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What-if games?  作者: 岡田播磨
1章 PROLOGUE 失恋。ダメ、絶対!
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第八話


「すっご~い! 恋音ちゃんの占いってホント当たるんだね!」

「……そんな、たまたまですよ……占いっていうのは、みんなに元気になってもらうためのおまじないですから……土岐野ときの先輩が真摯に聞いてくれているから、意味があるわけで……」

「こ~ら。世那せなでいいって、言ってるでしょ? 同じ部員なんだから、気を使っちゃダ~メ!」

「……でも……」

「ほら! 私の名前は?」

「……世那先輩……」

「先輩もダメェ~」

「……ううぅ……せ、世那……さん……」


 今にも泣き出しそうな月乃宮恋音は、土岐野世那に指先で額を小突かれていた。

 まだ何もない、ガランとした空き部屋。

 唯一置かれているのは、白いテーブルと六脚のパイプ椅子のみである。

 入り口側の椅子に座っているのが世那。先程から、斜め向かいに座る恋音に自らの手相を見せている。

 少し離れた窓際では、不破怠惰がテーブルに突っ伏し、よだれを垂らして眠っている。

 ここはラブコメ推進部に与えられた仮の部室である。

 部の発起人である袋井雅人の姿が見えないのは、入部を求めた土岐野世那の申告に行ったまま、なぜか生徒会室に呼び出されて、足止めを食らっていたからであった。


「遅いですね……袋井先輩……」

「なぁに? 恋音ちゃんは、あいつのことが気になるわけ?」

「ち、違います……! そんなことは……」


 耳を真っ赤にして、恋音は首を振った。

 にやにやとイタズラな微笑みを浮かべた世那は、恋音の頭を撫でた。


「否定したら、可哀想だよ~。あいつモテなさそうなんだし。――まあ、あたしはあいつより、恋音ちゃんの占いの方が気になるけどねぇ~」

「……そ、そうなんですか……?」

「人間の占いって面白いじゃん? 天使の仲間にも占いを得意とする奴はいたけどさ。人間のみたいに、理論立った答えで作られてはいなかったんだよね。そいつの能力しだいじゃん、ってもんばっかでさ。誰かのための占い、って感じじゃなかったからね。――あたしって、そんなもんばっかに興味を持って堕天したバカなのよ、ほんと」


 ケラケラと笑う世那に、恋音は呆けるようにぼんやりと頷いている。


「おや? 世那君は、自分がバカだってことは理解していたんだなぁ~」


 むっとした表情で世那は声がした方向に顔を向けた。

 逆を向いて眠っていたはずの怠惰が、顔だけを世那たちに向けて目を細めている。


「それはどういう意味かしら、惰眠のバぁくまさん?」

「いや~深い意味はないよ。自分を利口だと思う者こそ本当のバカであり、自分をバカだと理解している者こそ、本当の智者ちしゃという者。その程度の意味だと捉えてくれればいい」

 

 歯を剥きだして笑う怠惰に対し、世那は眉間にシワを寄せて腕を組んだ。

 二人に挟まれている恋音は、オロオロとまた泣き出しそうな表情をしていた。


◇◆◇


「これは……強制ですか?」

「ええ。生徒会としては、お願いしたいと思っています」


 夕日が差し込む生徒会室で、袋井は神楽坂茜から手渡された通知書を見て、固まっていた。


『通知書

生徒会執行部は、ラブコメ推進部に対し、新しい部室である「陽報館」を供与する。

伴い、生徒会執行部は、ラブコメ推進部の所属部員全員に対し「陽報館」での共同生活を求める』


「……でも、なんで?」

「そうですね――昔、同じような部活を立ち上げた者がいたのを御存知ですか?」

「そんな人がいたんですか!?」

「その部は――あなたの部のように恋人を作るという部ではなく――学園内での人間関係を円滑にするための手助けをしようという部でした。今もそうですが、人間関係に悩む生徒は大勢いましてね。その部はすぐに巨大化し、次々部室を変えなくてはいけない事態になりました。――そこで、生徒会としましては、そのような事にならないよう先手を打つという意味合いと、過去に功績を上げたその部のように、あなたの部活も発展して欲しいとの願いを込め、生活環境が整っている陽報館を提供することにしました」

