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What-if games?  作者: 岡田播磨
2章 INTERMISSION 愛情、冷えてます?
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第七話


「……なにも、変わらないみたいね」


 陽報館のリビングに集まった4人は、静かに時を過ごしていた。

 世那は頭を抱え、時計の音だけを聞きながら、独りごちていた。

 名を聞いた母親たちは、確かに姿を思い出すことが出来た。

 なぜ忘れていたのか、それすら疑問に思うほどに。

 キャスリングには、ルナ、美月、黄昏が残った。

 黄昏はルナに絡まれ、「さっきの話し、例の子に話したらどう思うかなぁ」などと、意味深な事を話し黄昏を丸め込むと、なぜか一緒に店内の掃除を始めていた。

 美月は、後で顔を出す程度の事を言うと、「まずはご家族で」と4人が陽報館に帰るのを後押しした。

 だが、4人が陽報館に戻っても、状態は変わらず。

 静まり返った室内は、生気を感じぬ静けさがあった。


「前にも、凌雅くんが消えたことがあったんだ……」

「それで、三人で走り回っていたのね。あん時は」


 重い空気に耐え切れず、袋井も言葉を漏らした。

 意味のない反応と知りながら、世那はそれに答えていた。


「僕には、恋愛線って呼べるものが見えるんだ。それを見て、その人達が恋人か、そうじゃないか見極めて、両思いなのに告白できないでいる二人を結びつけようと考えたんだ。恋で、力が強くなるなら、きっと役に立つと思ったんだ」


 世那の肩がピクリと反応を示した。


「それ、本当にあんたの能力なの?」

「どうして?」

「天使の中に、そういう能力があるって奴のことを聞いたことがあるのよ。あたしが見えた訳じゃないから、正確に同じかどうかわからないけど。相手の好意が見えるというのは、存在する能力なの」

「そ、それは……」


 ズキリと、赤い糸を巻いた小指が痛んだ。

 もし、ここで天魔の話を切り出したら、この前と同じ状況になるのではないだろうか。

 心を操ることが出来るのであれば、また4人の関係を崩し、袋井の言葉を操られるかもしれない。

 喉に手を当て、袋井は答えられずに詰まった。

 また、静まり返ったリビングに電話の着信音が流れた。

 あまり、聞きなれない音だった。

 個々に携帯を確認し、鳴っていたのは袋井の携帯電話だった。

 非通知の外部からの着信であったため、知らぬ音であったのだ。

 袋井が恐る恐る取ると、携帯からは尊大な声で話す男の声が漏れてきた。


「袋井くん。突然の電話で申し訳ない。私だ。下妻笹緒しもつまささおだよ」

「下妻さん。どうして僕に」


 袋井の頭に、ジャイアントパンダが小さな携帯を片手に話している奇妙な光景が浮かんだ。


「少し、出てこられるかな? 話したいことがあるんだ。一人で出てきて貰えると嬉しい」


 静かだが、凄みのある物言いに袋井は、従うことにした。

 三人に呼び出されたことを告げ、袋井は一人陽報館を出て行った。

 待ち合わせ場所は、校舎入り口。それほど距離のある場所ではない。

 夕暮れの中、巨大なパンダのシルエットは、遠目からでもすぐ確認できた。その隣にはあまり見ない組み合わせの人物がいた。


「……生徒会長」

「久しぶりですね。袋井くん」

「お二人がどうして?」

「あなたにお話しておきたいことがあるのです」


 神楽坂茜は髪を掻き上げると、袋井を見詰めた。

 話し始めたのは、下妻の方だった。


「前に『恋愛相関図の見える神社』という噂は、空振りだったことは伝えたね。――もうひとつ、同じ日に取材していたことは覚えているかな? それの取材結果が出たんだ」

「それが、どうかしたんですか?」

「人の恋を言い当てる天使がいるという噂なんだよ、それは」

「なんですか。それ!」

「君の部活動のチラシを見て、もしやと思ったんだ。君と同じ事をする天使がいるというのは、どうもおかしいと思わないかね。なにか、関わりがあるのではないかと、追調査していたんだが――」


