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What-if games?  作者: 岡田播磨
1章 PROLOGUE 失恋。ダメ、絶対!
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第六話


「そなたが、袋井殿であるか。急に呼び立てしてすまなかったのう」


 琥珀色の体毛で覆われている狐獣人の悪魔が、袋井に話しかけていた。

 フワフワした毛並みと圧巻の巨乳、獣人特有の容姿も相まってか、巨大な何かに覆われているような圧迫感を感じさせた。

 蛇に睨まれた蛙とまではいかなくとも、頼まれたら断れない、そんな雰囲気を彼女は醸し出していた。


「私は狐珀こはくという者じゃ。袋井殿に頼みたいことがあってのう」

「はぁ、何でしょう……?」


 すでに雰囲気に飲まれている袋井は、ただただ狐珀の言葉を待つのみであった。


「ふむ……実はのう……私の知り合いが、恋を患っておるのじゃが、複雑な事情があってのう……素直になれんのだ。袋井殿の部の触れ込みとしては、両思いの者を恋仲にするのが得意とあったようじゃが……少々、事情がちごうても、引き受けて貰えるものなのかのう?」


 どうやら袋井が新たに設立した『ラブコメ推進部』の掲示を見て、訪ねてきたらしい。

 それほど多く触れ回ったつもりもないのに、この人(?)はかなり耳が早いようだ。


「そ、そうですね。脈がありそうなカップルなら、少し様子を見てみたいとも思っていますが……」

「おお、そうか! 実はな、その娘はつい最近、失恋というか――相手を振ったばかりなのじゃよ。だがのう、本当はその者ともう一度やり直したいと思っておる所なのじゃが、素直になれなくてのう……相手がもし自分のことをもう好こうていなかったら、どうしようと苦しんでおるのじゃ……袋井殿、力になってくれぬか?」

「は、はあ……」


 生返事を肯定の言葉と受け取った狐珀は「では、早速」と、袋井の腕を引っ張った。

 勢い余ってつんのめった袋井は、狐珀の尻尾に誘われるようにしがみついていた。


「なんじゃ、袋井殿? そなたも私の毛に悩殺されたかえ?」

「い、いえ、ちょっと……ははっ……」


 微苦笑を浮かべてモフモフの毛から脱出した袋井は、引きずられるようにひとりの女生徒の前に連れて来られた。

 栗毛の可愛らしい少女。狐珀に大学生と紹介されたが、見た目は袋井と同じ高校生ぐらいにしか見えない。寒い季節でもないのに、首にマフラーをしており、胸の前で手を合わせて困った表情をしている。


(あれ? この人、どこかで見たような……)


 袋井が首を傾げていると、目の前の少女は「あの……」と語り出した。


立花杏たちばなあんって言います……。……よろしくお願いします!」


 立花は勢い良く頭を下げ、その隣で狐珀も恭しく頭を下げる。


(あ、この人! バスの中でビンタしていた人だ!)


 袋井の頭には、ビンタを決めた立花の顔が思い浮かんだ。しかし、その相手である男子生徒の顔が一向に思い浮かんで来ない。

 印象に残っていないのである。


「立花さんは、その、振ってしまった彼と復縁したいってことですよね?」

「……はい」


 消え入りそうな声で、立花は肯定する。


「彼とは、最近会っていないんですか?」

「……会っていません」

「それは、なにか事情があるんですか?」

「それは……」


 何故か立花は、隣に立つ狐珀を盗み見て、小さく首を振ると「言えません」と答えた。


(……うまく事情が掴めないな。彼の近くに行って貰わないと、矢印が動かないしなぁ……)


「まずは、彼の居そうなところに行きませんか」と袋井が提案すると、二人は承諾した。

 立花は彼に見つかりたくないと、狐珀の後ろに隠れながら学園内の中庭へと足を運んだ。

 中央広場に足を踏み入れると、二人はすぐに物陰に隠れた。

「居ました」と、小声で立花が告げるも袋井には見つけられない。

 バスの中で見ているはずなのに、中庭を見回しても全く思い当たる顔に出会えない。

 袋井が首を傾げていると、立花の恋愛線が動き出し、まっすぐと端っこに植えてある木に突き刺さった。

 そこには非常に影の薄い、まるで木と同化するように微動だにしない、青年が立っていた。

 袋井も彼に見えない位置に隠れ「彼ですよね?」と指を差しながら尋ねると、立花は心底驚いた表情をした。


「よ、よくわかりましたね! 特徴もないし、彼、あんなに影薄いのに……」


 確かにわかりませんでした、とは言わず、袋井は頬をかいて曖昧に笑った。

 恋愛線は、問題なさそうである。

 ひび割れたハートが細かい破片を集め、ひとつに再構築されている。

 あとは二人がちゃんと話しあえば、修復可能だ。


「どうやら彼も、立花さんのことをまだちゃんと好きみたいですよ」

「ほ、本当! で、でもなんで分かるの?」

「い、いや~僕にはなんとなくわかっちゃうんです……恋心っていうのかな? そんな感じのものが……」

「ほぉ、流石じゃのう。やはり、それもアウルの力なのか?」

「ま、まあ、そんな感じです……」


 狐珀に突っ込まれ、袋井は焦った。

 素直に自分の能力を明かすのは、危険に思えた。

 出処を聞かれたら、なんと答えたらいいか、わからない。

 じっと彼を見詰めたまま動かない立花に「どうしますか?」と声をかけると、立花はブンブンと首を振った。


「わ、わかりません。怖いです。――その、ちゃんと聞いてきてくれませんか?」


(やっぱり、そうなるのか)


