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What-if games?  作者: 岡田播磨
2章 INTERMISSION 愛情、冷えてます?
22/39

第四話


 デートプランその1・水族館。

 茨城県某市には、関東最大規模の水族館が存在した。

 天魔の襲来により水族館の維持ができなくなると考えた市は、学園に寄与するという形で施設の維持を申し込んできた。

 譲り受けた海洋生物達は、学園内に持ち込まれ、新たに設けられた水族館で過ごすこととなる。

 この場所もまた、生徒たちによる運営が任されており、元水族館の職員指導のもと、在籍者の憩いの場として好評を博していた。

 凌雅と玲那が、予定通り水族館へ入ったのを確認した面々は、自分たちも後を追った。

 入口を抜けて、超大型水槽の前で二人を発見した袋井は、他の女性陣に断ってトイレに行き、戻ってきた。

 だが、そこにはすでに凌雅と玲那の姿もなく、他の面々も見当たらない。

 唯一待っていたのは、壮大なイワシの群れに見とれていた恋音だけだった。


「あれ? 月乃宮さんだけ?」

「……はい……他の方々は、好きな所に行ってしまいました……。あっ、たぶん律花ちゃんだけは、ずっと付いて行っていると思いますよ……」

「みんな、目的忘れてないか?」

「ふふっ、でも世那さんや怠惰さんは、天使と悪魔ですから、こういった水の生き物を見るのは、始めてだったみたいですよ。すごく驚いていました」

「天界と冥界じゃあ、海ってもの自体珍しいのかなぁ?」

「そうなんじゃないですかね。……武田さんは、よく分からないですけど……」


 並んで歩く恋音は、最後の方の言葉をわざと聞こえづらいように濁していた。

 水槽から放たれる光があっても、通路は薄暗い。

 休日であるだけに、館内は人で溢れかえっており、足元のおぼつかない二人は離れないよう注意してゆっくりと歩いていた。


「プラン通りなら、二人は順番に見ているはずだし、先に行けば見つけられるよね」

「……そうですね。きっと二人も見るのは初めてだろうし……ゆっくり、進んでいると思います……」


 そういう二人の歩みも、決して早いものではなかった。


「――この前は、ありがとうございます……。迎えに来て頂いて……」

「あっ、いや、あれは僕が悪かったわけで。……申し訳ない」

「違うんです。あの時、ほんと、私どうしたらいいか分からなくなっていて……袋井さんが来てくれた時、本当はすごく安心したんです……見つけて下さって、本当に良かったです……。もし、袋井さんが、見つけて下さらなかったら、私は帰ることができませんでした……」


 本当は、僕が見つけたわけじゃないんだ――とは、袋井には言えなかった。

 凌雅が戻ってくる可能性が、どれほどあったかわからない。

 いずれにしても、あの時、恋音を見つけられなかったら、このような場面は訪れなかっただろう。

 だが、これは正しい選択だったのだろうか。

 子供たちは、自らの存在を賭けて、この時代に来ている。

 本来ならば、出会えないはずの二人のデート。

 あり得てはいけない可能性を、複雑にしているようにしか思えない。

 未来の子供を、誰に絞るか。たった一人の選択を、袋井には迫られている。

 こんなことが、あっていいのだろうか?

 人は生きていれば、幸せになれる。


『生きていれば、生きてさえいれば』


 そう信じて、袋井はこれまで生きて来た。

 そんな自分に突如として訪れた、生死を天秤に賭けた選択の責任。

 なぜだ?

 なぜ、全員が幸せになる権利がない?

 なぜ、誰ひとり傷つけずに、生きる方法がない?

 袋井が手に入れた力が――恋愛線が見えるという力が、すべての人々を幸せにできるものだと、信じて疑わなかったのに。

 それが使命だと、あれほど興奮したのに。

 天魔達は、笑った。

 それは、君の力ではないと。

 君の使命ではないと。

 ならば、なぜ僕に選択させる。

 子供たちの生きる未来を、どうして僕が、選ばなくてはいけないんだ!


「……袋井さん?」


 恋音に呼びかけられ、ハッと袋井は我に返った。

 恋音は、なぜか怯えた表情をしている。


「……どうかしたんですか?」

「ご、ごめん。ぼんやりしちゃって……どうも変なこと考えていたみたいだ」


 いつも通りの、何気ない笑顔を作り袋井は頭を掻いた。


(おかしい……どうして、僕はあんな事を……?)