 下妻が言いよどむと、後を継ぐように茜が喋り始めた。


「下妻君には、ある女生徒の写真を持って頂いて、その天使と接触したことのある人物にその写真を見て頂きました。そしたら、この天使に間違いないと話したそうです」

「その天使って、まさか!?」

「はい、土岐野さんの写真です」

「ど、どういうことですか!? 土岐野さんが何をしたんです!」

「落ち着いて下さい。見せたのは土岐野さんの写真ですが、その人物は土岐野さんでは、恐らくありません」

「えっ?」

「土岐野さんは、学園に入学して以来ずっと探している人物がいます。それは、自分の双子の妹です。ともに堕天しましたが、はぐれてしまい、お互い見つけられずにいたのです」

「彼女達は、プットと呼ばれる愛を司る天使らしい。よく女神とかの壁画に描かれる赤子の姿をした天使がいるだろう? あれがプット。二人一組で描かれるのが慣わしらしい」


 下妻が知識を披露し、対の存在であることの理由を示した。


(赤ん坊のような天使って! まさか、寄生している――片割れじゃあ!)


「土岐野さんには、すぐ知らせるつもりでした。ですが、昨日の彼女は、すごく不安定でしたから。様子を見て、落ち着いた頃にと――袋井さん?」


 袋井の顔がみるみる青くなっていくのを、茜は見逃してはいなかった。


「すみません、会長! ちょっと、確認したいことがあります。失礼します!」


 ズキズキと小指が熱さを感じる。

 どこから出る熱さなのか、自分でもわからない。

 ただ走りだし、袋井は陽報館へ急いだ。

 寄生した天使。双子の妹。好意を見る能力。

 土岐野はすべてに気付いていたのかもしれない。

 だが、それでも理解できない部分が多すぎる。

 なだれ込む勢いで玄関を開け、袋井はリビングに駆け込んだ。

 土岐野の姿はない。


「土岐野さんは?」

「風呂場だよ」


 何気なく答える怠惰。

 言葉を聞いて走りだした袋井には、慌てた恋音の声が耳に入らなかった。

 風呂場の扉を勢い良く開け、世那の顔を確認した時、袋井は気に留めることが出来なかった。

 小指の糸が、ぷつりと切れたことに。


「土岐野さん、聞きたいことがある、ん、だ?」


 人の肌に光沢はないと思う。しかし、目の前の天使には艶やかな輝きを放っていた。

 豊満な膨らみには白い布が掛けられ、魅惑的な曲線を惜しみなく見せている。

 粒のように肌に浮かぶ水滴は星の輝きを思わせ、水に濡れた髪が太陽の色を持つ。

 白鳥すら敬服する純白の翼からは、数枚の羽根が舞い落ちていた。

 落ちた羽根は床に張り付かず、踏み出した袋井の足の裏に見事に入り込んだ。

 羽根は、袋井の体を支えず、殺し切れなかった前進する勢いを加速させた。

 天使は、物を透過する能力があるのだ。

 不意の存在に、逃げる必要はない。

 天使に、飛び込んでくる人間を避けるという瞬発的行動は、身についていなかった。

 そして、ふたつの体は、壮大な音を立てて床にたどり着いた。


「すごいな、袋井君。君は、なんでも持っていくんだな」


 扉から顔を出した怠惰は、ニヤニヤ笑いで二人を見ていた。

 止めようとした恋音は間に合わず、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠し――ているように見えて、その指の隙間からバッチリ見ていた。

 当の二人は、この数秒を何時間と感じていたのだろう。

 唇が重なりあった状態で、世那を押し倒した袋井は、目を見開いて、お互いを見つめ続けていた。


「いぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」


 ゴフッなのか、ぐふっなのか、袋井の顔面に決まった右ストレートは奇抜な音を立てた。




挿絵(By みてみん)