「それは大変ありがたいことだと思います。……ただ、なぜ共同生活をしなくてはいけないんでしょう?」


 茜はほんの少しの間、額に人差し指をかざした。

 すぐ手をおろし、袋井に対してにっこりと微笑む。


「だって、そのほうが面白いじゃないですか!?」


 あまりに無責任な発言をぶっ放し、有無を言わさず袋井を生徒会室から追い出した。

 通知書だけを手渡され、廊下に追いやられた袋井は、鉛のように重い足取りで、仮部室へと向かっていた。


(とんでもない学園だとは思っていたけど――まさか、生徒会の責任者があんなにぶっ飛んだ人だとは思ってなかったなぁ……)


 トボトボと歩く袋井は、もう一度通知書を見てため息を付いた。


(同じような部があったんだ……もう少し詳しい話を聞けばよかった。――それより、共同生活って……ど、ど、どうしたらいいんだ……)


 全寮制である久遠ヶ原学園は、その人工島内にたくさんの寮や施設のような大勢の人が住める建物が存在する。

 陽報館も、そのひとつで、小高い丘に立つ半分幽霊屋敷のような有名スポットであった。

 誰でも好きな施設で住むことができ、今回のように部の選択により、住居が強制されるのは一握りである。

 集まった四人が共同生活を送れるかどうかはさておき、袋井はともかくとして、他の三名が陽報館への入居を了承するかどうか。

 部長としては、そちらのほうが気がかりであった。

 袋井の意図を汲んで、手伝うと入部してくれた三名。

 生徒会の無理な提案で、辞めると言い出されては悔やむに悔やみきれない。

 仮部室の近くまで来ているというのに、袋井はいつまでもウロウロしていた。


(嫌だなぁ~なんて言い出せばいいんだ……)


 仮部室までほんの数メートルという所まで来ると、袋井の体は急に何かに引っ張られるように前方に反り返した。

 慌てて姿勢を保ち前方を見やると、体から仮部室に向けて見たことのない恋愛線が引かれていた。


(三本の――点線!?)


 袋井から放たれた三本の点線は、まっすぐ仮部室まで引かれている。

 今まで見てきた恋愛線は、すべてが実線であった。

 互いを知らなければ線は動かないし、知り合いであれば、何らかの形を描いていた。

 今見えている点線は、どの経験にも当てはまらない。

 袋井は気付くべきだったのだ。

 部員として関係性を持った三人の少女たち――その三人に向けて、自らの恋愛線が何ら動きを見せていなかったという不自然さに。

 通知書を握り締める袋井の額から、汗が垂れた。

 初めは慎重に足を進めていた。しかし、気付くと歩調は早くなり、扉を開ける頃には走るような速さでたどり着いていた。

 

