四女・セリの場合
「お前本当にあの家の女か?地味ではないか」
間抜けな王子の非常識な一言に、呼び出された真実地味な容姿をした女は眉一つ動かさなかった。
あきらめもせずヴァイシイラ家の娘を呼びだしていた王子は、ようやく四女と対面することとなった。いいかげんな調査書にも彼女の年齢程度は記してあり、十以上若い彼女ならば容易に御すことができるだろうと、第一王子は張り切っていた。
今までのヴァイシイラ家の娘たちは、趣こそ異なるものの、どれも美しくあり、まさかこのような造作の女が現れるとは思っていなかったのだ。だが、それにしても王子の一言は無粋であり無神経である。
「王子、鏡見てから物を言いなさい」
今まではあまり口出しをしなかった側近が、素早く辛らつな言葉を叩きつける。わずかに不快な顔をした王子は、それでもセリを不審な目でみることをやめない。
「それがあなたに何か関係があるのですか?」
全く動かない表情で淡々と言い募るセリは、二女と同じく高名な学者である。
次女程派手な分野ではないものの、彼女の緻密で統計学的な研究は、言語、歴史の分野において非常に高く評価されている。また、強い魔力をもち、精度の高い魔術を使うことでも有名だ。おそらく五人姉妹の中で、魔力としては最大のものを有しているだろう。それが、外見と同じく、あまり目立たない方向に発揮される、というだけである。
「それに」
王子はセリのささやかな胸部を一瞥し、わざとらしくため息をついた。
ルクレアさえ見なければ、それがヴァイシイラ家の特徴のように、非常に慎ましやかだからだ。
初対面にて、どういうわけだかセリのことをよく思わない王子は、呼び出した側だというのにけんか腰で彼女に対応する。
「再度尋ねますが、それが何か関係あるのですか?」
丁寧だが、にこりともしない顔で言われると、迫力が増す。まして、彼女は不細工、というよりもはただひたすら地味な造りをしているだけであり、冷たい印象を与える彼女が勤めてそのように振舞えば、さらに冷酷さは増していくのだ。
ぐっと、室内の気温が下がったよう気がして、後に控える護衛騎士が無意識に腕をさする。
「私の時間を侵食するに匹敵するほど重要な案件があるのでしょうね」
馬鹿王子は相手にならぬ、と、セリは側近を静かに見つめる。怒りも憤りも、何も見せないその視線に側近がこらえながら笑みを作る。
「申し訳ございません。セリさまをお呼びすることだけは止めたのですが」
「あなたに他意はないのでしょう。この茶番はなんのために設けられたのですか?」
側近には一定の敬意を示すセリに、面白くない王子は口を挟む。
「私の妻を選んでいるのだ。ありがたくおもえ!ヴァイシイラ家の人間から選んでやるのだから」
「姉は?」
こんな茶番劇を商売柄姉が認めるはずはない、と信じているセリは、長姉を指して口にする。それを正確に読み取った側近は、急増したヴァイシイラへの支払いを思い浮かべながら曖昧に笑い返す。
「申し訳ありません。国家太平のためには」
大仰だが真実を言い当てた理由を述べ、困った顔をさらに困らせる。つまるところは、くだらないことに第一王子が夢中でいればいるほど、国政が安泰なのですよ、と、言外に表し、それを十分汲み取ったセリは無言で頷く。
妙にわかりあった二人のやり取りを気に入らない王子は、再び阿呆なことを口走る。
「お前でも良い、妻になれ」
ここにきてようやく片方の眉のみが反応したセリは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私はあなたの従弟と婚姻していますが?」
「そんな物好きが!」
絶句した失礼な王子に、だがセリは無表情を貫く。家族によれば、これでも十分顔色を変えてはいるのだが、それを無神経な他人が汲み取るのは非常に困難だ。
「本当にその調査書、なんの役にも立ちませんねぇ」
わかっていた側近は、薄い書類を持った王子に哀れんだ声を掛ける。
もちろん、彼はセリが王子の血族と結婚していたことを知っている。そして、その従弟とは、王子が最も苦手とする優秀で美麗な男だということも。おまけに、彼の方がセリに惚れこんでセリたちの母親に頼み込み、本人をだまし討ちにして結婚にたどり着いたということも。