 釈然としない感覚を覚えながらも、まるで夢を見ていたかのように、先程までの考えはどこか掴みどころのないものとなり、霧散してしまった。

 元に戻った袋井を見て、ホッとした恋音は、決心を固めたように力強く拳を握ると、袋井の前に立ちはだかった。


「あの……少し、聞いてもいいですか?」


 薄暗い中、身長差のある二人。

 恋音は、顔を上げ袋井をじっと見詰めた。


「どうしたの?」

「袋井さんは、武田さんと、どういう関係なんですか?」

「えっ、あ~、えっとねぇ。――これは、僕の勝手な気持ちだったんだけどね。ぼ、僕が片思いしてたんだよ」

「……好きだったんですか?」

「まあね。でも、告白しなくても、フラれるのは分かったから。何もなく終わったんだ」

「そう、なんですか……。今は、どうなんですか……?」

「えっ、今? 今は、そうだなぁ。何となくモヤモヤしてるけど、好きかどうかは……なんとも、言えないかなぁ……」

「……そうですか。……バカ」


 くるりと翻した恋音の言葉は、袋井の耳には届かなかった。

 歩調を早めた恋音に追いつこうと、袋井も小走りに後を追った。

 恋音と袋井を結ぶ恋愛線に、変化はない。

 あれから変わらず揺れない恋愛線に、袋井は少し違和感を持っていた。

 袋井から見えない位置、頭上の死角で、天使と悪魔がほんの少し顔を歪めた。


◇◆◇


 デートプランその2・海浜公園

 人工島の端に設計された水族館を出ると、隣接した海沿いには公園が作られていた。

 本土と人工島を結ぶ船が行き来するため、クルージングスポットとしても有名である。

 水族館を後にした袋井達は、凌雅と玲那を追って海浜公園へやって来た。

 だが、予想以上に広い公園で、二人の行方を見失った面々は、別れて探すことになった。

 グルグルと辺りを歩き回っていた袋井は、ベンチの上でアザラシのように横になってくつろぐ怠惰を見つけて、転けそうになった。


「怠惰さん!」

「おお~袋井くんか。海風が、心地良いぞ~。こんな場所があったんだなぁ~。寝るには、最適だよ」

「そんなことしている場合ですか!? 二人を見つけなきゃ!」

「ん~? 大丈夫だよ。きっと、律花ちゃんが付いて行ってるって。それに、あの二人の何を心配することがある? 実際、付いて行くのなんて、野次馬根性以外の何者でもないじゃないか」

「そりゃあ、まあ、そうですけど……」


 怠惰は、ベンチにちゃんと座り直すとその横を手でポンポンと叩き、袋井に座るよう促してきた。

 走り回って少し疲れていた袋井は、促されるまま横に腰掛けた。


「して、袋井君。君は、胸の大きな子が好きなのかな?」

「な、な、なんですか、いきなり!?」

「いや~ちょっとした興味だよ。前に君は、狐珀こはく君の胸をじっと凝視していたではないか、それに恋音君もあれはあれで、実は――って所があるしなぁ~。君の趣味はそっちなんじゃないかと思ったんだが……」

「ち、違いますよ! 僕は、なにも大きな胸が好きって訳では――」

「おお、そうか! 頼もしい回答ありがとう。そうか、そうか。子を持つとしたら、やはり胸の大きさが気になるものだと思っていたが、まだ選択の余地はあるんだなぁ」

「こ、子を持つって! 何の話ですか、突然!?」


 驚きのあまり、つい立ち上がってしまう袋井。

 質問した当人である怠惰は、ベンチの上で小首を傾げた。


「いや、なんだろうなぁ? 律花ちゃんを思い浮かべたら、ついそんなことを考えてしまった。なぜだろう?」


 当惑するように、首をくるくると回す怠惰。帽子の羊が目を回していた。


「しかしまあ、君がA級カップでもOKな男だと知って、安心したよ」

「なんですか、そのA級カップって?」


 ここで逃げ出し不審に思われたくない袋井は、仕方なく話に乗ってベンチに座り直した。


「映画で、B級とか、C級とかあるだろう? あれは、アルファベットが若くなるに連れて良いものと評価される。つまりは、A級というのは特に素晴らしいという事だよ」

「はぁ……」

「Bとか、Cとか、あまつさえQなどと言うのは邪道だよ。だから私は、声を大にして言いたい! Aだっていいじゃないか! Aだって素晴らしいじゃないか! A級こそ、最上位! A級こそ、至高だと、私は言い続けたい!」