「なんだ。随分とお急ぎじゃないか?」


 勢い良く扉を開けて入ってきた袋井に対し、怠惰は相変わらず机に突っ伏したまま顔だけを向けて、声を発した。

 袋井は扉の入り口に立ったまま、動けずにいる。

 なぞるように三本の点線を眺めると、やはり三人の少女たちに線は向けられていた。

 奇妙なのは、線に浮かぶハートも同じだった。

 ハートもまた点線で描かれており、下からせり上がるようにピンク色の模様が表れる。

 世那と怠惰の模様の量は大差なく、今一番多いのは恋音を結ぶ点線のハートであった。


「……どうか……したんですか……?」


 視線を向けられた恋音は、もじもじと袋井に尋ねる。

 三人から視線を向けられ、声も発せず立ち尽くす袋井。

 握りしめられている通知書に気づいた世那が「なにこれ?」と、袋井の手から滑らかに奪い取った。

 丁寧にシワを伸ばして通知書を広げると――離れて座っていた怠惰も近づき――三人の少女が覗きこんだ。

 やっと来たかと神妙な顔つきで眉をひそめるもの、観察がしやすくなると瞳を輝かせるもの、赤くなったり青くなったり、先のことを考え過ぎて表情を歪ませるもの。

 三者三様な反応を見せている。

 袋井が我に返ると通知書を見た三人から、再び視線を向けられていた。

 誰ともなく口が開きそうになった時、袋井の頭はフル回転した。


「ごめん、みんな! 僕、急用ができちゃったんだ! その通知書を見て、少し内容を検討してもらっていいかな!? 僕は、みんなの決定に従うから! じゃあ!」


 サッと手を上げて、立ち去る袋井。

 呼び止める声を振りきって、袋井は全力疾走で自分の寮へと駆けて行った。


(なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ!)


 走りながら、混乱する頭を必死に抑える袋井。

 自分自身は、まだ三人の少女たちに恋愛と呼べる感情を持っていなかった。

 会って間もない上、目に見える恋愛線の実力に慣れ始めていた袋井は、三人の少女たちへまだ線が引かれないことに、むしろ安心すら覚えていた。

 自分を手助けしてくれる仲間たちという意識で接することで、関係が変わることを無意識に恐れていた。

 それが、急に変化してしまった。

 それも、見たこともない恋愛線に因ってである。

 息を切らし、ヨレヨレになりながら寮の入り口まで袋井は走りきった。

 日頃は、電車で通っている距離を疾走し、もう何も考えずに眠りたかった。

 ガラス戸越しに見た寮のホールが、妙にざわついている。

 扉を押して入ると、すぐに同じ寮生の黄昏たそがれひりょが気がついた。

 

「袋井さん! 遅いですよ。みんな待っていましたよ!」


 メガネを掛けた優しげな少年は、珍しく語調を強めていた。

 誰にでも優しく接する黄昏は、悩んでいる人・困っている人を見つけると必ず声をかける生粋のお人好しである。

 黄昏が怒り出す理由には、必ず他人のためという大前提が存在する。

 今の黄昏にも、恐らく他人の理由が絡んでいるのだろう。

 そうでなければ、袋井に食って掛かるなど、考えられることではなかった。


「どうしたの、黄昏君? そんなに怖い顔して。何かあったっけ?」


 じっと袋井の顔を真剣に見ていた黄昏は、ため息を付いた後、肩を落とした。


「……わかりません。袋井さんがそんな悪人には見えないし、でも彼らの言うことを信じるなら袋井さんは大罪人になってしまう……。袋井さん! 正直に答えて下さい。あなたは一体、何股しているんですか!?」


 袋井は、壮大に吹き出した。


「な、何いってんだよ! 僕は先日、フラれたばっかで、何股どころか、恋人のひとりもいないよ! とんだ言いがかりだよ、それは!」


 袋井の怒声にきょとんとしてから、黄昏はホッと胸をなでおろし、柔和な笑顔を浮かべた。


「なんだ、良かった。俺は、袋井さんが異常な性癖の持ち主だと勘違いしてしまうところでしたよ。――じゃあ、彼らの言い分はデタラメなんですね?」


 そう言うと、黄昏は袋井の視界が開けるように横にずれ、エスコートするように寮の奥へと腕を伸ばした。

 伸ばされた腕に導かれるように、入り口に集まっていた他の寮生たちも左右に別れ、袋井の視点はまっすぐと寮の奥に立つ、三人の少年少女たちに向かう。

 初めて見るはずなのに、何故か、とても親近感を覚えた。

 ゆっくりと人のあいだをかき分けて歩み寄ってきた少年たちは袋井の前で止まり、にっこりと笑った。

 

「はじめまして、お父さん! アタシたち、未来から来たの!」


 メガネがずり落ち、あんぐりと口が開く。

 袋井雅人、17歳。

 彼が初めて、自分の『子供たち』と出会った、最初の瞬間であった。



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