサインをしてもらう。
客が注意書きを読んでいる間にムーのところから魔力が満タンになったシュシュを回収。サインをしたところで、シュデルがシュシュを箱に入れて客に渡した。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
シュシュの入った箱を大事そうに抱えた。
必要経費、ムーの魔力。10日間のレンタルで金貨1枚。おいしい商売だ。
店から出ていく前に、客は振り返ってオレを見た。何か言いたげな視線を残して出て行った。
シュデルがため息をついた。
「店長、それ、なんとかなりませんか?」
「オレが悪いわけじゃない」
腰を抜かした剣士は、駆けつけたアーロン隊長に捕まった。その時、オレが恐喝したと訴えたのだ。
美しい炎を近くで見られたのだから、正当な対価の要求だとオレは言ったのだが、なぜか認められなかった。アーロン隊長はオレを牢屋に入れようとしたが、オレが牢に入るとムーが野放しになる。しかたなく、王宮と軍と警備隊で話し合い、桃海亭内をみなし牢屋とするということになった。
「牢屋でも、別宅でも、離れでもいいのですが、それをなんとかしてもらいたいです」
シュデルが言う『それ』というのは、首枷のことだ。何もつけないと牢屋に入っていることがわからないという理由で、オレの首には木で出来た首枷がつけられた。薄くした木を曲げて作っており、首枷と言うより首輪だ。
首輪からは、15センチ四方の板がぶるさがっている。
【現在入牢中。罪状恐喝】
「綺麗だったと思うんだけれどなあ」
「そんなことより、早く外してもらえる方法を考えてください」
「外さなくてもいいから、牢屋にいれてくれないかなぁ」
「牢屋に行くなら、ムーさんも連れて行ってください」
「今回はムーに罪状がないんだ」
「僕が作ってあげます」
シュデルの目が座っている。
オレは慌てて、首元を指した。
「とりあえず、これをどうするかだよな」
「何日間つければいいのですか?」
「アーロン隊長の気が済むまで、だそうだ」
「隊長の気持ちわかります」
「気持ちがわかるなら、予想も出来るだろ。あと何日だ?」
「たぶん………」
「たぶん?」
シュデルが寂しげに微笑んだ。
「店長がアーロン隊長の視界からいなくなった時だと思います」
オレはカウンターに置かれた雑巾を、シュデルの顔に投げつけた。