五女・ユッカの場合
「いいかげん、あきらめたらどうですか?」
「いいや、紫の魔女の予言は絶対だ。私はあきらめん」
頭をかきながら側近が捨て鉢気味に王子をたしなめ、全く懲りない王子はようやく五女を呼び出した。
ちなみに呪いはどういうわけか夜に発現するため、昼間の王子はみかけ普通である。
「つーか、なんで私呼ばれてんの?」
まったくもって失礼な口を聞く少女は、ヴァイシイラ家の五女ユッカである。
彼女は今までの娘たちとは異なり、騎士服に身を包んでいる。
そう、彼女は国でも数少ない女性騎士の一人なのである。
ひょろりと高い背をまっすぐに伸ばし、中途半端な長さの髪は後ろで無造作に一つくくりとなっている。
姉たちよりも数段劣るが、それでも若さゆえかそれなりに愛らしい、と呼べる少女である。
「王子、ユッカですと犯罪ですよ。半分以下の年じゃないですか」
今年十六になったばかりのユッカは、あどけない顔で二人のやり取りをみつめる。上姉たちから何も聞いていないのか、何もわからない顔をした彼女は好奇心すらわいていない様子で、正直面倒くさそうにしている。おそらく、仕事の途中で無理やりつれてこられたのだろう。年若い彼女がそのような態度をとったところで、それを不敬である、と注意する人間はここにはいない。
「だから何なの?仕事があるんだけど」
ユッカは、騎士団に入団する前は冒険者として他大陸にすら名を馳せていた猛者だ。女だてらにその身体能力はずば抜けており、無意識的に魔力をめぐらせて体を補強しているのだろう、というのは彼女を研究した次女の言葉だ。ユッカ自身は、己に魔力があることなど自覚しておらず、切ろうと思ったから切った、飛ぼうと思ったから飛んだ、という非常に単純な行動原理で体を動かしている。
それが、大の男を軽く凌駕する能力だというのが、騎士団に入団させられた理由の一つである。
「あーー、おまえ私と結婚する気はあるか?」
「ないけど?」
あっさりとこんな小娘にまで振られ、王子は意気消沈する。
いくらなんでも年の差からして非常識ではあるが、今までのヴァイシイラ家の女をみれば、ユッカが一番普通に見え、微かに希望をもったあとだからなおさらである。
どうしてそのような意味不明に自信過剰なのかは、誰にもわからないのだが。
「側室にしてやるというのにどうしてそうあっさりと断るのだ」
「顔が嫌い」
「・・・・・・」
「ひょろい体が嫌い」
王子は自らの両腕を見比べ、ためいきをつく。
「私、頭が悪いから、頭が悪いのをかけたらさらに悪い子供が出来るのがいや」
一息に失礼な事を言われ、王子はがっくりと首を落とす。
頭脳がかわいらしい、と揶揄されることが多々ある王子ではあるが、すぐに忘れて回復するお目出度い思考回路ももっている。そんな王子ですら、どちらかというと頭の悪そうな小娘に精一杯の指摘をされひどく傷ついた様子だ。恐らく、頭がよいとされている次女や四女に罵倒されるよりも、衝撃が大きかったのだろう。
「護衛の仕事があるんだけど?」
「誰の護衛をしているのだ?」
右手をひらひらさせ、退出を促しながら気まぐれに尋ねる。
「イリス王女ですけど?」
ユッカの一言に、王子は立ち上がり、そしてしりもちをついた。
ユッカはそれを一瞥し、くるりと背中をむけ去っていった。
「おまえ!それを知っていたのか?」
「知らないのは王子ぐらいですよ」
手を貸してくれた側近にしれっと言われ、王子が逆に彼の胸倉を掴む。
「おまえ、これが、これがばれたら!」
「・・・・・・大変でしょうねぇ」
「どうして止めない!」
「俺は寝る、病気だ急病だ」
「薬師を呼びましょうか?」
「いや、いらん」
「イリス王女、おもしろがるでしょうねぇ」
イリス王女とは、彼の妹であり、非常に民に愛される王女である。
美しい顔に、賢い眼差しは、誰もが夢見るお姫様そのものであり、本人もそれを意識して行動している節が見受けられる。