 下着姿の世那は、バタバタと地団駄を踏むように床の上で暴れだしていた。


「あんた! い、言っといたわよね! 次殺す! もう殺す! ゼッタイ殺すうううう!」


 言いながら、次第にウワァァァンと世那は泣きだしてしまった。

 綺麗に拳を貰った袋井はK.Oされ、床に突っ伏している。

 床についた袋井の耳は、ドドドという地団駄を踏む音と、トトトと二階から響く、軽い足音を聞いた。

 近づく足音は、風呂場入り口で止まり、


「ありゃりゃ……」


 と、落胆した声を発したのは――玲那、だった。


「玲那ちゃん! こいつが、こいつがぁぁぁああ」


 突如現れた玲那に構わず世那は抱きつき、ブルブルと震える指先を袋井に向けた。

 玲那は、要領を得た手つきで、世那の頭を優しく撫でていた。

 ポカンとする一同の中、怠惰は玲那に近づくと、その頭に手を触れた。


「おおぅ、これは。――なかなか、面白いんじゃないかな」


 実体を確認すると、怠惰は袋井に近づいた。ヒビの入ったメガネを外して、その顔を持ち上げる。


「袋井くん」

「……はい?」

「キ~ス」


 倒れたままの袋井に問答無用にキスをした。

 唐突過ぎる行動に袋井は、逆さにされた亀のように手足をバタバタさせる。

 数秒後、唇を外し、怠惰はキョロキョロと周りを見渡す。

 何度か小首を傾げた後、「律花のち~びぃ~」とボソリとつぶやいた。

 ドスンッと、二階から何かが落ちる音がした。


「あんただって、おんなじぐらいでしょうがぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」


 すごい剣幕の律花が、怠惰に掴みかかった。


「おぉ~律花ちゃん。元気で何より」

「撤回しなさいよ! こんなにちびなの、お母さんのせいでしょ!」

「怠惰なお母さんは、ちっこい律花ちゃんが大好きだなぁ~」


 大好きと言われ、口篭った律花はそれ以上何も言えなくなっていた。


「……ど、どうなってるんですか……これ……?」


 目まぐるしい展開に恋音は、置いてけぼりにされていた。

 世那は玲那に抱きついたまま泣いているし、押し黙った律花は怠惰に頭を撫でられ、赤くなっている。

 袋井もようやくショックから立ち直り、立ち上がった。


「見てわからないかい、月乃宮君。キッスだよ、キ~ス。袋井君と、キッスをすれば関係が修復される。理由は、わからんが子供たちが帰ってくるぞ。お母さん、嬉しい」


 怠惰に、為されるまま律花は抱きしめられる。

 恋音と袋井は並んで立ち、互いに顔を見合わせた。

 キスという言葉が、お互いの頭に同時に浮かんでいることが言葉を使わなくても伝わった。


「さあ、月乃宮君。キスだ。キスをするんだ!」

「恋音さん。お願い、凌雅を取り戻して!」


 怠惰と律花が、二人に語りかける。


「恋音ちゃん……ぐすっ……頑張って……」

「レナ達も戻れたんですから、きっとりょうちゃんも戻れますです」


 玲那のヒラヒラ衣装に顔を埋めたままの世那と、相変わらずフワフワした玲那が答える。

 また、恋音と袋井は顔を見合わせる。

 ゆっくりと、恋音の全身が赤くなっていく。


「こ、こんな、ところじゃ。無理ですぅ……」


 脱兎の如く風呂場から逃げ出した恋音は、靴を履かないまま玄関を飛び出し、すでに暗くなっていた外へ飛び出していった。


「袋井君、逃がすな! 追いかけろ!」

「逃がしちゃダメ! 絶対凌雅を取り戻して!」

「袋井……恋音ちゃん、逃すんじゃないわよ!」

「りょうちゃん、取り戻してくださいです!」


 4人に脅され、後退る袋井。


「ちょっと待ってよ。これじゃあ」


 タジタジと、下がる袋井は、


「この前と、同じ展開じゃないかぁぁぁああ!」


 叫びながら、走り出していた。

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