「この時間の間に、どれだけの本が読めると」
全くもって時間を無駄にされたセリは、静かに王子に問いかける。
「私の方こそ、時間の無駄だ!どいつもこいつも全く」
反省するはずもない王子は、セリに吐き付ける。
セリは黙って、一礼ししゃんと伸ばした背筋をそのままに、退室していった。
数日後、王子の下に華やかな装飾を施した筆記具が届けられた。出自がはっきりしないそれはどういうわけか数々の関所を潜り抜け、王子の手に渡ることとなった。
そして、王子は数ヶ月間夜になると顔が青と赤のまだら模様となる呪いにかけられることとなった。
ヴァイシイラ家の四女が、言葉の専門家から派生して、膨大な魔力を利用して呪術師として有名なことは、この国で知らないものはいない。
世継ぎの王子を除いて。
「セリさまを侮辱するのはやめていただきたい」
上の三人娘に対してはどこかひいた態度をしていた側近が、珍しくはっきりと王子に苦言を呈した。長女は利用し、次女は軽蔑し、三女は理解していなかったこのお見合いは、まじめなセリにとっては苦痛以外のなにものでもないだろう、と。
「いやしかし、あれとあれとあれを見て、あれだぞ?」
そんなことを感じ取ることなど出来ない王子は、正直な感想を述べる。
恐らく、セリは生まれついてずっと王子の言葉と同じようなものを投げかけられていたのだろう。よく言えば冷静で、悪く言えば達観した性格は、そういった環境によるものなのだろう。
「セリさまは、セリさまで十分魅力的です」
だが、不特定多数に崇拝される姉たちとは違い、セリはある一定の層に非常に執着される傾向にある。それは、どういうわけか性格は破綻しているものの極めて知的で、なおかつ他者には非常に淡白な男女、といった特徴をもった人間たちの層である。日常生活すらものぐさな彼らは、ひとたびセリが絡めば、執拗かつ妄信的に彼女に付きまとう、セリにとっては少々困った人たちでもある。
それにぴたりと当てはまっている側近は、この茶番を制止しなければいけない立場でありながら、彼女と言葉を交わしたくて見逃していた、という後ろ暗い事情がある。
そして、セリの配偶者、王子の従弟こそ、その偏執的な集団を独走する狂信者、の一人である。
そんなことは全く知らない王子は、三女の豊満な体でも思い出すのか、セリの悪口をあれこれいいたれ、側近の眉間の皺は最高潮に深くなっていく。
「優秀な学者が外に流出するようなまねはやめてください、くれぐれも」
「だがなぁ、失礼なやつだし」
「あなたのその空っぽでお飾りにもならない頭と違って、彼女は非常に優秀で繊細ですばらしい頭脳をもっているのです。役に立たないのならせめて足をひっぱらないようにしてください」
いつにもまして辛らつな側近の言葉に、さすがの王子もうな垂れる。
「それと、従弟殿とはローゼルさまですよ?いいんですか?そんな口を聞いて」
その名前を聞き、王子ははっきりと青ざめた。
年の近い従弟であるローゼルは、何かにつけ周囲が比較をする優秀な王子の一人だ。父親である王弟はどちらかといえば凡庸なのだが、彼は突然変異のごとく非常に才能豊かな青年である。
王位継承権は低いものの、王子が継ぐぐらいならば彼の方が良い、と考える家臣は多い。
そしてなにより、このローゼルは人に興味がないくせに、会えばさらりと嫌味を言う王子が苦手とする人間だ。学者王子と名高い彼に、悪気なく様々な実験という名のいたずらを施され、今では顔をみるのも嫌な状態となっている。
「・・・・・・いくらあれでもここを盗聴はできないだろうな」
「さぁ?ローゼルさまですから」
何の対策もとっていなかった部屋を見渡し、王子の顔がさらに青くなっていく。
基本的に人に興味がないくせに、執着した人間に対する執拗なまでの愛着と態度を思い出し、徐々に王子の口数が少なくなる。
「大丈夫だと言ってくれ」
「保障できかねます」
寒気がする、といってそのまま下がった王子は、後日呪いによって愉快な顔色とされてしまったが、さらに追い討ちをかけるように数ヶ月間不能となる呪いも合わせてかけられたことを知るのは数少ない。
そして、ローゼルもまたその妻と同じく、古代文字と呪術について非常に高名な学者であることは、井戸の中に住む蛙ですら知る事実である。