「何なんですか、今日はいったい……」


 怠惰の言動はいつも、何処かひねくれている。

 今回のは、特に変だ。

 ズイッと、怠惰が急に隣に座る袋井に顔を寄せてきた。

 ベンチに置かれていた袋井の手をそっと掴み、自分の胸元へ寄せようとする。


「おわっ! ちょっと! わぁぁぁぁああああ!」


 袋井は、怠惰の手を振り払い、立ち上がった。

 当の怠惰は、猫のような姿勢を取り、トロンとした目つきで袋井を見詰めている。


「寝ぼけ過ぎですよ、怠惰さん!」


 事態を把握し切れぬまま、袋井はその場から逃げ出していた。

 袋井と怠惰を結んでいた恋愛線が、一瞬、画像が乱れるようにして点滅した。


◇◆◇


 デートプランその3・遊園地

 海浜公園から出ている電車に乗り、三駅ほど島内の中央へ向かうと遊園地が存在する。

 小ぶりなこの施設は、茨城にあった遊園地の遊具を移転させたものである。

 人工島内では、高度制限があり、メインである観覧車は、随分と小さくなってしまった。それでも人気のスポットのひとつである。

 駅で再会した面々は、二人を追って、遊園地に向かった。

 袋井は、怠惰のあの行動にドキドキしていたが、駅で話しかけた時には、いつもと変わらない様子であった。

 

「袋井君。私は、君にフラれたのかな?」

「え、いや、そんなことはしてないはず、ですけど……」

「そうか。なんだろうなぁ、この違和感は?」


 首を傾げる怠惰と一緒になって、袋井も首を傾げた。

 遊園地に着くと、すぐに二人の姿を見つけた。

 凌雅が、玲那をエスコートし、二人の関係は順調のように見えた。

 二人の横を常に、付かず離れず律花の姿が見えるため、袋井としては気の休まる思いはしなかった。


「そろそろ、二人は観覧車に乗るはずよ」


 世那が、二人を指さして、後を追った。

 世那に近づいた袋井は「ちょっと――」と声を掛けた。


「プランが早足すぎたんじゃない?」

「そ、そうね……少し反省してる……」


 遠くに見える二人の顔には、すでに疲労の色が伺える。

 慣れない服装に、二人だけのデートプラン。

 11歳の少年少女には、なかなかハードなスケジュールだったようだ。

 園内での会話も、弾んでいるようには見えなかった。

 これでは、逆に気まずい雰囲気になってしまうのではないかと不安になる。

 素直にもプラン通りに進めようとする二人は、観覧車に乗り込んでいった。

 従業員をやっている生徒が、世那と袋井を手招きし「そこの二人も早く」と、回るゴンドラを指さし急かした。

 乗り込んだのを確認したので、それで満足のはずだった。

 なのに、世那は袋井の手を取り、ゴンドラに乗り込んでしまった。


「僕らも、乗るの?」

「あれ? そうね。なんで乗ったのかしら?」


 引っ張りこんでおいて、世那のほうが不思議な顔をしていた。

 それほど、大きな観覧車ではない。時間は、さほど掛からないだろう。

 下には、他のメンツもいるし、二人を見失うことはないはずだ。

 外を眺めていた世那が「わぁ……」と小さく声を上げた。

 だいぶ日も落ち、空が赤くなり始めている。

 それほどの高さを期待できないとはいえ、やはり、人工島を見渡す高みからの展望は、圧巻のものではあった。


「土岐野さんは、空飛べるんだから、珍しくもないでしょ?」

「なに、それ? つまらない男ね。いつも見ているものと、人に見せてもらっているものでは感じ方は違うものよ。――まして、好きな人と一緒ならね」


(それって、土岐野さんは僕のことが好きってこと?)


