第十一話
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手で触れると、ぬるくなったタオルがおでこに載せられていた。
端を持って、周囲を確認するとすでにリビングの明かりは消されている。
袋井は、薄く残る痛みを噛み締め、安堵の溜息を付いた。
「目、覚ました?」
声は、律花のものだった。
薄暗いリビングに、少女のシルエットが浮かんでいる。
「……まあね。……いつから、そこに?」
「う~ん……つい、さっき。動いたの、見えたから」
「……そう」
気のない返事をする袋井は、リビングのソファーから動けずにいた。
「お父さん、案外だらしないね」
勝ち誇るような含み笑いをした律花は、袋井のタオルを冷たいものと交換した。
「お父さんって呼ぶのはなしだよ。周囲に人がいないにしても――正直な所、本当に君たちが僕の子供かどうか、疑っているんだからね」
「ヘヘッ……まあ、そうだろうね。――実を言うと、アタシ達もあなたが本当のお父さんか、疑ってたりしたんだ」
「どういうこと?」
「アタシ達三人とも、お父さんに会ったことがないの。物心ついた時には、お母さんと二人きりだったし、お父さんのことは名前だけしか知らない。……写真とか見せてもらっても、実感ないから。三人とも、あの時の出会いがお父さんとの初対面だったの。でも、すぐこの人だってわかった。三人ともそうだよ。だから、こうやって、お父さんって呼ぶのすごく嬉しいんだ……」
はにかんだ笑みで、律花は頭を掻いた。
「先生の話だと、アタシ達三人は、本来同じ場所にいちゃいけない特異点なんだって……。魂が三つに分かれているから、力もちゃんと発動できていないし、成長も遅い。だから、お互いを知り、ひとつの存在としてまとまる必要があるって言われてる。――本当なら、互いに憎しみ合うぐらいの関係でもおかしくないんだけどね。アタシ達ってほんと、のほほんとしてるよね」
ニャハハっと、誤魔化すようにわざとらしい笑いをした。
「お願いしておいてなんだけど……僕にはすぐ名前を明かしたのに、なんで他の三人には教えないんだい?」
「……それは。みんな、拒絶されたくないんだよ……」
「拒絶?」
「三人とも物心ついた頃から、お母さんと一緒にしか生活して来なかったんだよ。お父さんは逆にあんま知らないから、きょひられても仕方ないと思えるけど。お母さんから拒絶されたら、耐えられないよ。――もう……同じ思いはしたくないよ……」
ボソリと本当に小さな声でつぶやいた律花は、表情を隠して立ち上がると入り口へと歩き出した。
明かりが漏れる廊下まで来た律花は、振り向いて袋井を見詰めた。
「……お父さん、今一番好きなのは誰なの?」
「……それは」
「やっぱり、恋音さん?」
「ど、どうして、そう思うの?」
「なんとなく……かな」
「どうだろう……わからないよ……」
「もし良かったら、お母さんも好きになって上げてね」
笑顔で手を振って、律花は走り去っていく。
ぼんやりとした時間を過ごした後、袋井は体を持ち上げてソファーにしっかり座り直した。
すでにぬるくなったタオルを手に取り、首を傾げていた。
(同時に存在し得ない特異点かぁ……。僕には、どうしても普通の子達にしか見えないんだけどなぁ……)
袋井には、彼らが自分の子供たちであるという認識はない。
未来に起こる出来事を今認めろというのは、無理に等しかった。
痛みもだいぶ治まってきていた袋井は、タオルを律花に返そうと立ち上がった。
するりとタオルは袋井の手から、零れ落ちる。
慌てて拾い上げると、そのタオルが異様な長さを持っているに、気がついた。
(な、なんだこれ?)
袋井がタオルだと思っていたそれは、白く非常に長い帯状の布だった。
首をひねりながら、布を右手にぐるぐる巻きにして袋井は、リビングから出て行った。




