囚われた姫
クロウが潜入した頃、ケイは街道をずれ森の獣道を馬に乗り駆けていた。
昼夜問わず、駆けていた馬に疲労が見えた。
「お願い! グゥイナムもう少しだけ頑張って頂戴!」
辺りは闇に包まれつつある。
森の中を疾走していると、近くで馬の鳴き声が聞こえてきた。
四肢をつけ横たわるは、クロウの馬だった。
ケイは、馬から降りると黒い馬に駆け寄り、円卓の腰掛を手に取ると顔に涙を浮かべ美貌に満ちた顔を歪めた。
「一足遅かった! クロウ様はきっと城に乗り込む、でも探してる時間なんてない…」
その場で崩れ落ちて、青々と草が茂る大地を叩きつけた。
「無理だわ…。もう間に合わない。最後の手に出るしかないか…。死んじゃうかも知れないけど仕方ないわね…」
立ち上がり、束ねた髪をほどくと銀髪をかきあげる。
その瞳は、覚悟を決めたように鋭い眼差しに変わっていた。
森の奥へと進んでいくと、鉱山へ続く獣道があった、草の生い茂った森を上へとしばらく登っていくと城下を見下ろす断崖絶壁に出た。
右側には、少し離れた場所に鉱山があり、断崖と城壁の間は谷になっていた。
「思ったとおりここなら潜入できそうね…でもティンタジェル城も落ちぶれたものだわ…」
皮肉を込めて呟くと、茶色の革の鞄を開いて。
銀を使い拵えた少し曲がった棒を取り出す、先端には獣の皮で出来た紐が垂れていた。
ケイが手にとり、棒を開くと三日月型をした弓が姿を現す。
小さな銀で出来た矢の後端に、黒く塗ったロープをしっかりと結びつけると、ロープの反対側を近くの大木に外れないように固定した。
準備をしながら呟いた。
「これで、後は夜を待つだけね…。誘導に時間なんて取られないわ」
深い闇に包まれた時間帯。
ケイは、息を潜めて行動に移る、鉱山のある方角に試験管に似た筒状のガラス瓶を結わえて固定した矢を飛ばすと、遠くで小さくガラスの割れる音と共に爆発音が聞こえてくる。
鉱山の入り口辺りは、粉々に砕け散っていた。
突然の轟音に、兵士達や民衆は目を覚まし外に飛び出る。
「なんだ! 何が遭ったんだ? 」
口々にそう言いながら、灯りを手にした兵士達は鉱山へ向かい列をなして登っていくのを確認した、ケイは大きく深呼吸した。
「いい匂いね…爆発物の匂いに混じって深い夜の香りが心を落ち着かせてくれるわ」
マッドサイエンティスト的に笑うと、弓をしならせて大木に結んだ矢を城に近い民家に向けて飛ばした。
弓は一直線に飛んでいくと、民家の屋根に突き刺さる。
鞄から滑車を取り出だして、右手で捕まると勢いよく滑り出す。
銀髪をライオンの鬣のように風になびかせて、真剣な表情で暗闇を見つめている。
華麗に着地を決めると、女豹の如く民家から飛び降りると城に向かい全力疾走する。
誰にも気づかれないように城の入り口を目指すと言う事を、ケイは考えてなかった。
「どうせ対峙した時に気づかれるなら、兵士が駆けつけるまで時間を稼げばいい話よ。戻ってくるまでに決着をつければそれで問題ない事だわ…」
自分に言い聞かせるように呟いて、本心を閉じ込めた。
城の入り口が見えてくる、城門には二人の兵士が立っていた、ケイに気がついた時すでに遅かった。
ケイは剣を抜くと兵士を斬り付けて息の根を止めた。
そのまま城内に入り込むと中央にそびえたつ吹き抜けの螺旋階段を駆け上り二階につくと、真赤な絨毯の敷かれた大きなフロアに出た。
蝋燭の灯りが玉座に向かい幾重にも真っ直ぐ伸びている。
その先に、漆黒の鎧に身を包み騎士が立っていた。
ケイは、声を荒げて言い放つ。
「褐色のセグラント! 久しぶりね、子供の時以来かしら!」
窓辺に立ち茶色い髪をなびかせ、振り向いた顔を見るとケイは目を見開いて驚いた。
「ケイ卿。ご機嫌いかがかな? カイに似て美しい銀髪をなびかせてるね、君が来ることは解ってたよ、私にとっては実に好都合だ」
振り向いたセグラントは、優雅に歩き出すと玉座に腰掛ける。淡い蝋燭の灯りに顔が浮き出される。 三十代のまま歳を取っていなかった、
「なぜ!? それにどうして歳を取ってないの!? セグラント!」
冷静を装って言うがどうしても、怒りの感情が込み上げてくるのを必死に押さえつけて言った。
