東方村人記(仮)
この世界には僕のようなすることがなく暇な人間、存在を伝えるかのように精一杯頑張って鳴く虫、そんな虫を狙って飛び回っている鳥といった動物達が暮らしている。
そんなのはどこの世界だって暮らしていると、人は当然のように言うだろう。
じゃあ、そのほかにはこの世界に暮らしているのはいないのか、そう聞かれたらどう答える?
そのほかは暮らしていないじゃないの、そう人は答えるだろう。
少し前の僕も同じことを言われたらおんなじことを言うかな。
ほかに暮らしているものがいるはずもないって普通は思うだろうし、考えても暇つぶしでしか考えないだろう。
でも……僕なら違うことを答える。
そう、今の僕なら。
この世界はそのほかに不思議なものが暮らしていると……。
「なーんて、僕はなんでどうでもいいことを思っているのかな」
そうつぶやき、手に持っていたおにぎり(塩味である)を食べる。
今日は天気がいいのか、閉めているカーテンの隙間から日差しが入っている。
おかげで暗くひんやりするはずの部屋が、明るくほんのちょっと暖かく感じる。
うす暗く他に比べて寒い森の中とはいえ少し前までは雪が積もっていたほどに寒かった季節が終わったのを肌でも感じて、昨日、炬燵を片付けたのは間違ってなかった。
*
おにぎりを食べた僕はふとあれを見たくなってよいしょと、立ち上がる。
ふすまを開けそのまま縁側にでて庭に置いてある雪駄を履く。
雪駄にのっていた花びらを除き、脱げないのを確認して目的のもとまで庭を歩く。
もう庭には雪が残ってなかったが融けた影響で積もっていた場所は水たまりになっている。
裾が濡れないように水たまりに気をつけつつ歩いて行くと目的のものが目に映った。
間もなく到着し設置している椅子に座り目の前にあるのを見る。
僕が見たかったもの……それは、庭一番に目立つ一本の大きな桜の木である。
この桜の木は樹齢千年以上とも云われるとっても長生きで、毎年、暖かくなるこの時期に庭を覆い隠すように桜の花を咲く、それは我が家初代当主の頃からずっと続くことだ。
千年も生きている老木とは思えないほどの若々しくみえる木で過去一度も病気にかかることや、虫被害がなかったという元気いっぱいの木だ。
ほかにも、我が家に盗人が来ない、戦乱や火事地震等の被害がない、家の者が大きな病気にかかることはないのはこの桜の木があるからと昔から言われており、この桜の木は我が家の御神木になっている。
一応、桜の木のそばには小さいものながら祠があり中にはこの桜の木の枝と布にくるまれた細長い物が収められている。
収められている桜の木は、毎年の一番初めに咲いた枝を丁寧に手で折り用意された布できれいに拭いたものだ。
後、不思議なことに祠の中に収めた桜の枝は枯れることはなく、祠から出すまで花が咲き続いているためにこの木には何か不思議な力が宿っていると信じている。
もう一方の収められている細長い物は我が家初代当主が愛用していた弓矢と聞いているけど僕は実際布の中を見たことはないのと、桜の木の枝とは違い我が家の危機といった余程のことがない限りは収めっぱなしなのでほとんど出すことがないそうだ。
*
しばらく桜の木を眺めていると足音が聞こえてきたために見るのをやめて、足音が聞こえるほうに振り向く。
振り向くとそこには着物姿の男の子と女の子が立っていた。
「どうした?なにかあった?」
そう僕は二人に聞くと、女の子が無言で紙を差し出す。
ありがとうと僕が言うと二人は頭を下げてすぅっと消えていった。
僕は消えていったことに気にせずに差し出された紙を読む。
「……そうか。大ごとにならないことを切に願うか、あの屋敷の者達に……」
そう言うと同時に紙を破り立ち上がる。
直後にどこからか火を出し紙だったものを一つ残らず燃やした。
燃え尽きるのを確認せずに縁側に戻るため歩きだす。
縁側に着く前に誰もいないが僕はあることをつぶやいた。
誰もいないはずなのにつぶやきを了解したように風が吹き、僕はそのまま雪駄を脱ぎ部屋に戻った。
「この夏。何かが変わる、そんな出来事が起こるかもしれないね。」
ふすまを閉じると僕はそんなことを想い言葉にしていた。
これは第百十八期の春、魔法の森の一画での出来事。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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