情報食者
「おい、ロバート!これ見てくれよ!」
興奮気味にウィリアムは一枚の報告書を私に渡した。
それはとある生物に関する報告書であった。
「これがどうしたんだ?」
「どうしたって……この生物の特徴だよ!」
ウィリアムに言われ、私はもう一度報告書に目をやった。
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“とある鉱山で発見されたこの生物は、発見当初はわずか数ミリの肉片にしか見えなかったが、暗い坑道から外にだすと途端に1センチほどの大きさに成長した。その後もさまざまな刺激を与える度に成長し、目や口の発達も見られるようになった。そしてとある研究者の遊び心からその生物をコンピューターに物理接続させたところ、急速な成長を遂げ、幼児ほどの知能を持つまでに至った。初めは「電力を成長エネルギーに変換しているのではないか」という仮説が有力であったが、幾度もの実験を行い「情報を成長エネルギーに変換している」との結果が出た”
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「情報を食らう生物……」
とても考え難いものであった。しかし、この生物に情報を与え続けたならばどこまで進化するのだろうか……私の研究者としての好奇心がくすぐられた。
「君のことだからどうせ、『情報を与え続けたらどのように進化するか』とか考えてるんだろう?そんなだから研究所の金食らいって言われるんだよ」
呆れたように私を見下ろすウィリアムと目があう。
ウィリアムとは長い付き合いだ。研修生時代から互いに逸材と言われ周りからチヤホヤされてきた。ウィリアムはそれに慢心していたようだが、私はただ己の好奇心を満たすためだけに研究に没頭していた。周りの声などどうでもよかった。
その違いが私とウィリアムの研究スタイルを分けたのだろう。
「この成長エネルギー……抽出できたら莫大な利益を生む……」
やはり金か。ウィリアムは金儲けの天才だと言ってもいいだろう。そのおかげで私も研究費に困ることなく研究に没頭できるのだ。しかし、今回は謎の生物が相手だ。あの報告書もどこで入手したものかわからない。今のところ信憑性はない。
「……だが、この生物はどこにいるんだ?生体サンプルが手に入らんことには……」
そう言いかけて私は口をつぐんだ。
ウィリアムのポケットから肉片の入った試験管が出てきたからだ。
「お前……それをどこで……」
「その報告書を拝借してきた場所からだよ。見たところサンプルはこの一つだけだった……手柄は誰にも取られない……」
ウィリアム……ついに金に狂ったか。犯罪に手を染めるとはな。
訝しげな目で見る私にウィリアムは食いつくように言った。
「ロバート!!この研究に協力してくれ!これは僕だけでは完成できないんだ……」
驚いた。あの自惚れたウィリアムが人に協力を頼むとは。しかもライバル視しているはずの私に……
この時点で私は何か嫌な予感がしていた。だが、好奇心がそれを振り払った。
「わかった。私にできることなら何でもする」
「ほ、ほんとうか!じゃあ早速だがプランを話すぞ……」
ウィリアムの話を要約するとこうだ。
肉片は情報を吸収する際に成長エネルギーを発生させる。ならばネットサーバそのものに接続してしまえば、世界中の情報を吸収することになり、結果、莫大なエネルギーを生み出すはずだ。そしてその成長エネルギーを我々が奪ってしまうのだから成長することはない。よって危険性もない___
「……話はわかった。だが、そのネットサーバにはどうやって接続するんだ?お前の話では物理的接続などと言っていたが、ネットサーバそのものは厳重に管理されている。我々がそこに入れるわけがない」
「……地下だ。地下から接続する」
「地下?穴でも掘るのか?」
少々小馬鹿にしたように私は言った。だがウィリアムの表情は依然、真剣であった。
「ここで君の力が必要となるんだ。人力で穴を掘るのはあまりに馬鹿げている。メカを使いたい」
なるほど。ウィリアムの言いたいことがわかった。
ウィリアムは生物を扱う研究に関しては私より上だ。それは認める。だが、機械に関してはさっぱりなのだ。きっと私に穴掘りロボットでも作ってほしいと言うことなのだろう。
「……わたしも専門ではないんだ。お前の期待に添うようなものは作れんぞ」
「おいおい、ここの研究所にある機械はほとんど君が設計したんじゃないか」
“だからそれくらいは作れるだろう?”
口には出さなかったが、確かにウィリアムはそう目で訴えた。
「……一人で作るとなると数年はかかるぞ」
「その間にさらにプランを練るさ。ネットサーバ室に至るまでの“道”は約10キロだ。それだけ掘れるものを作ってくれ。頼んだぞ」
ウィリアムに“シャベル”作りを頼まれ、私は二年半かけてそれを製作した。しかしその後、成長エネルギー吸収装置やネットサーバ接続配線を作ることも頼まれ、結果的には十年以上もの歳月がかかった。その間、ウィリアムが何をしていたかというと別に今までと変わりない、金儲けのための研究だ。それもすべて諸々の装置の製作費に消えていったが、他の研究員たちに疑われることはなかった。私がいつものように湯水のごとく使っていると思ったのだろう。この時ばかりは、『研究所の金食らい』であることを誇らしく思った。
…すべての装置が完成した。私はここまで来て少し怖気付いていた。膨大なエネルギーを我々二人が手にすれば生活が一変することは確かだ。何億、何兆の金が手に入る。ウィリアムはいったいその金で何をするつもりなのだろうか。どちらにせよ、ここまで来て後戻りはできない。私にはウィリアムの“プラン”を信じるしかない。
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……あれから二十年が経った。私もずいぶん歳をとり、環境もあの頃とは大きく変わった。
まず、結論から言うと、ウィリアムの考えたプランは成功した。地下から物理接続させるという大胆な発想がよかったのかもしれない。誰にもバレることなく“それ”はエネルギーを生み出す金の源泉となった。
ウィリアムは様々な企業を通し、エネルギーを売りさばいた。安く大量に得られる“ウィリアムエネルギー”は他のエネルギーの価値を無くならせるほどの力を持っていた。そして世界のほとんどのエネルギーが“ウィリアムエネルギー”となったとき、ウィリアムが死んだ。いや、正確には殺されたのだ。やつは欲に溺れ、高慢になり、多くの人間から恨みを買っていた。殺されたと聞いたときも特に驚きはしなかった。やつが普通に死ねるはずがないのだ。
私はそれよりもエネルギーの扱いに悩んだ。今となっては世界中で使用されているエネルギーだ。それを止めたら世界はパニックに陥ることだろう。私とて平和を望む。研究さえできたらそれで私はいいのだ。
私はウィリアムがいなくなったことで、ずっとやりたかった“ある研究”を実行に移すことができた。それは、例の情報を食らう生物の研究だ。
ネットサーバ地下でエネルギー生成機となっているやつの細胞を摂取し、クローンを生成することに成功した私は、早速やつの研究を開始した。
そしてあまりに恐ろしい発見をしてしまったのだ。
やつは情報を吸収する際に発生させる成長エネルギーで進化しているわけではなかった。
放出された成長エネルギーはあくまで体から漏れ出た一部分だったのだ。
漏れ出た成長エネルギーを奪ったとしても、それはやつの進化を止めることにはならない。
報告書にあった事例では、ほんの少しの情報吸収で幼児レベルの知能を持ったと云う。
二十年間、膨大な情報を吸収したらいったいどうなってしまうのだろうか……。