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What-if games?  作者: 岡田播磨
2章 INTERMISSION 愛情、冷えてます?
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第五話


「有月君! 有月君はいるかな!?」


 学園教室棟の最上階、一番端にある誰も近づこうとしない寂れた元資料室の扉を開けて、怠惰は大声を上げた。

 部屋の中は、人の座るための赤いソファの上以外は、足を踏み入れるのも難しいほど、本や資料に溢れかえっている。

 少ない空きスペースの一角、絶景が見える窓辺に、深窓の令嬢を思わせる長い黒髪を携えた白衣の女の子(?)が日の暮れた外を眺め、立っていた。

 怠惰の呼びかけに反応したその子は、くるりと身を翻すと、ニカリと男前な表情を見せた。彼女――否、彼は男である。


「おお、怠惰殿。やっと、戻って来おったか。まったく、部長が部を抜けてどうするんじゃ? 他の者も呆れて負ったぞ」


 有月と呼ばれた少年は、随分と年寄り臭い喋り方で、怠惰を出迎えた。

 怠惰は、慣れた調子で本の隙間を抜け、ソファに腰掛けた。


「そんなことは、どうでもいいのだよ。それより、どうも私がチャームを受けたらしい。それも、普通の人間にだよ。どうやって、受けたのか知りたい。悪魔の私に、予備動作もなく掛けるなど……。私の体を調べてほしい」

「突然戻ったかともうと、また随分とおかしな話じゃのう? じゃて、わしは、科学者じゃ。術に関しては、別の者に聞かんとわからんじゃろうて。陰陽師の言羽ことば殿などに、聞かれるのが良かろう」

「彼女は、何処にいる?」

「もう帰っておるわい。恋人の喫茶店が閉まるのと同時に帰るのが、彼女の習慣じゃろうが?」

「そうだったね。もう少し、早く来るべきだった……」

「なんじゃ、まったく。怠惰殿ともあろうお方が、何をそんなに焦っておる? それに、なんじゃ? なぜ――先程から泣いておる?」


 指摘され、怠惰は自分の目元を拭った。

 確かに、その手には、涙が付いてきた。


「な、なんだ、ろうね……これは?」


 怠惰の声が、次第に震え始めた。


「私が、私が泣く理由なんて、思い、思い付かない、のに……」


 体まで震わせ始めた怠惰は、ソファの上で自らの身をグッと掴み、顔を伏せた。

 白い羊は丸まり、小さく小さく怯えていた。


◇◆◇


 久遠ヶ原学園の映像処理室で、世那は食い入るように画面を見詰めていた。

 9台のモニターには、陽報館で撮影された映像が永遠と流されている。

 その再生速度は、通常の数十倍に上げられており、プライベートなど完全に無視したこの映像でも、動きを追うのがやっとという程である。

 ここから、何かを汲み取ろうというにはかなり困難で、余程はっきりとした目標がない限りは、不可能という他なかった。

 開け放たれた入り口をわざとノックし、生徒会長・神楽坂茜は、部屋の電気を点けた。

 先程まで、モニターのみでぼんやりと揺らいでいた映像室に、生気のある光が戻った。

 世那は周りの変化などお構いなしに、ひたすら映像を繰り返し再生している。


「世那さん、なにか、見つけられましたか?」


 世那は、茜の言葉を無視した。

 茜は腕を組み、額の眉を寄せた。

 生徒会での世那は礼儀正しい。

 正し過ぎると言っていいほどに、硬っ苦しく。すべての呼びかけに答えるのが、彼女の流儀であった。

 そんな彼女の無視は、異例であり、異質であることをわかりやすく示していた。


「世那さん?」


 二度目の呼びかけで、モニターが一斉に停止した。

 脈絡のない画面のひとつだけに、世那が微笑む画像が映しだされている。


「会長――私は、ミスを犯しました」

「ミス、ですか?」

「はい。現代の映像機であれば、問題なく天使も悪魔も映しだすことが出来る。だから、どんな事態も逃すことがないと信じていました。ですが、どうやら、過信だったようです」

