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先輩と後輩

人は見た目が9割

作者: 夏野簾

短編。だけど続くかもしれない。続くとしても、短編短編、という感じで多分。お付き合いどうぞよろしくお願いいたします。

 昔々あるところに、一人の男が住んでいました。ある時男は捨てられていた赤ん坊を拾います。元々人と接することが苦手だった男は、それはそれは育てるのに大変苦労しました。娘はそんな不器用ながらも愛情に溢れた男のお蔭で、とても優しい娘に育ちます。

 男と娘は村とは少し離れた森に住んでいて、ある時男が尋ねます。ここでの暮らしは退屈なのではないかと。お前一人でも街へ行ったらどうかと。いいえ、お父さん。娘が答えます。ここでの暮らしはとても楽しいわ。動物たちがいてくれるおかげでちっとも退屈じゃないし、それに、何よりお父さんがここにいてくれるから。

 とても裕福とは言えないけれど、それでも満ち足りた生活を送っていました。ずっとこんな生活が続いていくのではないかと、そう思っていました。

 ある日、娘が風邪を引いてしまいます。今までは男が自分で薬草を挽いて飲ませていたのですが、一向によくなる気配がありません。このままでは娘が死んでしまう。そう思った男は大急ぎで村へ向かいました。村へ着いた時にはもう日が沈んでいて、医者の店も閉まっていました。だからといって、このまま帰るわけにもいきません。男は家の前で必死に頼み込みます。薬を売ってくれ。このままでは死んでしまう。

 数十分経って。ようやく出てきた医者は、まるで虫でも見るかのような目つきで男を見ます。お前に売ってやる薬なんてない。早く帰れ。帰れと言われても、このままではあの子が死んでしまうのです。男は何を言われてもその場を立ち去りませんでした。とうとう医者は観念して、薬を渡しました。もういい、この薬をやるから。その代わり、二度とここには近づくな。

 男はとても喜んで、すぐに家へ帰ると薬を娘に飲ませました。娘の容体はみるみるよくなっていき、二人はそれからとても幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。


「……え、これで終わり?」

「そうよ」

 ポカンとしてる僕に、あっけからんと言い放つ先輩。

「良かったぁ、途中で何度か雲行きが怪しくなったから。たまには先輩も普通のお話聞かせてくれるんですね」

 ホッと一息ついていると、フフ、と何やら不敵な笑みが。あ、これは多分ダメなパターンだな。

「だけどね、実はこの話には続きがあるみたいなの」

 こうなってしまうともう何をいってもしょうがない。僕は諦めて、続きを促す。

「やっぱりそういう感じなんですね。その後、どうなったんですか?」

「薬を買いに来たときに不審に思った村人が男の後をつけると、男と暮らしている娘が絶世の美女だった。対する男はこの世のものとは思えないほどの醜い容姿で、彼は娘が騙されて監禁されてるんじゃないかって思うの。村人は大急ぎで引き返して、村人総出でその娘を“救出”する。娘は突然の事に何が何だか分からなくて、それに、初めて男以外で見る人間だから、なおさらね」

「それで、男はどうなったんですか?」

「男は娘を必死に守ろうとして村人を突き飛ばしてしまうんだけど、運悪く頭から落ちて気絶しちゃったの。男はコミュニケーションが上手く取れなくて、それに、体が大きくて力も強かったから、村人から一斉にリンチされてその場で死んじゃうのよね」

「あぁ……結局そうなっちゃうんですね」

 いい加減馴れつつあったけど、やっぱり少しテンションが下がる。

「でも、この話最後はとてもスカっとして終わるのよ。連れ去られた娘を巡って男たちが争ってるの。そこで、ようやく娘は理解するわけ。ああ、お父さんが殺されたのは醜かったからなんだ、って。当然、彼女にとっての初めての人が男だったわけだから、彼女自身には外見が美しい・醜いなんて分からないんだけどね。まあそれは置いておくとして、村人たちは娘に次々に求婚していくの。あなたほど美しい人は見たことない、っていう感じにね。最後の場面で娘は求婚してきた村人全員を集めて、いきなり熱湯を頭から被るの。すると、当然周りはビックリしたような、それこそひどい話だけど幻滅したような声も出るわけ」

「えぇ、これのどこがスカっとしてるんですか。娘ご乱心、って感じで全然いい話でもなんでもないじゃないですか」

 ついつい横から口を挟んでしまった。すると、ギロっとひどい目つきで睨まれる。こ、怖い……

「はぁ、あなたね。最後まで話は聞きなさいよ。ここは国会じゃないのよ?」

「はい、すいませんでした」

 反射的に謝る。いや、謝るしかなかった。だって怖いんだもん、この人。あの目つきは完全に人殺しの目です。

「なんかまた失礼な事考えてるようだけど、まあいいわ。そして娘は火傷まみれの顔で、それこそ男と同じくらい醜くなってしまうんだけど、こう言い放つの。『私にとっての一番の美しさで皆様をお出迎えさせていただきました』ってね」

