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遅れてきた王子  作者: 神崎みこ
おまけ
8/9

26. 残さずに全部

「おい、これはどういう冗談だ?」


積み上げられた書類を目にした王子が、側近へと問いかける。

王子にあてがわれた仕事机には、洒落のように堆い書類の山があった。

確かに決定権の伴う政をしない王族にとっても、ただ書類に署名をする仕事が彼らの仕事の中心である。

残念な王子とはいえ、彼もまた日々それなりにそのような仕事に追われている。

ごねる王子を叱りつけ、困ったことに興味をもつ王子をいなす日々を送っている側近は、涼しい顔をして仕事を促している。

苦りきった顔をして、それでもどこか素直な第一王子はしぶしぶ筆記具を手にする。

それを見守りながら、なんとか全ての矛先が王子だけに向いてくれたことに、側近は胸をなでおろす。

そもそも、この大量の書類の山は、純然たる八つ当たりであり、嫌味であり、報復措置である。

伴侶であるヴァイシイラ家四女、セリを罵倒されたローゼル王子の差し金。

商魂逞しいアベリアに取り入られた、側室たちの散財に対する抗議を示した財務部の忠義。

そして、なんとなく面白いからこれにも加担してしまおう、という純粋な好奇心によるイリス王女の横槍。

全てが相まって、王子の前の書類という形となっている始末だ。

綺羅やかな外見とは裏腹に、中身が多少、いや、かなり捻じ曲がった方向に成長したローゼル王子のやり口にしては大変かわいらしいものだ。これだけで終わるはずはない、という気持ちと、これで王子の好奇心がそがれてくれればいい、という期待がないまぜになった気持ちを側近は抱く。

どちらにせよ側近は、やはり彼らを敵に回すことがなくてよかったと、再度安堵した。


「おい!」

「署名はご自分で、お飾りでもそれぐらいはなさってください」


不機嫌に仕事を丸投げしようとした王子が、ぴしゃりと側近に窘められる。

多少言葉が過ぎるところはあるが、王子のいいところといえば、さほどそういう部分に拘泥しないところである。長年の付き合いにより、匙加減をわかりきっている側近は、言いたい放題いいながら、心身の健康に勤めている。


「せめて」

「お茶ぐらいはもってきてもらいますから、ほら、手を動かす!」


抜け出そうとする王子をひっぱり、机に縛り付けながらも、側近は側近で己の仕事を片付けていく。


「日が暮れたな」

「全部終わらないとだめですからね」


常ならとっくに逃げ出すほどの量をこなしてもまだ、王子の前の書類は残ったままだ。

なんとなく、異母弟であるローゼルや明らかに見たこともない調度品や装飾品が増えた側室たちを後ろめたくおもっているせいなのか、口先の抵抗だけに終始している。

いつもこうならば、と思いながらもローゼル王子やイリス王女に借りをつくることなど考えられない側近は、この年に一度あるかないかの僥倖に素直に感謝することにした。

王子が残さず全ての仕事を終えたころには、周囲はとっくに引き払ったあとであった。

久しぶりに仕事をした王子は、何をされたわけでもないというのに、どこかやせ細った面で誰のところにも寄らずに寝室へと歩いていった。

次の日、再び彼の机には昨日と同じ程度の書類が置かれ、そしてまた王子は黙々と仕事をするはめとなる。

それが王子の再評価へとつながるか、といえばそれは別のお話なのだけれど。

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