「凌雅くんが、わかってくれればいいけど……」

「あぁ……二人の話か……」

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」


 額の汗を拭うようにして、袋井はため息を付いた。

 観覧車はすぐ頂点に達し、降下し始めた。


「やっぱり、透過能力を使えば、ここから土岐野さんは脱出できるの?」

「ん? そうね。出来なくはないんじゃない。やる必要がないけど」

「そう? 気まずくなってさ、密室で二人きりになるのが嫌になったら、天魔の人は、逃げちゃうのかなぁ、なんて思ったんだけど」


(玲那ちゃんが、そう思わなければいいんだけどね……)


 袋井は、真下を進むゴンドラに目をやった。

 当然だが、ゴンドラから別のゴンドラの中を見ることは出来ない。

 そっと、風が首にかかるのを感じ、袋井は顔を上げた。

 そこには、蠱惑的なほほ笑みを浮かべる世那が、覆いかぶさるように袋井の上に乗っていた。


「……そうね。逆に、どんなに気まずくなっても、人間の人は逃げ出すことが出来ないのよね……」

「おおおぉぉぉぉわぁぁぁぁあああああ!!」


 叫びを上げ、ゴンドラの反対側に転がるように逃げ出した。

 逃げ出した袋井を目だけで追い、狭いゴンドラの中を宙に浮く世那。向きを変えると、「フフッ」と怪しく笑った。


「と、土岐野さん! おかしいよ! し、深呼吸しよう、深呼吸! 君のキャラじゃないよね、それ!」

「あら? そんなことないわ……。私は、愛を司る天使ライラ。人の子の懐妊を手助けする者よ……。愛の手ほどきは、私の役目……」


 ゆっくりと近づく世那は、舌で唇を舐めした。

 上着のボタンを外し、胸元を大きく開いた世那。

 弓なりの長いマツ毛。その奥に輝く金の瞳が、怪しく輝く。

 端に追い込まれた袋井は、身を低くして近づいてくる顔を何とか避けようとしている。


(さっきから、みんなおかしい! どうなってんだ!)


 世那を止める方法はある。

 光塵して、∨兵器で叩けば、透過能力のある天魔でも直接止めることができる。

 だが、それは仲間になった相手に手を上げることであり、場合によっては堕天使である世那を、危険分子として吊るし上げることになる。

 袋井には出来ない。

 まして、今は世那の娘である玲那のために行なっているデートの最中なのだ。

 もし、下手なことをして、凌雅と同じように玲那が消えてしまったら、どうしたら良い?

 世那との関係が今崩れてしまったら、子供たちの関係はどうなる?

 考えれば、考えるほど袋井の頭は混乱する。

 それでも、刻一刻と世那は、袋井の身に近づいてきている。


「待って! これは、何かおかしいから! 土岐野さん、正気に戻って! 土岐野さん!――世那!」


 がむしゃらに腕を振り回す袋井。

 その一発が、バチンと世那の顔にヒットした。


(あれ? 当たった?)


 光塵もなしに、袋井の手は天使である世那の顔を捉えた。

 思いがけない反動に世那の体は、大きく振られ、ゴンドラの窓に激突した。

 派手に転がった世那は起き上がると、頭を抑え、小さくうずくまった。


「痛ったー。ちょっと、何なのよ。これ……」


 袋井自身もわけが分からず、自分の手を見詰め、次に世那を見詰めた。


「土岐野さん? 大丈夫、正気に戻った?」

「はぁ? 馬鹿なこと言わないでよ。何なの、いったい」


 目に涙を浮かべた世那は、袋井の顔を確認した。

 袋井のトボけた顔の目線に気付き、自分の胸元に目をやり、慌てて隠した。


「はぁあ! なんなの! 馬鹿なの! あんた何考えてんの!? どうなってんのよ、これは!?」

「いや、僕が分けわからないんだけど……」

「あんた、次やったらどうなるか、分かってんでしょうね! 殺すわよ! 絶対、ゼッタイ! 殺すわよ!」


 歯軋りする世那と、一定の距離を置いたまま、袋井は動けなかった

 ゴンドラが下に到着すると、扉が開くのを待たずに、世那は透過能力を使って、外に飛び出した。

 扉が開いて、外に出た袋井は、すぐ近くにいた怠惰に「二人は!?」と尋ねた。


「二人は、先に降りて行ったよ」

「そうか……よかった。変わりないね」

「何を言ってるんだい? 土岐野君が、随分ご立腹だぞ。なにがあったんだ?」


 わかりやすい怒りを表している世那を、恋音と美月が必死に慰めている。

 世那が誘惑してきた――というのは、何か違うような気がして、袋井は黙っていた。

 世那の恋愛線に、僅かなヒビが入っていた。


◇◆◇


 デートプランその4・帰路

 ついに強行されたデートプランも、終盤に差し掛かっている。

 二人を見守ってきた袋井としては、このデートは本当に彼らが望んだものとなったのか疑問に思えてならなかった。

 11歳の彼らにとって、早足で幾つもの施設を回ろうとするこのデートプランは、ただ疲労を増やすものでしかなかったように思える。

 それこそ、最初の喫茶店で好きなだけ時間を取り、話をさせるだけでも良かったのではないだろうか?

