一本の刀にまつわる奇聞
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この物語はフィクションであり、作者自身、初めて書く作品ですので読んで下さる皆さんの意見をお聞かせ下さい。厳しい指摘も歓迎しております。
要塞と化した建物は、周囲を甲冑を着込んだ集団に包囲されていた。
その集団の中に一際、身分の高そうな人物がいた。
「チッ! 信長め。手間取らせてくれる!! この際、刀は後でかまわん。まずは信長を炙り出せ! 討ち取ってからでも問題なかろう。すぐに火をかけろ!」
指揮官の合図により寺は包囲されている。全軍一斉に火が点いた弓を構える。
「全軍用意ッ! はなて!!」
指揮官の合図に従い、家臣達は一斉に弓矢を解き放つ。弓は弧を描き、寺へと突き刺さると一斉に燃え上り炎上する。
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燃え盛る火の海で舞うように戦う人物がいる。辺りは朱色に染められ、炎の灯りにより人影がを映し出される光景はあたかも、一枚の絵画の様だ。
白い着物を身に着けて戦う人物は、襲い掛かる敵をヒラリッとかわしては右手に持つ刀で一刀の元に葬り去る。
刀は複数の斬撃を受け刃こぼれしていた。
「御館様、もう此処は駄目で御座います。せめて御館様だけでも落ち延びて下さい」
傍に控えた女性の様な風貌の小姓が厳しい顔で言った。
「蘭丸、楽しいよのぅ。この信長、今宵程高揚した日はないぞ!」
振り返り楽しそうに笑みを浮かべ起つ人物の着物は、所々朱色に染まっていた。
「光秀が謀反を起こす事は、当に解っておったが、まさか今宵だとはなぁ。露にもおもわなんだ! 人生何が起こるか分からぬ処が実に愉快よのぅ」
その表情は、本当に現状を理解した上での恍惚の笑みを浮かべている。
白い着物を纏った人物は、刀を床に突き立てると、小姓の言葉や周囲の状況など気にも留めず力強く両手を叩いた。すると、奥の襖が開き一人の武士らしき人物が姿を現した。
何処か妖艶な雰囲気を纏ながら膝を付き頭を垂れている。
「安達六郎姫忠、是に」
眼光鋭い眼差しで、安達六郎姫忠を見つめる。
突き刺した刀を、引き抜くと姫忠の目前まで来ると腰をおろし、気のせいか、悲哀満ちた顔した様に見えた。
威厳のある顔で、姫忠の両手に刀を託すと微かに笑った。
「姫忠、この刀を持って逃げろ。決して光秀や家康に奪われる様な事は遭ってはならぬ! よいな!!」
姫忠は、涙を堪え命令に従いその場を後にすると、裏口から包囲された外へ足早に出て行った。
安堵の表情を浮かべ、信長は、火に覆われた部屋の中、声高々に蘭丸に言った。
「蘭丸、鼓を持てぃ! この信長、生涯最後の舞を舞おうぞ。地獄に往くには少々辛気臭い、人間死する時でも華やかでなくてはいかぬ!」
蘭丸は今にも溢れそうな涙を堪えながら愉しそうに笑った。
「御館様のお好きな敦盛で宜しいでしょうか?」
蘭丸の言葉に満足気に相槌すると、火の海と化した庭にくるりと顔を向け、扇子を右手に持ち構える。
扇子が開くのが合図の様に、蘭丸の手により鼓から音が響き渡ると、信長は静かに舞い始める。
「人間五十年~。 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり~! 一度生を得て滅せぬ者はあるべきか~」
鼓の音と一体となり舞い終えた。
信長は、蘭丸に一度も見せたこと無い貌で微笑む。
「蘭丸、好い鼓を奏でおる。今宵、極上の舞を舞えた事にこの信長、心底満足しておる」
その言葉に蘭丸の瞳から堪らず涙が雫となって頬を伝わり落ちる。
「勿体無き、お言葉、恐悦至極に御座います・・・」
静かに蘭丸に近づき、膝をおろすと微笑し、遺言を告げる。
「蘭丸、儂の亡骸を誰の眼にも晒す事は、決してまかりならん。よいな?」
そう告げると、蘭丸の腰帯びに結び付けてある短刀を引き抜き、燃え盛る庭園に堂々と起ち、腰を下ろし胡坐をかくと着物の襟を両の手で開き、短刀を腹部に突き刺した。
「ぐぅ! ・・・まだまだ、これしきでは、死ねぬよなぁ」
愉しそうに貌を歪ませ、再度腹部に向かい短刀を振り下ろすと真横に引き裂く。
四度程繰り返し、ようやく信長は頭を垂れ微動だにしなくなった。
天を仰ぐように燃え盛る火の海の中、蘭丸は信長に近づくと帯刀している太刀を首へと振り下ろした。
その顔は涙で歪んでいた。
「御館様ッ! 御免仕る!」
信長の首はゴロリッと転がった。
刀をその場に突きたて、主の手から血に染まった短刀を持ち、四肢を跡形もなく千々に裂いた。
空ろな瞳で、髷を掴むと誰の者か判別がつかぬように、幾度も刃を突きたて粉砕していく。
機械の様に全てやり終えた後、信長の遺体を大事そうに抱えて、最も炎の勢いのある場所へ大事そうに投げ入れた。
役目を終えた蘭丸は、部屋の中央に正座し、着物の襟を両の手で開くと自ら短刀を腹部に突き刺し真横に引き裂くと、最後の言葉を呟く。
「この蘭丸。御館様の傍に仕えられて誠に・・・勿体ない幸せ者でした・・・」
言い終えると蘭丸は息を引き取った。すかさず、天井が焼け崩れた。
まるで全てを覆い隠すように―――
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その頃、信長の命により、姫忠は闇の深い森を刀と風呂敷を携え逃走を試みていた。
もう三十人は斬っただろうか? いずれにせよこのままではいつか捕まると観念した姫忠は、本来の姿に戻る事を決意する。
「御館様申し訳御座いません。この姫忠、御館様に拾われ育てて頂きましたが、御館様の刀と血筋を守る為に女に戻る事をどうかお許し下さい」
茂みに隠れ、鎧を無造作に脱ぎ捨てると着物に着替えた。
刀片手に迫り来る敵を迎え撃つ。
数人の武者に囲まれた姫忠は一人、また一人と一刀の元に葬り去る。
全身血に塗れた姿で舞うように踊ると、左小指で血の口紅を引く、そして嬉しそうに嗤う。
「わらわは、鬼女じゃ! 食われたい者はかかってまいれ! 今宵は喉が渇いて堪らぬ、もっと鮮血をわらわに飲ませてくれぬかのぅ?」
武者達は得たいの知れない恐怖に身動きが出来なかった。
ある者は、真っ白く青ざめ、歯をカチカチ鳴らす者もいる。
まるで蛇に睨まれた蛙の様だった。
余りの恐怖に、武者達は我先に逃げ出した。
深い闇の中に取り残された姫忠は安堵した後、刀と共に何処かに姿を眩ました。
一五八二年。世に言う『本能寺の変であった』