 能力は明かせない。

 袋井の言葉だけで信用してもらうには、さすがに無理がある。

 そうなると直接本人に話して、想いを尋ねるしか方法はないのだ。

 狐珀も無言であるが、目だけで雄弁に訴えてくる。


「ちなみに彼の名前は?」

「佐藤です。佐藤知治さとうともはる


 立花と狐珀に見守られ、袋井はゆっくりとした足取りで、佐藤に近づいていく。

 まさか、自分に話しかけてくるとは思っていなかったのだろう「あの……」と袋井が声をかけると、佐藤はビクッと全身で飛び上がった。


「……だ、誰だい君?」

「僕の名前は、袋井雅人って言います。えーっと、狐珀さんの使いで来ました」


 逃げ出されても困るので、まずは狐珀の名を出してみた。


「狐珀さんの? 彼女がどうかしたの?」

「あの、ちょっと佐藤さんにお尋ねしたいことがあって」

「なんだい?」

「立花杏さんに対して今どう思っているのか、聞きたいんですけど……」


 立花の名前を聞いた途端、佐藤の顔は大きく歪んだ。

 笑うような恐怖のような、形容しがたい苦痛の表情を浮かべ、袋井を舐め回すように見詰めた。


「どうして、そんなこと君に言わなくちゃいけないんだ!?」

「それはですね、狐珀さんがお二人のことを心配していて……」

「だ、だったらどうして彼女が直接聞きに来ないんだ!?」

「そ、それはごもっともなんですが……」


(まずいな……言い方を間違えたか……)


 不快な表情丸出しで、佐藤は後ずさった。


「ま、待って下さい! もう少し話だけでも!」

「う、うるさい! 君に話すことなんて何もない!」


(まずい! 本当にまずいぞ! このまま去られてしまったら完全に失敗だ!)


 足早に立ち去ろうとする佐藤。

 為す術もなく手を伸ばして硬直している袋井。

 袋井の目だけに映る恋愛線に乗っているハートが、メッキを剥がすかのように細かな破片を落としていく。


(待ってくれ! お願いだ! 待ってくれ!)


 袋井の心の叫びは届かず、佐藤の背中は小さく――


「待って下さい!」


 袋井の耳に、聞きなれない声が聞こえた。

 立ち止まった佐藤の視線は、袋井の背後に向けられており、袋井もまたその視線を追うように振り向いた。

 そこには、見知らぬ少女が立っていた。

 人形のように整った顔立ちに、雪のように白い肌、黒いストレートのロングヘアが目を隠すように伸びている。

 スカートを両手でグッと掴み、子鹿のように震える足を必死に押さえ込んでいるようにも見えた。

 ほんのりと赤くなった顔を上げ、丸く大きな瞳で佐藤を見詰めている。


「佐藤さんは怯えているんですよね?」

「えっ!?」

「佐藤さんは、大切な人に嫌われたかもしれないと思って臆病になっている……」

「そ、それは……」

「でも、本当の気持ちに気付いてらっしゃるんじゃないですか?」

「わ、わからないよ、僕には……」

「佐藤さんには、まだ意識できていないのかもしれません……。でも、本当の心は、やるべきことはわかっているはずです」


 圧倒的な言葉に、佐藤はただ口をパクパクと動かすだけ。

 そんな佐藤に、少女はたたみ掛けるように言葉を続ける。


「つい最近、大切な人に悪いことをしたと、後悔していますよね?」

「そ、そうなんだ……あれば、僕のミスだった……」

「だったら、やるべきことはなんだと思いますか?」

「……謝らないといけない。わかっている。でも、もし嫌われていたら……」

「嫌いになんてなってないよ!!」


 袋井たちの後ろから、大きな声で叫んだのは立花だった。


「杏ちゃん……」


 隠れていたはずの立花と狐珀が並んで立ち、佐藤を見詰めている。

 佐藤が走りだすと、立花も響きあうように走りだし、ついには抱き合った。


「杏ちゃん、ごめん。……僕が悪かった」

「ううん。謝るのは、こっちだよ。本当にごめんなさい!」


 袋井の目に映る恋愛線のハートは、完全に修復され、ピンク色に脈打ち始めていた。

 袋井は、二人のハートを見てグッと手を握りこんだ。


(これだ! 僕が望んでいたのは、これなんだ!)


 抱きあう二人を見て、先ほどの少女は赤面している。

 袋井の視線に気付いて、ほんの一瞬だけ袋井の顔を見たかと思うと、少女は更に顔を赤くして視線を逸らした。



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