過去
人にはいろいろな過去があると思う。
それは昔いじめられていたとか、逆にみんなから一目置かれていたとか。昔暴走族で警察に追い回された経験があったり、もしかしたら人の命を救ったとか誇れる過去を持つ人だっているかもしれない。
だけど例えいろいろな人の過去を調べたとしても、僕と同じような過去を持つ人はなかなかいないと思う。
僕は子供の頃、異世界に住んでいたことがある。伊勢丹ではない。
それにしても伊勢丹に限らず最近の百貨店はどうにも売れ行きが悪いらしい。元々高級思考な品揃えで景気がいいときは良かったが、それが悪くなった今は右肩下がりだとかなんとか。今までのイメージには無い、安い日用品を売り出すことで立て直しをはかっているらしいのだが、僕が今話したいのはこんな百貨店の話ではないのだ。
異世界だ。僕は昔、異世界に住んでいたという話だ。
異世界に住んでいたと言っても、別に僕は異世界で生まれた訳ではない。日本の東京都出身だ。だから僕はれっきとした日本人でオリンピックのときには日本選手を応援するし、サッカーワールドカップも、別にサッカーを日頃見ている訳ではないがそのときはユニフォームを着て仲間たちと盛り上がったりする。
なんと言うかあの一体感がたまらないのだ。普段、日本中があそこまで一つになることなんてスポーツ以外あるだろうか?
日本にいれば、ほぼ例外なくみんな同じ人やチームを応援しているのだ。なんと言うか意見のすれ違いも無くみんな一つの方向を向いている。
それがいい…のはいいのだが、また話がそれてしまったようだ。
僕はダメだな……ついついいつも話の焦点がずれてしまう。この前だって、…確かあのとき僕はラジオ番組のファンキーフライデーを友達に勧めようとしていたときだった。フライデーというくらいだから金曜日にそのラジオ番組はやっているのだが、僕は友達に「金曜ってフツーいつも何してる?」って聞いたのは覚えている。だがいつの間にか話は「宇宙に終末はあるのか」という話になって、結論は「宇宙って計り知れないね」という、どうでもいいものとなった。話は盛り上がったのだが、そもそも宇宙の話ってのは桁数が違いすぎていけない。超新星爆発が起こるときに星から膨大なエネルギーが放出され、それはビームのように何処までも飛んでいくのだとか。超新星爆発というのはいわゆる太陽よりも何百倍もでっかい星が寿命を終えて爆発することなんだが、そのビームが発する光は宇宙の中で一番明るい光と言われて、その明るさがなんと原子だったか核かどっちかの爆発で出る光の一兆倍の明るさなんだそうだ。
……わけ分からん。
ちなみに、もしそのビームに地球があたってしまうと、地球上の生命体がすべて死に絶えてしまうらしい。そうなったらせっかくのエコ活動がパーだな……。
こう見えても僕はエコを相当意識している。常にエコバックを持つようにしているからコンビニでも滅多にビニール袋をもらうことは無いし、エアコンとかの設定温度もなるべく高くしすぎないようにして、冬は服を来て、夏は電気の使用量が少ない扇風機をうまく使って、なるべくエアコンを休ませる。そういえばまだ試していないが、ペットボトルに水を入れたものを冷凍庫で凍らせて、凍ったものを扇風機の前に置くとエアコンを使わなくてもかなり部屋が涼しくなるというやり方を、確かテレビだったかで見たことがある。今度の夏、試してみよう…………はて? 僕はさっきまで何を考えていたのだろうか?
えぇっと……、えぇっと……、
ああっ! そうそう確か僕が昔、異世界に住んでいたことの話だ。僕は子供の頃、確かに異世界に住んでいた。
あれは僕がまだ小学生になりたての1年生だった頃。学校が終わって僕は友達と一緒に外で遊んでいた。あの頃は東京といってもまだ、若干の子供の遊び場があって、公園だけじゃなく、いわゆる空き地のようなものもあった。
そう考えると僕の世代あたりが、外で元気よく遊んだ東京の最後の世代なのだろうか? それから数年もすれば任天堂からスーパーファミコンが発売され、反比例して僕たちが遊んでいた広場をどんどんと建て売り住宅は支配していったらしい。
子供の頃遊んだ広場がなくなってしまうのは、なんだかとても寂しいものだ。
ああ…、また話がそれてしまったな。
そう、その友達と遊んでいてその帰り、あたりはもう日が暮れて、家に着く前に辺りはまっ暗になってしまった。
僕は早く帰ろうと思って友達と別れた後、自転車を立ってこいでいた。
それがいけなかったんだな……。小学一年生の子供が暗い夜道で自転車を急いでこいでいる。今考えるとそれは当然とても危険なことで危なっかしいことだけど、当時の僕はそんなことまったく思ってなくて……。僕はその後5年間を異世界で過ごすはめになったんだ。
あのとき――
「ねえ聞いてるっ!? ちょっと、ぼけっとしてたんじゃ無いでしょうね!」
「……え?」
「え? じゃないよ、もう」
僕の目の前には女性がいた。
セミロングの綺麗な髪をした目がクリッとかわいい女性だ。もちろん僕はその女性を知っている。でも残念ながら彼女と恋人同士という訳ではない。そもそも出会ったときには彼女には恋人がいて――
「ちょっと……、頭起きてる? 大丈夫? 頭」
「いや、ビミョーにダメかもしれない」
「そう、それはお気の毒に、でも私の話は聞いてくんない?」
ここは近所のファミレスで、僕は今日彼女に呼び出されてここに来た。
でも彼女は、本気で僕のことなどどうでも良さそうだった。
「でさぁ、もっかい言うんだけど彼のことアンタはどう思う?」
そうなのだ、彼女は僕でなく、僕の友達のことが気になっているらしい。
前の恋人とは別れたようなのだけど、だからといって彼女が僕のことを好きになるという展開は何処のシナリオにも書いていないようだった。
「彼さー、ちょーカッコいいんだけどさ、何で彼、恋人とか作らないの?」
僕の友達は、恋人を作らないことで有名だった。顔はどこかの俳優のようにカッコいいし、性格も男の僕ですら頼りにしてしまうほど、しっかりとしている。だから彼は女性から非常にモテるのだけど、一切恋人を作ろうとしないのだ。
だから彼女は彼の近くにいる僕のところへ相談にきた。彼女にとって僕はただの付属物かなにかにしか感じていないのかもしれない。
「なんでって言われてもね……」
だから僕は彼女の話をまじめに聞く気にはなれなかった。それに実際、僕はなぜあいつが恋人を作ろうとしないのか知らないのだ。あいつと僕は確かに友達で妙に馬が合い、いつものようにつるんではいるが、僕は知り合う前のあいつの過去を全く知らない。
恋人を作らないのには何か原因があるのか、ただ単にいい人が見つからないだけなのかは分からない。
彼の過去を知らない僕には見当もつかないし、だからといってあいつに聞いてみようとも思わない。なぜなら僕には人に言えない、言っても信じてもらえないような過去があるから、なのかもしれない。
「僕は昔、異世界に住んでいました」なんて誰が信じるだろう。
人にはいろいろな過去があると思う。それには到底信じられないような過去だってあるのだろう。
だから……もしかしたらあいつは「その異世界の出身」なんてことだって、あるのかもしれないな。
楽しめていただけたでしょうか?