「おぉ、それは確かに、スカっとはしますね」

「そうでしょ?だけど、結局村人たちには理解できないのよね。こうやってお話で聴いてる分には私たちも理解できるけど、その場にいたらどうでしょうね」

 そういって遠くを見つめる。時々先輩はこうして何かを考えこむ。僕にはそれが何だか理解できなかったけど、その横顔がとても寂しそうで。だから僕は――

「ま、まぁ、つまり人間見た目じゃなくて、中身……」

「人間外見が全て、ってお話ね」

「そ、それを言ったら身もふたもないじゃないですか」

「じゃあ、試してみる?私が頭から熱湯を被ってみるとか」

 まるで挑発するかのようにこちらを見つめてくる。確かに先輩はとても美人で、僕なんかじゃ全然釣り合ってなくて。だけど、それ以上に。

「ちょっと意地悪だったかしらね。冗だ……」

「大丈夫です。先輩がどんなふうになっても、絶対に僕からは離れていきませんから」

 ……あれ、言った後になんかおかしいことに気付いたぞ。どうやら、先輩も面食らってるようだ。あれ、なんか可愛いな。いやいやそうじゃなくて。

「……それは、告白、と受け取ってもいいのかしら?」

「い、いや、今のはその、言葉の綾というかなんというか」

 慌てている僕の様子を見て、微笑む先輩。いや、これは微笑むというか、ほくそ笑むだな。

「ふふ、冗談のつもりだったけど、少し試してみたくなっちゃったわ。でも、ずっと私に付き合ってくれてるわけだし、ちょっとは信じてあげてもいいのかしらね」

 なんか分からないけど、機嫌が少し良くなったみたいだ。最初はよくわからなかった先輩の表情や機嫌なんかも、最近は大分分かるようになってきた。

「あ、でもやっぱり、できれば冗談のままがいいです」

「当たり前じゃない。何を言ってるの?折角こんな美人に生まれてきたのに、なんでそんなことしなくちゃいけないのよ。バカ?」

 僕の返事に間髪いれず畳み掛けてくる。……やっぱり、まだ僕には先輩は掴み切れていなかったようです。この人の場合、どこからが冗談なのか全然分からないんだよなぁ。

「さて、少し早いけど、今日は解散ね。これ以上特にやることもないし、それに、面白い言葉もきけたしね」

「だ、だからあれは、その」

「じゃあ帰りましょうか。今日は少し早いから、どこか寄っていく?」

 思いっきり流されました。相変わらず、弄るだけ弄っていきなり話が飛ぶというかなんというか。というか、え、聞くだけ聞いてもう教室出てますよ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 慌てて帰り支度を済まして、先輩の背中を追いかける。ずっとこんな時間が続いたらいいな、と。そう思った。


「そういえば」

 なんとか先輩に追いつくと、さっきの話を聞いた時からの疑問をぶつけた。

「なにかしら」

「結局、さっきのお話で娘はどうなったんですか?」

 そう聞くと、少し先輩は考え込む。あれ、ひょっとして何か聞いちゃいけない事でも聞いちゃったのか。

「……先輩?どうかしました?」

 そう尋ねると、さっきまでの固い表情が少し柔らかくなった。良かった、怒っていたわけではないようだ。

「そうね、ちょっと面白いな、って思って」

「面白い?」

「その後、火傷だらけになった娘を見て、その場にいた村人たちが全員去って行ってしまうの。当然よね、美しさだけが取り柄なんだから。だけど、一人だけその場に残った村人がいて、実はその人だけは娘を奪うことに疑問を抱いていた人なの。そして、その村人はちゃんと娘と向き合って、二人仲良く、子供もできてめでたし、めでたし」

「あれ、先輩の話にしてはちゃんとハッピーエンドですね」

「……あなたが普段どういう印象を私に抱いているかとってもよく分かる言葉ね」

「あ、あはは……ま、まあそれは置いておいて、それのどこが面白いんですか?」

「さあね」

 そういって歩調を速める。僕も慌ててそれに着いていった。先輩の横に並ぶと、いつもと少しだけ、様子が違って見えて。

「……?」

「どうしたの?」

「あ、いや、何でもないです」

 慌てて顔を逸らす。そう?と不思議そうな表情をする先輩。だけど、僕には先輩の方が不思議で。いつもと同じ横顔が、何だかとても、嬉しそうに見えたから。初めて見る顔で、だけど僕は、それから目を逸らす事なんてできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 父親を殺した村人とよく結婚出来たな、父親が醜い事に気付いて愛情が無くなったってオチかと思ったけどそういう話の流れではないし、父親が殺されるの黙って見てただけだし元から愛情は薄かったのかな? …
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