第十四話
14
降りてきた恋音の肩には、持ち込んだ全ての荷物が掛けられていた。
「……袋井先輩……ごめんなさい……やっぱり……私は……一緒に住めません……」
硬直したままの袋井の隣には、生あくびを噛み殺して涙を流している怠惰と、柳眉を逆立てて袋井を睨んでいる世那が立っていた。
「なにしたのよ、あんた」
耳を引っ張り小声で話しかける世那に対し、袋井は何も言えず放心していた。
恋音は、丁寧なお辞儀をすると、ひとり陽報館から出て行った。
袋井の目に映る恋愛線。
恋音と袋井を結ぶ点線は、その幅を大きく開け、ついには消えてしまった。
「ちょっと、追いかけなくていいの?」
「いや、でも僕は……なにが、なんだか……?」
襟首を掴み目を見開いて袋井を睨みつけた世那だったが「馬鹿らしい」と呆れてそっぽを向くと、二階に上がっていってしまった。
怠惰もそれに習い、袋井を軽く小突いた後、何も告げず去っていった。
(僕が悪いのか……?)
いまだ放心状態から抜け出せない袋井は、ただただ玄関で立ち尽くしていた。
すると、数分もしないうちに、ドタドタとふたつの足音が二階から降りてきた。
袋井が振り返ると、そこには息を切らした二人の娘の姿があった。
「りょ、凌雅の姿が見えない……」
「りょうちゃんがいないの……」
二人は真っ青な顔をして、袋井の腕を掴んできた。
「凌雅君が、どうかしたのかい?」
「いないのよ、どこにも! 連絡が取れないの!」
「りょうちゃんに、いくらメールしても返事が来ないの! 電話しても繋がらないの!」
腕を振り回す二人の尋常じゃない訴えに、袋井はやっと事態を把握し、色を失った。
「凌雅君がどうしたって!?」
「いないの! 消えちゃったの! 見つからないのよ!」
「パパ! 早く、りょうちゃんの部屋に行こう!」
息を呑んだ袋井は、三階に駆け上がった。
凌雅の部屋を開き、付いて来ていた二人と中に入ると、部屋には荷物が置かれていた。
凌雅のボストンバッグからは、衣類が顔を覗かせていおり、備え付けのテーブルの上には、なぜか写真の入っていない写真立てが飾られている。
半分開いたタンスの前には、奇妙なジャージが落ちていた。
凌雅が家に到着した時、着ていた白いジャージだ。
まるで中身だけがすっぽり抜けたように、縦に潰され、床に落ちている。
他の服は丁寧に折り畳まれ、タンスに綺麗に仕舞われているのに、そのジャージだけが大雑把に脱ぎ捨てられている。
混乱する頭を必死に抑え、袋井は半笑いになって二人の娘に向き直った。
「なにかの悪い冗談――」
違和感があった。
二人は天使と悪魔だ。
自分の娘であるため人とのハーフだが、天魔の血がながれているため、背中に特別な羽根が生えている。
言われるまで気付かないほど、その羽根は小さく目立たない存在であった。
今目にしている二人の背中には、間違いなく天使と悪魔特有の羽根が見て取れる。
『魂が三つに分かれているから、力もちゃんと発動できていないし、成長も遅い』
律花の話を信じるならば、彼らは本来の成長を果たせていない。
もし、三つに分かれている魂のひとつが消滅し、その力が残りの二人に分配された場合、彼らにはどのような身体的変化が生まれるのだろう。
もし、目にしている姿が、その結果だとしたら……。
「パパ! 急いで! 恋音さんに謝って!」
「恋音さんとの関係が戻れば、凌雅は戻ってくるはず! お父さん、お願い! アタシ達も一緒に行くから、恋音さんに謝ろう!」
事態を把握し切れぬまま、袋井は二人に引っ張られ、恋音の後を追う事になった。