「すべては、この日の為さ…ケレモン姫。私は君が欲しくてたまらない。その為にカイを殺した、そう言えば察しがつくだろう?」
ケイは剣を振りかざし、セグラントに突っ込んでいく。
セグラントは、剣を素早く抜いて防ぐと拮抗しながら話しかける。
「君が欲しくてたまらないと言っただろう? カイに私は何度も言ったんだよ、君を将来、私の妃に迎えたいと、けれど何度願ってもカイは断った。だから…殺して奪う事にした」
ケイは表情を怒りに満ち溢れさせ、冷徹な瞳で投げかける。
「そんな理由で…、セグラント! 貴方は私が殺すわ!」
ケイの歪んだ表情と、冷たい視線にセグラントは酔いしれる表情を浮かべる。
「そんなに、見つめられると興奮してしまうな。だけど少しの間、静かにしてもらおうか」
そう呟くと、剣を押し返してケイに向かい振り下ろす、ケイは両手で受け止めるが押し切られ膝をつかされる。
「流石にカイには及ばない。それと足元がお留守だぞッ! お嬢さん!」
余裕の表情を浮かべて、足払いした。
ケイは足をすくわれて、その場に横たわる瞬間、受身をとり即座に後退する。
距離をとって、様子を覗うながら言った。
「確かに、セグラント。貴方は強いわね。かつて最強だったのも解るわ。でも私を舐めてないかしら?」
そう言うとマントのから試験管を取り出しセグラントの顔目掛けて投げつけた。
セグラントは、剣で叩き落とすと瞬時にその場から後退する、割れた試験管から刺激臭を伴い絨毯が焼け焦げる。
セグラントは、それを見るなり怒りを露にする。
「カイと同じ魔法か! しかも私の顔に投げつけるとはな! 私はお前の未来の夫だぞ! その私の顔を溶かそうなど! そんなに私が嫌か!」
ケイは、微笑を浮かべ嘲笑し答えた。
「嫌? セグラント、頭の螺子が何本か飛んでるんじゃないかしら? お父様を殺され、私を物扱いしてなんだと思ってるの? 私は貴方のお人形じゃないのよ! 生憎私は…慕ってる方がもう居るの! その人の為なら死んでもいいわ! 貴方の妃になるくらいなら死を選ぶわよッ!」
吐き捨てるように言ったケイに、セグラントは言い返した。
「ならば…無理やりにでも私の物になってもらう…。まだ男を知らぬだろう? 存分に味あわせてやろう」
狂気に満ちた顔でセグラントは嗤う。
足元の影が、セグラントの背丈と同じ位のドラゴンを形作るとケイに向かい咆哮をあげた。
咆哮により、全ての蝋燭が一瞬にして消えると周囲は暗闇に包まれる。
一瞬、何かが顔を掠めた。
ケイは、鉄のような臭いのする頬を触ってみる。
ぬるりとした生暖かい液体が手についた。
「何これ…どういうこと何が起きたの…!」
突然の事で、理解しきれないケイは動揺する。
暗がりの中から、セグラントは声を掛ける。
「これが、本当の魔法だ。ケレモン、そんなちゃちな魔法とは違う。正真正銘の魔法だよ」
ケイは、嘲笑うセグラントに言い放つ。
「これで、お父様を殺したのね…。残念だけど光があればどういう仕組みなのかわかるわ!」
「ほう。ならば興じてみようか!」
ケイは、マントから五本の試験管を取り出すと周囲にばら撒く。
割れた試験管から、淡い光が周囲を照らす。
瞬間、黒い何かがケイに向かい放たれた。
咄嗟に剣で打ち払うと、黒い短剣に似た物は絨毯の上を転がり溶けていった。
(なるほど、ドラゴンの牙って所かしら、もう試験管もないし刺し違えるしかないわね…)
「正体は掴めたわ、セグラントこれで貴方はおしまいよ!」
玉座に足を組み、不敵な顔で嘲笑う。
「やれるものなら、やってみるがいいッ!」
ケイは、セグラントに向かい疾走する。
影のドラゴンから、短剣に似た牙が何本も繰り出される。
疾走しながらケイは打ち払うと、セグラントの首目掛けて切先を突き刺した。
次の瞬間、セグラントは溶けて黒い霧に変わると、部屋の四方から伸びる影に四肢を縛りつけられて身動きが出来なくなった。
「なぜ! 確かに刺した感触があったのに…」
もがくケイの背後に、セグラントは立ち正面に回ると玉座に座り膝を組むと囁くように言う。
「見事な物だ。円卓に招かれる技量は持っている、ケレモン? 暫く大人しくしていてもらおうか。それから君の大事な人は俺が殺そう、そうすれば君は俺の物になるだろう?」
ケイは、影に飲み込まれると姿を消した。




