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遅れてきた王子  作者: 神崎みこ
本編
1/9

Asymmetryというサイトからの移植改訂版となります

 四つの大陸が海に浮かぶ世界にて、そのどれにも属さず、またほぼ中央に位置する島国は、長い間平和を謳歌した国家がその島を治めていた。

象徴的立場におかれた王は、尊敬される存在ではあるものの、彼ら彼女らを冗談とともに口の端にのせたとしても、笑いこそすれ咎められることはない、といった程度の扱いとなっている。その代わりに、その国の議会を運営する議員達は非常に優秀であり、また出自によらず取り立てられる彼らは、国民皆の憧れの存在でもある。

長い間他国に侵入されず、侵入しないこの国は、温暖な気候とあいまって、非常にのんびりとした国民性を有し、それはまた王家も同様な性質の人間で構成されていることを示している。

王家の人間が思いつきで起す騒動は、人々の笑いや噂話の種となり、彼らは興味と尊敬と嘲笑を一手に引き受ける、道化、のような存在となりつつあった。





「このような娘はおらぬか!」


突然現れた若い男を、一同は胡乱げに見つめた。

一瞬にして自分に視線が集まったことに、男はたじろぎ、だが己の職務を思い出したのか、上ずった声で口上を述べる。


「殿下のお召しである。隠し立てするとためにならぬぞ」


精一杯虚勢を張ったその姿に、館の主は失笑で答える。


「まあ、隠し立てするほどのもんじゃないけど」


王家からの使者というのに、一向にひるんだ様子のない年かさの女は、男から渡された文書を一瞥する。

確かに、そこには彼女が思い当たる人物について尋ねる文言がしたためられている。

それを渡された彼女よりも若い女は、さらに冷めた目で男を見上げる。

彼女たちは今、家族そろっての食事どきである。

久しぶりに揃った一族での晩餐を邪魔された格好となる彼らは、使者に全く敬意を払うようすもない。いや、一部にはご馳走を目の前にしてあからさまに敵意を持った視線を飛ばす人間もいるほどだ。


「偶然とはいえ一族が揃っているときにきたのは、神の思し召しなのかも」


全く神を信じていない女が、そう呟く。


「さっさと答えぬか」

「それよりも、ここまで通しちゃった警備の方がまずくない?お母様」

「それは、まあ、王家の紋章なんて、見たことがあるほうが少ないし。ともあれ処分は必要だな」

「どうせなら替えてしまえばよいのでは?役立たずは嫌いです」

「そう言うな、あれにはあれの言い分があろう」


自分の言葉が全く聞こえていないかのような態度を見せ付けられ、男はさらに声を張り上げる。


「答えぬか!ええい、不敬罪で処分してくれるわ!」


その言葉に、ようやく最も年かさの、母と呼ばれた女が立ち上がり、男の側近くへと歩き出す。


「我が家を?四大陸にも我が家あり、と呼ばれるヴァイシイラ家の人間を?」


商売人らしく笑みを浮かべ、だが妙に迫力のある態度で言い募る。

使者はたじろぎ、あとずさる。


「まあいい、使いの人間をいじめても仕方がない」


ごくり、と何かを飲み込み、使者は女の言葉を待つ。


「お尋ねの人物だが」


無言を重ねる使者に、さらに笑みを浮かべる。


「もうとっくに死んでいる」


だが、齎された衝撃的な言葉に、使者は思わず声をあらげる。


「ああ、うるさい。大声を出さなくとも聞こえている」


それを淡白にあしらい、彼女はなおも続ける。


「その髪色、顔かたち、おまけに名前。確かにそのものは我が家に居た」

「だったら、嘘などつかず、さっさと差し出すがいい」

「死んだと、言っただろう」

「そんなはずはない。それは紫の魔女の予言だ」

「紫の魔女、ねぇ」


紫の魔女とは、好んで紫色の外套を纏っていた魔術師の女であり、力が台頭してきたころより王家に仕えていた人間だ。彼女は魔術師というよりも、神がかった予言を得意としており、それにより、この国が幾度も恩恵を受けていることは、子供でも知る事実である。

だが、晩年は老化とともにその予言も不確かなものが増え、時間軸がずれた予言をしていたのは、ごく一部が知るところである。恐らく、使者がもたらしたその予言は、彼女の遺言ともいえるものだろう。魔女は死に、ご大層な葬儀が行われたばかりだ。


「謀ったところでおもしろくもないだろう。商人は信用第一。嘘は身を滅ぼすだけではすまない」


彼女の迫力に、使者は口を開けない。


「あのな、その手配された女は、確かにこの家にいた。いや、この家を作った」

「だったら」

「黒髪が美しい、サユリ、という女は」

「そうだ、素直に出せばよい」

「私の母親だよ」

「は?」

「だから、サユリという女性は、私の母だし、彼女はもうとっくにこの世を去った」

「いや、だが」


信じようとはしない使者に、ヴァイシイラ家の面々は次々と自己紹介をしていく。

サユリの長女、長男、次女、長女の娘たち、長男の息子と娘。そこまできて使者はようやく事態を把握した。


「サユリ嬢は、いない」


絶望とも思える顔をしながら、使者は急ぎ王宮へと帰っていった。

取り残されたものたちはためいきをつき、一族をまとめる長女の合図で団欒を再会した。


珍しき黒髪を有したサユリという少女を娶れば、この国はまた一段と豊かなものになるだろう。

紫の魔女が遺したその予言は、王へ伝えられ、急ぎ跡取りである王子の手配のもと、予言された場所へ使者が送られた。

だが、晩年の魔女の予言は時間軸があやしかったことをどうしてだか知らなかった王子は、まだ見ぬ花嫁へ夢を募らせていた。

それが、ヴァイシイラ家が巻き込まれた騒動であり、この国に長きに渡って伝えられる笑い話の始まりであった。


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