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What-if games?  作者: 岡田播磨
2章 INTERMISSION 愛情、冷えてます?
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INTERMISSION

INTERMISSION


「おっはよ~ございま~す! もうすぐ朝ごはんで~す!」


 袋井ふくろいに掛けられていた布団が、豪快に剥がされた。

 律花りっかは、問答無用に布団を折りたたみ、窓のカーテンを開く。

 6月初旬でも、まだ朝には寒さを感じる気温。

 7時になったばかりの時計を確認し、寝ぼけ眼の袋井は、相変わらず元気な律花の様子を、半笑いで眺めた。


「おはよう……律花ちゃん。もう起きるの?」

「今日は、アタシが朝食当番だからね、皆にはしっかり食べてもらうよ!」


 朝から全開の律花は、日差しを浴びて眩しいほどに輝いている。

 頭のお団子がくるくると動き、ショートパンツとシャツという出立ちで寒くないのかと思う。

 袋井が起きたのを確認すると、律花は駆け足で一階に降りていった。

 袋井は――いつもジャージなので――特に着替えるでもなく、そのまま後を追った。

 一階に降りると、玄関からリビングへと向かおうとする凌雅りょうががいた。


「おはよう、凌雅くん。早起きなんだね。何してたの?」

「早起きって。俺もう、5時には起きてましたよ。今、ランニングを済ませた所です。袋井さん――もっとシャッキリして下さい」


 同じジャージ姿なのに、母親譲りの細くやわらかなシルエットの凌雅はシワのないスッキリとした様子がある。

 たいして、寝間着としても使用しているジャージ姿の袋井は、ヨレヨレで、だらしなさを隠そうともしない。


「我慢なりません。今度、ランニングに連れて行きます! それじゃあ、大切な人を守れなくなりますよ!」

「いや、いいよ、僕は。朝弱いし」

「ダメです! 次は絶対に起こします!」

「……はい」


 11歳の息子に説教され、父親は渋々了解した。

 そんな二人の鼻を、キツイ異臭が取り囲んだ。

 今日は、家事が得意と豪語していた律花の当番のはずだ。

 どうしてこれほどまで、香ばしいとは違う、焦げ臭い匂いが鼻先を掠めるのか。

 二人は恐る恐るキッチンに、顔をのぞかせた。

 案の定、そこには慣れない手つきで卵を焼く、エプロン姿の世那せながいた。

 金色の髪を振り乱し、額に汗する姿はいつものクールな印象とはかなり異なる。


「しまった。代わるべきだった……」

「あの日も、こんな感じだった?」

「……はい」


 あの日の夜、夕食にありつけたのは、凌雅のおかげと言っていい。

 世那の準備した料理は、どれも食べられるものではなかった。

 まだらに赤が散りばめられたその料理は、辛味と苦味と、生臭さが同居していた。

 凌雅の作ったオムライスが、唯一の食事だったと言える。

 もし、あの晩、凌雅を取り戻せていなかったら……。

 それほどまで、世那の料理センスは壊滅的であった。


「クサイ!」


 二人の背後から、律花が大声で叫んだ。

 その声に反応し、世那がおっかなびっくり振り返る。

 二人の男を横切り、ふくれっ面の律花は世那の前にノシノシと歩いて行った。


「世那さん! 何もしなくっていいって言ったでしょ!」

「で、でも、あたしだって、一品ぐらい作ったって……」

「ダメ! 絶対ダメ! 世那さんは、テーブルを拭くとか、そういうのやって来れればいいの! それ以上はダメ!」


 律花に怒られ、世那は少し目に涙を浮べている。

 世那は気が強いが、律花の迫力は、それすらも萎縮させる。

 この家で一番のちびっ子は、一番の大物でもあった。


「律花ちゃんは、相変わらず、騒がしいなぁ~」


 テトテトと音を立てるように二階から降りて来たのは、ひつじ柄のパジャマを着た怠惰たいだだった。ストレートの銀髪は、所々跳ね上がり、その瞳は何処か別の世界にある夢の国を見ているようにトロンとしている。


「怠惰さん! なんでまだパジャマなの! アタシ、一番最初に起こしたはずだよ!」

「いや~誰かが、私に二度寝の魔法を掛けたようだよ。魔法耐性は高いほうだと思っていたのだが、参ったねぇ~」


 律花をかわせるのは、怠惰だけだった。

 のらりくらりと律花の猛攻を常に、けむに巻いている。

 

「早く部屋に戻って! 世那さんは、もう作らなくっていいから。それ片付けて!」


 意思消沈した世那は、フライパンを洗い始める。

 怠惰は、律花に背中を押され、二階に上がっていった。

 入れ替わりに、しっかりと服装を整えた恋音れんねが降りてきた。

 胸元もしっかりと閉められ、小さな体に違和感ない、スラっとした体型を見せている。


「おはようございます。月乃宮さん」


 袋井が出来るだけ自然に声をかけると、恋音は少し迷ったような表情をした。

 もじもじとしていた恋音は、凌雅を見つけると手招きし、凌雅に何やら耳打ちする。


「えーと、『おはようございます』だそうです。袋井さん」


 苦笑いを浮かべて、凌雅が恋音の代返をした。

 袋井も同じような苦笑いを返した。

 あの日から、少し距離を感じていた。


「ねぇ、凌雅――」


 気がつくと、恋音と凌雅の背後にいつの間にか、律花が立っていた。

 彼女は、行動もそうだが、登場も唐突である。


玲那れな、起こして来てよ」

「えぇ~、なんで俺が……」

「あの子、寝起き最悪なんだもん」

「俺だって、嫌だよ」


 子供たちが珍しく、お互い嫌がっている。


「僕が、起こして来ようか?」


 袋井が、声をかけると、律花は目を丸くして驚いた。

「本当に、いいの?」と律花は、強く確認してきた。


「律花ちゃんも付いて来てくれるかい? 一人で女性階に上がるのは、ダメだろうから」

「それは構わないけど……気をつけてね」


 律花の意味深な言葉に押されながら袋井は二階にあがり、玲那と律花が使用している二人部屋まで来た。

 扉を開けると、部屋はまだ明かりがついておらず、薄暗い。

 二段ベッドの下には、まるでサンゴ礁を思わせる白くヒラヒラの寝間着姿の玲那が、丸くなって眠っている。

 スヤスヤと静かな寝息を立てる寝顔だけが、サンゴの奥からのぞかせていた。


「玲那ちゃん、起きよう。朝だよ」


 袋井が声をかけるが、当然無反応。

 横から顔を覗かせている律花は、眉間にしわを寄せていた。


「玲那ちゃん、起きよう。もう、朝ごはんになるから」


 袋井が、玲那を揺さぶるとビクッと反応があった。

 急にムクリと半身を起こし、薄くしか開いていない目で、袋井の顔を見詰めてくる。


「玲那ちゃん、おはよう。さぁ、起きる準備をして。みんな待ってるから」

「うるさい……」

「えっ?」

「うるさいですの!」


 天使の羽を広げて、文字通り飛んできた玲那は、袋井の腕に豪快に噛み付いた。


「いぎゃぁぁぁあああああ!!!!」


 渾身の力で噛まれ、袋井は堪らずなさけない声を上げていた。

 呆れ顔の律花は、ひとつため息をついて、首を振った。


 袋井雅人の手に入れた、新しい日常。

 いつまでも変わらないと、信じ続けていたものだった。

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※この作品は出版デビューをかけたコンテスト
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