彼女は、全くもって愚鈍な兄を毛嫌いしており、それを態度に微塵も出さずに彼をいたぶる、といった特技をもっている。
幼い頃はどれだけ王子が言い募ったところで、人形のように愛らしい彼女がそのようなことをしたとは、誰も信用しなかった。
さすがに昨今は、彼女の二面性の仮面も近しい中でははがれつつあり、王子の言葉に耳を傾ける人間もいるにはいるが、皆が皆、ただ聞くだけである。
イリス王女に苦言を呈そう、などという親切な家臣は一人もいない。
「王女のお気に入りだそうです」
「あれがか?」
「ええ、あれが、です。というよりヴァイシイラ家と懇意にしていますから」
今でこそ国一番の商家ではあるが、ヴァイシイラ家の歴史は浅い。
祖父の代では狭い土地に唯一つのものを売る、個人商店でしかなかったヴァイシイラは、彼が異国の少女と結婚したあたりから急激にその規模を広げた。
子供が生まれるたびに、商う品物が増え、それに見合う店舗を増やしていった。異国の娘の長女が継ぐころにはすでにこの国一番の商家となっていた。
だが、その成り立ちの新しさにより、歴史だけはやたらとある王家との関係は希薄だ。いや、希薄であった。
すでに老舗と呼ばれる御用達の店があるなか、新規参入していくのは通例や慣習などがまかり通る世界ではなかなか難しい。
だが、図らずも孫娘の代で四女のセリが王子の一人と結婚し、また五女が国民に人気のある王女と親交を結ぶ、といった伝が出来た結果、ヴァイシイラは王家と取引もある商家として規模だけでなくその格まで高めていくことになった。
そして今度の騒動である。
馬鹿な王子の花嫁探しは、アベリアに商売の機会を与え、今まで不得意であった奥向きにまでその食指を伸ばしたようだ。
つまり、新しい花嫁、などという不穏分子を迎えたくはない側室たちの手先が、あからさまにうろつく中、それをどういった手管なのか捕獲し、洗脳し、商売の糸をくくりつけたのだ。そのような手腕をもつアベリアが王家に野心をもって乗り込まなかったことを、側近は心の底から安堵している。
「しかし、まさかイリスの」
「あれだけ珍しい女性騎士が就任したというのに、知らないほうがどうかしてますよ。謁見の席に同席していたはずでしょ?」
「あんな平凡な女を覚えているわけがないだろう」
そういった王子は、どういうわけか急激に寒気を覚えた。
「風邪かな?」
「後ろ暗いからじゃないですか?」
「覚えはないな」
「イリス王女のお気に入りですからねぇ、彼女」
わざとらしく咳まではじめ、王子はそわそわ落ち着かない様子で腰を浮かせようとしている。
「まさか、盗み聞きされている、などということは」
「さぁ?でも、ユッカは侍女や同僚の騎士たちにも人気がありますからねぇ。気さくな人柄ですし」
王子は、控えている侍女や護衛騎士がにやり、と笑ったようにみえた。
「おまえたち!ここで話したことは他言無用だからな!」
「そんな口止めなどしなくとも、ユッカが個人的に話せばばれることでしょう」
「いい!今日は休みだ!病気だ!」
癇癪を起した王子は、とても病気だとは思えない勢いで寝室に閉じこもった。
親切な側近は、寝室の扉に「本日急病」としたためた札をかけておくことを忘れなかった。
それを見た人々は、口々に安堵の言葉をもらし、側近に感謝の言葉をかけたとかかけなかったとか。
次の日から、王子は寝具がどういうわけか水で濡れ、この年でおねしょをしている、と下女たちに噂され、また、大切に扱っていた自慢の馬が小奇麗な雌のロバに取り替えられており、そのロバで国民の前にでなくてはならなかったり、格好をつけて登場したところ、大衆の面前で下穿きがずり落ちるといったような小さな嫌なことが積み重なることとなった。
それが全てイリス王女の仕業なのかを知るものはいない。
ただ、彼のその姿をみたイリス王女の顔が、今まで見たこともないほど晴れやかな笑顔だったことは、皆の知るところである。