 真面目な彼らは、本来の目的である自分たちの会話もそこそこに、託されたデートプランに則り、時間通りに行動していた。

 尾行されていることを当然知っていた彼らは、逆にそれがプレッシャーとなり、なんとしてもプラン通りに成功させようとしてしまった。

 多くの楽しみを与えるはずのプランだったのに、それが逆に足かせになってしまった。

 今日は袋井の周りの集団も、どうも様子がおかしい。

 先程から世那は、いつまでもプリプリと怒っているし、怠惰は、自分の行動に何度も首を傾げている。恋音は、袋井とそのとなりを歩いている美月を交互に見て、数歩後ろからモジモジと落ち着かない様子を見せている。

 袋井自身も、どこかイライラした気分が抜けない。

 日頃、考えないような事ばかり気になり、何か大きな事を忘れているような気がしてならない。

 このデートは失敗だったんだと、頭の片隅で考えていた。


「もう、終わりみたいだね」


 横を歩く美月が、袋井に優しく声をかけた。

 ほぼ最初から行動を共にしている美月だが、プランなど詳しい事情はほとんど知らずに付いて来ている。

 

「そうだね。なんか、バタバタしていたから、結局付いて来てもらったのに、特に何も話ししなかったね」

「そうだねぇ~。まあ、私が勝手に付いて来たんだから、それは気にしなくていいと思うよ」


 相変わらず明るい笑顔で、袋井の言葉に載ってきてくれる。

 何気ない会話をしているだけでも、袋井にはまだチクチクと言い知れない痛みを感じた。

 見える恋愛線は、変わらず、割れたガラス細工のようにぼろぼろだ。

 失恋状況がむしろ実線であることで、袋井は安心できた。

 これ以上、自分を惑わす恋愛線が姿を表さないことを願っていた。


「あの子たちと、袋井くんはどういう知り合いなの?」

「えーと、僕の子供――じゃなくて、保護を頼まれている子たちだよ。生徒会から」

「そっちじゃなくて、女の子たちの方だよ」

「あれ、言っていないっけ?」

「何気に、聞いてないんだよねぇ~」


 美月は、イタズラに微笑む。


「部活の仲間だよ。僕の立ち上げた部を手伝ってくれているんだ」

「へぇ~、袋井くんの部活か。どんな事してるの!?」


 目を輝かせて、美月は袋井に近づいてきた。

 個人的には、美月が部に入ってくれれば、楽しいだろうなぁとも思ってしまう。

 だが、共同生活となるとまた面倒事が増えるわけで、頭の痛い話でもある。


撃退士ブレイカーの能力の底上げに、恋をするのが大切って言うじゃないか。だから――ぶっ!」


 急に、口が塞がれた。

 美月の唇で。


「えへへ……奪っちゃった」


 トロンとした目つきで美月は、微笑む。

 石像のようになった袋井と、その周りの空気が瞬間に凍りつく。

 目を丸くした世那と怠惰は、口をイの字にして硬直。

 恋音は、自らの口元を手で抑え、髪が空へ伸びるかのように逆だった。

 口付けをした当の本人は、「あ、れ?」と我に返り、急速に身を引っ込めた。

 

