ヴェルドラッカー潜入作戦
突然、後頭部に衝撃が走る。
鈍い衝撃でクロウは、目覚めた。
「なんなんだよ! もう! 人が気持ちよく寝てるのに!」
起き上がって、後ろを見るとリオンがいなかった。
クロウは顔を戻し、周囲を見渡してみた、鬱蒼とした森ではなく、所々に細い木々が根を下ろした芝生の上に座っていた。
歩いて、数歩の場所には小さな川が流れていた。
リオンは、川で水を飲んでいた。
後頭部に走った衝撃の犯人は、リオンだと悟ったクロウは、ふたたび寝そべって空を見上げた。
「昨晩の事は、ユメじゃないのか・・・?」
クロウは、複雑な顔で右の手のひらを青く澄み切った空に掲げてみた。
包帯を何重にも巻かれた、右手の指の隙間に太陽の光が差し込む。
「信じられないな、いきなり古い神だなんて言われても。小人とウサギにしてもそうだ。証拠がない、どうせ幻だ。俺は信じない!」
そう否定したクロウは、体を起こす、突然お腹が鳴った。
「そういえば、昨日は林檎一個しか食べてなかったな・・・」
何か食べるものを探しに行こうかと思って、立ち上がった瞬間、袴を伝いなにかが転がった。
転がったモノを目で追いかけて、クロウは絶句した。
昨夜、焚き火をしていた場所に転がったそれは、二個の林檎だった。
クロウは、林檎の事もそうだったが、焚き火の痕跡がない事に気がついて立ち尽くして呟いた。
「冗談だろ!? 狐に化かされた気分だ・・・」
クロウは、林檎を一個拾い上げて、振り返り森に入っていった。
森を入ると、見上げながら林檎の実った木を探す。
林檎の実った木は、見当たらなかった。
「くそ! きっとあるはずだ!!」
独り言を呟いて、更に奥へと駆け出す。
森を駆け抜けると、光がこぼれていた。
光の方角に駆け抜けて出た先に、クロウの目が捉えた物。それは大きく拓けた街道だった。
「嘘だ! そんなワケが・・・」
手に持った林檎を見て呟く。
「ヴィヴィアン・・・貴女は一体、何者なんだ・・・?」
きびすを返し森に戻り、林檎をかじりながら考える。
(ヴィヴィアンの言った事が真実なら、この先にヴェルドラッカーがあるはずだ・・・確かめてやろうじゃないか!)
クロウは、森を抜けてリオンの元へ戻ると、食べかけの林檎をリオンにほおり投げた。
リオンは、上手に口で林檎を受け取って咀嚼した。
残った林檎を、掴んで袖に入れると呟く。
「この先に、ヴェルドラッカーがあると仮定して、潜入出来たとしても敵陣だからな、一個くらいは手元に持ってたほうがいいか。入り込んで食料がないなんて戦いにすらならない」
そう言ってクロウは、リオンに跨り手綱を握るって森を出て、街道を北へ向けて走り出した。
風を切り、しばらく走っていると城の先端が見えた。
「あれが、ヴェルドラッカーか・・・」
呟いて、クロウは緩やかなカーブに差し掛かった。
弧を描いてリオンと共に、走り抜けようとした。
次の瞬間、クロウの目に町の城門を護る兵士が映りこんだ、急いで手綱を右に切ると街道から外れ、森の中へと突っ込んでいった。
森の木々を華麗に避けて緩やかにスピードを落としたリオンは、止まるとブルルッと声を上げた。
クロウは、リオンの鬣を撫でて馬から降りると語りかけた。
「助かったよ、リオン。ありがとう」
クロウは、ヴィヴィアンの言った事を真実だと受け止めて、辺りを警戒する。
突っ込んできた方向に体をむけて、茂みに隠れて様子を見た。
(どうやら、気づかれてない様子だな)
肩から力を抜き、茂みから出ると森の中を右往左往しながら潜入経路を考えていた。