「なにか、撮り逃した物があったんですね?」

「はい」

「なにを、取り逃がしたんですか?」

「わかりません」

「えっ?」

「私には、一体なにを逃しているのか、わからないのです」


 くるりと座っていた椅子を回転させ、茜に向き直った世那の顔は、無表情だった。


「一体、私は何を失くしたのでしょう? 一体、この映像に何が欠けているのでしょう? また、私は、大事なモノを失ったのでしょうか? 会長――助けてください……」


 目の端から涙が零れた。

 それは、たった一筋ひとすじ

 だが、それを皮切りに、決壊した堤防は世那の顔を紙のようにぐしゃぐしゃにした。

 人の目を、気にする必要もない。

 二人しかいない映像室で世那は、声を枯らして泣いた。

 頬を擦り寄せるようにして微笑む画面の中の世那。

 その隣に人を成す、影も形も見当たらなかった。


◇◆◇


「うへへっ、恋音ちゃん、柔らかいにゃぁ~」

「……うっ~、武田先輩……痛いですよ……」


 美月は、恋音を引き摺るようにして抱きしめ、人工島の商店街を歩いていた。


「こんな妹が、欲しかったんだぁ~。今晩は、お姉ちゃんが一緒だよぉ~。楽しみだねぇ~」


 袋井のいる寮に戻りたくないと話した恋音は、今晩、美月の住んでいる部屋に泊まることになった。

 なにも持ち出して来ていないため、「お泊りセットが必要だよ!」という美月の提案に従い、街にそのまま繰り出していた。


「……武田先輩……なんか、少しおかしくないですか……?」

「気にしなくていいわ。この子は、たまにこうなるのよ。危害は、私が加えさせないから、安心して」


 美月に絡みつかれている恋音の隣には、赤い髪を後ろで束ねる紅いメガネの長身の女性が、一緒に歩いていた。

 シワのない白いブラウスを来た姿勢正しい女性は、音を立てるようにキビキビした動きで、二人を先導している。

 美月と同じ寮で同じ部屋を共有シェアしている暮居凪くれいなぎだった。

 美月が、今日後輩を泊めると電話した所、恋音達の前に飛んできたのである。


「凪さんはねぇ、笑顔で怖いの。恋音ちゃんも、気をつけてね」

「ねぇ、美月。寝袋ひとつ買っていったほうがいいんじゃない? 今日、外で寝るなら、冷えるわよ」

「な、なにを、おっしゃっているのかわからないなぁ~。今日は、三人で、静かに、同じ部屋に泊まるだけだよぉ~」

「あら、そうなの? 美月は月乃宮さんのために、外で寝なさいよ。私はその方がいいと思うわ」

「……勘弁して下さい」


 青筋を立てた笑顔の凪は、美月の気分を静かに沈静化させた。


「でも、不思議な組み合わせね、あなた達。依頼とかで一緒だったのかしら?」

「一緒の時はあったよ。でも、今回は共通の友人の問題。ちょいと、変なことがあってね」

「ふぅ~ん。一体、今日、何してたの?」


 凪の何気ない質問に、二人ははたっと立ち止まった。

 二人の妙な反応に、凪は振り返って、首を傾げた。

 鳩が豆鉄砲を食ったように、二人は驚きの表情で、硬直している。


「あれ? 今日、私達、何してたんだろう?」

「……なにか、ずっと一緒に見――」


 呟いた所で、恋音は膝をガクリと落とし、路上に突っ伏した。

 風船が割れるように唐突に、叫びを上げて涙を流す恋音。

 冷静な凪も、放心状態だった美月も、その叫びに圧倒され恋音に駆け寄っていた。


「恋音ちゃん! なに!? どうしたの?」

「月乃宮さん!?」


 頭を抱え、イヤイヤと首を振り続けた恋音は、反り返るようにして空に首をつり上げた。

 白目を向き、天を仰ぐ恋音は、ゆっくりと意識を失った。


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