「(うまくいったな)」


 硬直して、動いていないはずの袋井の口から声が発せられた。

 その声は、袋井のものと似ているのだが、どこか歪んだ響きが混じっていた。

 袋井の襟首を最初に掴んだのは、世那だった。


「うまくいった、って、あんた何考えてんのよ!?」

「ち、がう。これ、は――」


 声がうまく出ない。

 世那に襟を掴まれている、からではない。

 内側から声が押し込まれているようだった。


「どうも今日は、気分がおかしかったのよ! なんかドキドキが収まんなかったし、恋音ちゃんも、胸がいたいって言ってたものねぇ?」

「えっ! あれは、あの……」


 話しかけられた恋音は、片言に返答する。

 救いを求めるように袋井が視線を送ると、恋音はさっと自らの顔を背けた。


「なるほど、チャームか。しかし、ヒトがなぁ……。どうやって、使っている? 全種族に適応など、前衛的ではないか」


 珍しく怒った表情の怠惰が、袋井に迫り来る。

 二人に囲まれ、袋井は弁解しようとするが、喉の奥に舌が絡みつくように声が紡げない。

 カラカラの喉が、息だけを吐いている。

 喉に力を入れ、なんとか唾を飲み込むことが出来た。

 すると、取り囲んでいた二人は、喉の音を聞いて、後ろに飛び退いた。


「もし、チャームだとすると、近づかないほうがいいわね」

「ああ、接近しなければ、効果は薄い。月乃宮君、それと武田君、こっちへ。奴に、近づくな!」


 二人は、まるで窮地で敵を見るかのように、鋭い視線を浴びせる。

 恋音と美月も、袋井を警戒するように大きく円を描き、世那達のところへ歩み寄った。


(ちょ、っと、これは。おかしい、よ)


 袋井が救いを求めて手を伸ばしても、固まった四人は身を反らし、袋井に冷たい視線を送るのみだった。


「袋井君。君はモテないが、正直な男だと思っていたよ。まさか選りに選って、チャームなど……。手助けするなどと言って、ヒトを騙していたんだな。……馬鹿な話だったよ」


 怠惰は、踵を返すと離れていった。


「袋井。あんたには、然る処分を受けてもらうわ。人の心を縛る術は、撃退士ブレイカーなら、禁止なのは知ってるわよね? 天魔の持つ無意識の能力とは違うのよ? あんたみたいな半端モンがいるから、何時まで経っても撃退士ブレイカー全体の指揮が上がらないのよ!」


 世那は、飛び上がると、猛烈なスピードで学園へと去っていった。


「……袋井さん……なんで、ですか? そんなことが……どうして……。私の占い……当てに、なりませんでした……よね。……ごめんなさい」


 恋音は、震える足でその場に立ちすくみ、地面に涙をポツポツと落とす。

 美月が、そんな恋音を優しく横から抱きしめた。


「袋井くん。君、そんな悪い人だったっけ? 私、違うと思うんだけど……でも、わからないことだらけだよ。ごめん――頭冷やして」


 美月が、泣いている恋音を支えるように歩き、二人は駅の方へと消えた。

 声の出ない袋井は、呆然と立ちすくむ。

 足は痺れたように動かず、落とし穴に落とされたかのように、腰から下に力が入らない。

 目の端から、袋井に寄り添うように現れたのは、例の天魔たちだった。


(おや、君の仲間も薄情だなぁ。少し心を弄られた程度で、こうも脆いとは)


「お前らぁ!!!!」


 袋井は、腕を空へと振り回し、幻影に殴りかかる。

 幻影は実体を持たず、フクロウも天使も、身を交わすことなく、袋井をニヤニヤと見続けている。


(我々は、そこにはいないぞ。君の内側なんだ――とっとと、出して貰いたいなぁ)


 悠然として二体は、袋井を小馬鹿にする。

 喉の圧迫感がなくなった袋井は、叫びを上げながら、それでも宙を殴りつけていた。


「お父さん!」


 叫びが、いや慟哭が、袋井の声を上回る音量で覆いかぶさってきた。

 律花が。

 走る律花が、泣いていた。


「ダメだよ、こんなの……。おかしいよ!」

「律花ちゃん?」


 律花が青い顔をしている。

 髪の毛を乱している。

 黒い羽を広げている。

 赤い目をしている。

 息を切らし走り続ける律花を、袋井は受け止めようと、手を伸ばすと。

 その手に――律花の上着だけが残った。


(おや、これは面白い。不可抗力ではあったが、面倒事は全て消えてくれたようだ。これで、心置きなく好きな子を選べる。素晴らしいじゃないか、袋井くん)


 フクロウは心底嬉しそうに、袋井に声を掛けた。

 袋井は――。

 黒い空を見上げ、耳障りな叫び声を聞いた。

 それが、自分の声だと気付かなかった。


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