湖の姫と小人とウサギ
水面が、月の光と重なり、青く輝いていた。
突然の出来事に、目覚めたクロウは立ち上がり水面に目を見張る。
水面からは、シャボン玉のような気泡が空に向い浮いては弾けていた。
「なんだ! 一体何が起きてる!?」
水面で一匹の魚が飛びはねた。一瞬、魚に気をとられてる間に眩い光が湖から放たれた。
咄嗟に右手で視界をかばい、光が治まったのを指の隙間から確認するとゆっくり右手を下ろした。
焚き火を挟んで、ブルーのドレスを着た一人の女性が立っていた。
透き通るような碧い髪、端整な顔立ちで、熟したストロベリーのような瞳でクロウを見つめていた。
「円卓の騎士クロウ。私は湖の姫、ヴィヴィアン。貴方の事は知ってますよ」
艶めかしく微笑む姿は、人を惑わせる程の妖しさを持ちあわせていた。
クロウは、厳しく顔を引き締めると刀に手を掛ける。
そんなクロウをみてか、ヴィヴィアンは妖艶に微笑んだ。
「クロウ。警戒しなくてもいいわ、私が貴方を知ってるのは当然なのだから」
「どうして当然なんて言えるんだ!」
ヴィヴィアンは、クロウの腰巻のようなマントを指差し、腕を組むと人差し指を唇に当てて答える。
「円卓の騎士の証を身に着けてるし、つい最近ランスロットがここに来て、クロウが円卓に招かれたとランスロット本人から聞いたの。それと私は、ランスロットの義母なのよ」
クロウは、刀から手を離すと唖然として聞き返す。
「ランスロットの・・・母親!? にしても・・・姿が二十歳後半にしか見えないんだけどな!?」
クロウが、再び刀に手を掛けようとした時、ヴィヴィアンは瞬間移動して、クロウに体を密着させると耳元で囁いた。
「褒めてくれて凄く嬉しいんだけどクロウ、武器から手を離しなさい・・・私は古き神なのよ」
「その神様が、俺になんのようだ!」
クロウは、抜刀して瞬時に斬りつける。
ヴィヴィアンは、斬られると水になって消えた。
安心したクロウは、刀を納めて溜息をついた直後、背後から耳元に息を吹きかけられる。
焦り振り返ると斬ったはずのヴィヴィアンが、すぐ後ろに佇んでいた。
ヴィヴィアンは、クロウを見据えて潤った紅い唇をあけていった。
「おいたが過ぎるわね。クロウ? 折角協力してあげようとしてるのに・・・」
クロウは、瞬間的に後ろに飛ぶと距離を保って問いかける。
「なぜ、協力する!? 俺は貴女に縁も所縁もないだろう!」
ヴィヴィアンは、嬉しそうに微笑むと掌をひらく。掌で小人が座ってが林檎を食べていた。
「この子が、貴方に助けてもらったみたいだからお礼がしたいそうよ? それとウサギを助けたでしょう?」
クロウは、右腕をふって否定した。
「違う! それは小人が俺を助けてくれたからだ。ウサギを食べれなかったのは自分の甘さから出た結果だ!」
ヴィヴィアンは、クロウを見つめて諭した。
「貴方が、そう思っていても相手がそう思ってるとは限らないのよ。クロウ? 小人は、林檎を食べたかった。でも食べれなかった。何故か? 皮が硬くて小人には食べれなかったの。だから地面に落として食べようとしたの。ウサギは確かに、貴方に怪我を負わされて食べられると覚悟したみたいだけど、逆に貴方はウサギを助けた。そして馬にウサギを守らせた」
「当然だろう。俺が傷を負わせたんだから」
「確かにそうね、でも小人とウサギはそうは思ってないの」
「どうして!?」
「貴方の、純粋な優しさに触れたからよ。それが小人とウサギの心を癒したのよ」
クロウは、頑なに否定する。
「俺は、つい最近ウサギを食べた。俺が狩った訳じゃないが同胞を殺した事には変わりないだろう!」
頑なに拒むクロウに、ヴィヴィアンは問いかける。
「じゃぁクロウ。貴方の大切な人が人間に殺されたら、貴方は人間を憎む? 無差別に殺すのかしら?」
「それじゃ、話がずれてるだろ!」
小人は、林檎を食べ終えてヴィヴィアンの肩に向って走って移動し耳元で囁いた。
小人の話を聞いてか、ヴィヴィアンは笑って言う。
「ずれてなんかないのよクロウ。神の前では皆等しく、同じ命に変わりはないの。小人とウサギどちらも人間や獣から被害を受けている、けれど貴方はウサギを助け、小人に優しく接した。その行為が気高いものなのよ、そうね。神の慈悲と同じ位ね」
褒めるように微笑むヴィヴィアンに、クロウは譲らず言い放った。
「俺が、今後ウサギを食べないとでもいうのか? 俺は食べるかもしれない。いやウサギだけじゃない、生きてる以上は何かしらの生き物を食べる!」
ヴィヴィアンは、悲しげに微笑んでクロウに語りかけた。
「そうね、それは悲しい事だけど生きていく上で必ず通る道だわ。でもクロウ? それは貴方に限った事じゃないのよ、全ての生き物はそうなの。世界は食物連鎖で成り立っているのだから・・・。そうして世界は円を描き循環して流れているの。あらゆる者が、日々を懸命に生きてるのだから捕食と言う行為は日常茶飯事なの。当然の権利としてあらゆる物を食す人間も多いわ。人間は万物の王だからと言う傲慢さ。からかしらね?」
眉間にシワを寄せて見つめるクロウに、ヴィヴィアンは優しく諭した。
「そんなに難しく考えないでいいのよ、単純に小人とウサギは人間にも優しい人間がいるのだと気が付いたと言う事よ。食べるときは感謝して頂きなさい。これで話は終わりにしましょう。クロウ? 小人とウサギの頼みで二つ願い事を叶えてあげましょう。貴方が望む事を言いなさい」
クロウは、レオンの前までいくと背中を預けて、寝ているウサギをそっと両手で抱え上げてヴィヴィアンに問いかけた。
「ウサギの足の傷を治してもらいたい! それとヴェルドラッカーと言う城までの道のりを聞きたいんだ、その二つを聞き入れてもらえないだろうか?」
ヴィヴィアンはクロウの傍らに座ると、クロウの手からウサギを受け取って両手で覆い隠す。
一瞬、淡い光を発した後、静かに両手をひらくとウサギはピョンと跳ねてヴィヴィアンの手から去って茂みに入って行った。
ヴィヴィアンは、小首をかしげながら不思議そうに見てクロウに問う。
「クロウ、本当に今の願いでいいのかしら? 貴方が望めば大抵の事は叶えて上げられるのよ? それにあのウサギは、貴方の願いに反して捕食されるかもしれないわよ?」
クロウは、うつむいて自傷気味に笑って話す。
「ただの自己満足だよ。本心を言えば俺のせいで死なれるのがイヤなだけだ」
クロウの言葉を聞いたヴィヴィアンは、抱き寄せて頭を優しく撫でる。そして耳元で囁いた。
「クロウ? 朝起きたらこことは違う場所に貴方達はいるわ。そこから街道を北に向いなさい、少し行けばヴェルドラッカーが見えてくるわ。次に逢える時を・・・楽しみにしてるわね」
囁き告げたヴィヴィアンは、泡になって空に向かい飛んでいった。




