第十話
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「こうやって集まると、まるで家族のようじゃないかい?」
「――ぶっ! あはは……まさか、そんな……」
怠惰の鋭い指摘に、袋井は飲み込もうとしたジュースを吹き出した。
律花が慌ててハンカチを取り出し袋井に駆け寄ると、怠惰を睨みつけた。
三階建てになっている陽報館は、一階は共有スペースで、二階は女子部屋、三階は男子部屋として造られている。
広くはないが、各人に部屋が準備されており、荷物を置いたら自己紹介をしようという話が上がると、全員リビングに集まった。
「でも、考えても見たまえ。あの人見知りの月乃宮君ですら、あんなに和気あいあいと少年と話しているではないか? こんな短時間でよくあんなに意気投合できるもんだと思うよ」
「たまたま、波長が合ったんですよ。年齢も近いし、話題が重なったんじゃないですか?」
「そうかぁ? 土岐野君たちは、むしろ真逆の二人に見えるのだが、あれも波長だけで済むものなのかぁ?」
フリフリの服をうっとりとした表情で見ていた世那は、着ている当人である玲那に抱きつかれると、まるで我が子をあやすかのように優しく頭を撫で、頬ずりしている。
頭を抱えたくなる気持ちを抑え、袋井は怠惰の指摘を終始回避し続けた。
「もう、いい加減にして! いつもそうやって変な所でグチグチ言うんだから……」
「むぅ~……だがなぁ律花ちゃん。こういうことはとても気になるんだよ、私は」
「どうでもいいの! では、皆さん、改めまして自己紹介したいと思いま~す!」
いつの間にやら律花が仕切り始め、怠惰の疑問を有耶無耶にしたまま、自己紹介が勧められていった。
「まずは、アタシから! 布瀬律花です。以上!」
数秒間、言い知れない空気が流れた。
「……ちょっと、誰か突っ込んでよ! もぉ~みんなノリ悪いなぁ……。んじゃあ、私の特技! 実は家事全般だったりします! ――お母さんが、寝てばっかのぐうたらな人でさぁ。家事を全然やらないんだもん。結局、全部アタシがやることになっちゃって、もうなんでもこなせるようになっちゃった。意外だった? チビだから、出来ないと思ったでしょう? チビって言うなぁ!! そんで、この家のことなんだけど――」
律花のマシンガントークが炸裂し、落ち着きなく家のことについて、あれこれと言い始めた。
仕舞いには何が気になったのか、リビングから姿を消して家中を駆けずり回る始末。
はじめからグダグダになった挨拶は「まあ、適当にいこう」という怠惰の仕切りで再開された。
「私がご存知、不破怠惰ちゃんだ。特技は寝ること。――先ほど、律花ちゃんの母親も寝てばっかだと言っておったが、なんとも気が合いそうだな。まあ、あんな落ち着きのない子の母親では、きっと気苦労も多いのだろうなぁ~。人間、落ち着きが肝心だと思うよ、うん。よろしくだな」
ちらりと律花が姿を消した方を振り向き、みなに対してフフッと満足気に怠惰は微笑んだ。
「んじゃ、あたしがいこうかな? 土岐野世那です。特技って言えるものはないけど、好きなのは占いとかかな? 恋話とかも好き! あっ、それと玲那ちゃんが着ているような、フリルに憧れるんだけどねぇ~。あたし似合わないから……。玲那ちゃんが私の子供だったら、絶対いろんな服着せてあげるんだけどなぁ~。間違いなく似合うよ! アタシの代わりに色々着てみせてね!」
隣に立っていた玲那に頬をすり寄せるように抱きつき、背中の羽根をパタパタと小さく動かした。
「えへへっ……ありがとうございますです。レナは、常磐玲那です。好きなのは、お洋服。お母さんにたくさん服を買ってもらって、いろんな服が好きになりました。――でも本当はりょうちゃんみたいな強い女の子にも憧れてて……あれ? はぅ! ごめんなさい! りょうちゃん、男の子でした! わざとじゃないの……! ごめんなさぁい……」
世那に抱きしめられたままの玲那は両手でほっぺた抑え、ふるふると頭を揺らした。
「……いいって。女の子に間違えられるのは慣れてるから……。えー、月野凌雅です。俺は、男なんですけどね、よく間違われます……。趣味で体を動かしてて……誰かを守れるようになりたいと思ってるんですけど、うまくいかないですね……。すいません、こういうのは慣れてなくって……。よろしくお願いします」
煮え切らない態度の凌雅は、隣に立つ恋音に自虐的な笑みを向ける。
人見知りな恋音であったが、抗する様子も見せず、飲んでいたコップから口を離して、凌雅には微笑みを返した。
数秒の後、自分に視線が集まっていることに気付いた恋音は、慌てて居住まいを正し、赤くなり、蚊のなくような小さな声を出した。
「……えーと、月乃宮恋音です……。特技は、占い――でしょうか……世那さんによく褒めてもらっています……えーと、それだけです……」
コップを持ったままの恋音は、小さくなって下を向いた。
残るは、袋井のみ。
リビングにいた5人の視線が袋井に集中し、袋井は頬を掻いて苦笑した。
(……特技か。僕も言ったほうがいいのかなぁ……。特技っていうと、やっぱり恋愛線のことか? これから力になって貰うんなら、言ったほうがいいと思うけど――この子たちが、あの点線に関わることなら、下手に話してややこしくなるのも、考えものだしなぁ……)
「どうした、袋井君。後は君だけだぞ?」
沈黙する袋井に、怠惰が水を向ける。
居心地悪く頭を掻き始めた袋井は、固い笑顔を作った。
「え~と――袋井雅人です。この部の部長をしています。特技なんですが……実はですね――」
肝を据えて話し始めたその時、急にリビングの扉が開いた。
顔を向けた袋井の額に、ゴスッと細長い木の板が突き刺さる。
姿を消していた律花が料理道具を持って闖入し、敷いてあったカーペットに見事に足を取られていた。
手に持っていた木のまな板がすっぽ抜け、ちょうど顔を向けた袋井に直撃したのだった。
派手な音を立てて他の調理器具が散乱し、律花がカーペットに倒れるのとほぼ同時に、受け身を取れず床に倒れた袋井は、意識を失った。




