終わりの日
都会とは程遠い田舎町。
そこが『私』の生まれ育った場所。
少子化になり町が廃れて活気がなくなったのか、それとも活気がなくなったから少子化に拍車がかかったのかわからない、そんな町で『私』は生まれた。
その町にある産婦人科は一つ。町の子たちは大体その病院で取り上げられている。だから学校に通っていた同級生も先輩後輩も殆どが幼馴染で、同時に兄弟といって差し支えないほど気安い間柄だった。
町の人たちも町の子たちを自分の子供と同じように可愛がってくれ、まるで町一つが大きな家族のようでもあった。悪戯や悪いことをしたら叱り、良いことをすれば小さなことでも褒めてくれる。そんな場所に、そこに『私』は大学を卒業し就職するまで住んでいた。
そして大学を出て就職したことを切っ掛けに引っ越しも経験して、少し環境が変わった以外は何の代わり映えのしない毎日を過ごしていた。
そんな毎日が不満で辟易しつつもどこか満たされた日々。
だからこそ何の根拠もなくそんな日がずっと続くものだと『私』は何の疑問も感じずに思っていた。
そう……、思っていたのだあの日までは。
だけどあの日。あの最後の記憶があるあの日の朝、妙な胸騒ぎで目を覚ました『私』は自分の人生に終止符を打たれるなんてこれっぽっちも考えていなかった。
大学を出てから十年近く住んでいる慣れ親しんだ六畳一間を見渡しても何の変哲も感じられなかった。ただ夜の静寂だけが辺りを包み込んでいる代わり映えのしない部屋。
何の変化もないことに安堵しても可笑しくないはずなのに何故か時間がたつごとにどんどん酷くなる胸騒ぎ。それを『私』は抑えられなかった。
まだ起きる時間から考えたら二時間以上も早い時間。けどそのまま寝付くことはできないと判断した私は心を落ち着かせようと珈琲を飲むために一度起き上がったことを今でもよく覚えている。
だけどベットから起き上がったことまでははっきりと覚えているというのにその後の記憶は酷く曖昧で気が付いた時には今まで感じたこともない強い衝撃が『私』の体を襲っていた。
軽い浮遊感。
床に叩き付けられる感覚。
『私』の体を上からも圧迫してくる激しい痛み。
あまりの衝撃に『私』の体は息をするのも拒否して息苦しくなった。
只々“痛い”その感覚だけが体中を駆け巡り、何が起きたのか理解できない『私』の思考を塗りつぶしていった。
その時の感覚は長くも短くも感じ、徐々に『私』の体から強張っていた力が勝手に抜けて行く。
今考えればそれは『私』という“魂”が“体”から抜けていく感覚だったのかもしれない。
そしてその感覚と共に静かに『私』の意識は途切れていった。
それが『私』という人間を完結に纏めた人生。
地球という星に生まれ、大切に育まれた一人の女のどこにでもあるような有り触れた人生。
『私』にとって決して長いとは言えなかったその人生は遣り残したことが沢山あるものだったけれど、とても素敵な大切なものだったと今も胸を張れるとても幸せな生涯。
そこで『私』の人生は終わった。
そう、本来であればそう締めくくって終わりの筈だった。
だけど何の因果か『私』という“魂”は『私』の記憶を持ったまま『ワタシ』へと生まれ変わってしまった。
『私』という人間の思考のまま狼の体を持つ『ワタシ』として。