「どうする? このまま行けば明らかにばれる・・・強行突入すれば民が被害に遭いかねない・・・アーサー王が手が出せないわけだ、男なら余計に怪しまれるだろうしな・・・」
自ら口にした言葉に、クロウは目を見開いた。
「女なら、油断する可能性があるじゃないか! といってもここに女はいない・・・」
肩を落として刀を引き抜くと、木を切りつける。
「くそ! こんな事でどうやって平定するんだよ!」
苛立ちながら刀を納めようとした時、刀に鮮やかな赤い液体が付着している事に気が付いたクロウは、刀身を顔に近づけた。
嗅いで見るとゴムのような臭いが鼻をつく。刀身に自分の顔が移りこんでいた。
何かに気が付くと、溜息をついて呟いた。
「仕方ないか・・・一番したくなかった事だけど・・・この手でいくしかなさそうだ・・・」
クロウは、円卓のマントの腰巻を解くと、リオンの首に巻きつけた。
諦めたような顔で下緒を解き、刀を納めると袴を脱ぎ帯を解いた。
帯を解かれた着物は、するりとクロウの膝まで下りてきた。
同時に、林檎が地面に転がって、草の上でクロウを見上げている。
クロウは、林檎を見つめて深い溜息をつくと、
「・・・本当ついてるのか、ついてないのか」
と、ぼやいて首をもたげて空を仰いだ。
クロウは、空から顔を戻すと、膝をついて転がった林檎を手にとり小柄で縦に裂いて、断面を上にして草の芝生に置いた。
袴を、リオンの背中に掛けた後、右手を見つめて包帯を解き始めた、掌の怪我は確かな傷跡を残しつつも綺麗に塞がっていた。
クロウの思惑通りに、解いた包帯は使うには十分すぎる長さを保っていた事に複雑な顔で呟いた。
「ケイ・・・助かるよ・・・ちょっと恨むけど」
クロウは、胸に包帯を何重にも巻きつけてキツク結び固定すると、切った林檎を手にとって無理やり包帯の中に押し込んだ。
すらりと伸びた朱色の着物をなおした後、紫の帯を背中から二回巻いてリボンのように前方で締め上げた。
かがんで、刀を引き抜いて刀身に映りこむ自分の姿を確認する。
刀身には、紛れもない少女が映っていた―――。
クロウは、刀身に付着した赤い液体を、小指ですくい口紅を引いて硬い表情で笑い呟いた。
「・・・ハァ・・・食料もナシ、おまけにこの姿・・・か」
落胆の声を出して、刀を背中の帯に差して立ち上がり、身近に落ちていた枝を手に取ると小柄で削って杖をこしらえた、そしてリオンを呼ぶと膝をつかせても横になり夜まで寝る事にした。
時間の経過と共に、森は闇を色濃くしていった。
クロウは、目覚めて呟いた。
「今夜もヴェルフィーユは、現れないのか・・・何してるんだヴェルフィーユ?」
月はクロウ達を、見下ろして月明かりを注いでいた。
クロウは立ち上がり、漆黒の瞳で月を見上げると呟く。
「いつまでも、頼ってたら弱いままだ、だからヴェルフィーユは来ないんだろうな。これは俺に課せられた使命だ。必ず成功してみせるさ」
そう月に誓ったクロウは、膝を下ろしリオンの鬣を撫でて微笑む。
「リオン。行って来るからおとなしくここで待ってろよ」
足音を殺しながら静かに森を出ると、瞳を閉じて杖を頼りに足場を確認しながら兵士のいる町の城門へ向かって歩き出した。
/
クロウが、城門に向った時間。
ケイは、街道を北西に向かい駆け走っていた。
飲まず、食わずで昼夜を徹して走っていたケイは馬上で呟く。
「クロウ様、どうか生きてて! ヴェルドラッカーだけは足を踏み入れてはいけないのです! あそこは、お父様を殺した騎士がいるの! 貴方でも勝てないかもしれない!」
ケイは今にも泣き出しそうな顔をし、悲哀に満ちた瞳で懸命に馬を走らせた―――。




