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What-if games?  作者: 岡田播磨
1章 PROLOGUE 失恋。ダメ、絶対!
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第四話


 人の体を囲むように、矢印がクルクルと回っている。

 袋井の目に映る『それ』は、普段は人の体にまとわり付くように円を描いて回っている。

 目の前を通過する人物が、知人と思われる誰かに近づくと途端に矢印は生き物のように動き出す。

 知り合い程度なら、矢印のない一本線。

 気にかけている要素がある場合は、一本線が矢印に変わる。

 その上にほんの小さなハートが浮いているなら、LIKE程度の好きの意味。

 そのハートが半分の形を成しているのならば、片思いをしている。

 線が重なりあい、ひとつのハートを成しているのならば、両思い。

 ハートが脈打っている場合は、すでに恋人である。

 いくつか割れているハートを目にするが、恐らく失恋した場合であろう。

 袋井から美月に放たれていた矢印にも、同じ物が乗っていた。

 深くため息を付き、袋井はベンチに座っていた。

 学園都市の至る所に設置されているベンチは、誰にでも安らぎを与えてくれる平等な存在であった。


(何のための能力だよ、これは……)


 袋井は行き交う人々の幸せな笑顔と、脈打つハートを持つ恋人たちに呪われた視線を送っていた。


(アウルの新しい能力――じゃないよな、多分……。恐らく、あれが原因だろうなぁ~)


 思い当たるフシは、ひとつしかない。

 あの時受けた天魔の攻撃は、袋井に思いがけない能力を開花させた。

 人々の愛を見せつけられる袋井は、失恋した痛手もあってか、頭のなかに呪詛の言葉しか浮かんでこない。


(リア充、爆発しろ!)


 声に出せないその思いを、ただただため息とともに吐き出す以外に、袋井のやるべきことはなかった。


(どうした袋井雅人! お前はこんな男だったのか!? こんな思いを抱くために、この学園に来たっていうのか!?)


 両手で頭を小突いて邪念を吹き飛ばし、袋井は通り過ぎる人々を眺めていた。

 赤毛で幼げな少女と、金髪の優しげな少年が手をつないで歩いている。

 袋井の能力がなかろうとも、二人が幸せなカップルであることがよく分かる。

 眩しいほどに輝き脈打つ『恋愛線』が目の前を通過していく。


(すごいなぁ~あの二人。そういえば、恋の力ってのを、聞いたことがあったような……)


 袋井の脳を掠めるのは、数週間前に講義で聞いた撃退士の能力を高める技法のひとつであった。

 実技の筋肉教師が珍しく「手っ取り早い能力の上げ方を伝授してやる」と息巻いたのは、恋愛の極意であった。

 この男のどこに恋愛のセンスがあるのか、講義を受けた全員が首を傾げたが、そういった能力の上げ方があるということを誰もが印象づけられた。


(そうか! これってもしかして、ものすごい発見なんじゃないのか!?)


 袋井は勢い付いて立ち上がり、辺りを見回した。

 楽しく笑い合っているように見える集団にもたくさんの矢印が浮かんでいる。

 袋井が特に興味を持ったのは、くっついたり離れたりして脈を打たずに漂っている綺麗なハートだった。


(そうだよ! これは使える! 本当は両思いなのに、お互い気付けずにいるカップル。二人を引き寄せれば、これは大きな戦力になる!?)


 袋井は唾を飲み込んだ。

 焼鳥屋の店先で鳥を焼いている和服の女性と、サバイバルナイフを腰に下げて店先に並んでいる銀髪の青年。

 二人にはしっかりとしたハートが見えているのに、遠慮しあうように近づこうとしない。


(ああいう二人をくっつけること! それが僕に与えられた使命なんだ!)


 自分の発見に興奮するあまり、袋井は我を忘れていた。

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、何の考えもなしに集団へと近づいていく。


(これはいい! これは、絶対にいい考えだ! 僕が二人の関係を教えてあげれば、きっと大喜び間違いない!)


 焼鳥屋まで、ほんの数メートル。

 自分を見失っていた袋井が、黒い集団に声をかけようとした、その時。


「何言うとんじゃ、ワレ! 六桜会、舐めてんじゃねぇぞ!」

「んだとコラ! テメエらこそ、お嬢とこに近づいてんじゃね! ぶっ殺されてぇのか!?」

「なんだと、テメエ!? 焼鳥屋が客を選ぶってのか? いい度胸じゃねぇか!!」

「テメエらなんざ、客じゃねぇ! テメエらにやるぐらいなら野良猫にやった方がマシだってんだよ!!」


 さっきまで、不思議な笑みで語り合っていた黒服の集団は、一気に罵声を浴びせ合う任侠集団へと変貌していた。


「おもしれぇ……よほどぶっ潰されてぇらしいな!?」

「上等じゃねぇか!? 焼き鳥代は、テメエらのたまで勘定してやるよ!!」


 黒服の集団は、みな腰に手を回し、何か重いものを取り出そうとしている。

 軽く手をあげ、不可解な笑みを浮かべていた袋井の顔がどんどんと青ざめていく。


「やめろ!」

「おやめ下さい!」


 今まさに何かが抜かれようとした瞬間、集団と店先から同時に声が上がった。

 ひとつは、サバイバルナイフを下げた銀髪の青年。

 もうひとつは、焼鳥屋の女性のものであった。


「他の客の迷惑になることはすんじゃねぇ! 俺は帰るぞ……」

「あ、兄貴、そ、そんな……」


 冷たい視線で辺りを一瞥した後、青年は無言で歩いて行く。


「あなたたちも、ここには来ないという約束のはずです。とっととお帰りいただけますか?」

「お、お嬢、これは、その……」


 女性は穏やかに恫喝し、強い視線で黒服たちを見据えた。

 二人に一喝され黒服たちは、何かを確認し合うように目線を合わせると、舌打ちをして、別々の方向へと分かれていった。

 ほんの一瞬、銀髪の青年と焼鳥屋の女性は、寂しそうな視線を合わせたが、すぐに視線を外した。

 ひとり取り残された袋井に対し、焼鳥屋の女性はすぐに柔和な笑顔を取り戻し、声をかけてくる。


「いらっしゃいませ、お客様! なにをご注文でしょう? ――あの……えっと……怖かった、ですよね……?」


 泣きながら袋井は、身の置き所がない思いで財布を開けた。

 袋井の使命は、前途多難である。



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