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第4話:粗大ゴミの定期収集と、国王陛下の特命

 ヴィクトリア家の応接室には、重苦しい空気が漂っていた。

 その原因は、私の目の前でティーカップを震える手で持っている、白髪交じりの壮年の男性――我が国の国王陛下その人である。


「……それで、陛下。わざわざ護衛も付けずにお忍びで我が屋敷までいらっしゃるとは。よほどお急ぎの『ご依頼』があるのでしょうね」


 私はゆったりとソファに腰掛け、優雅に紅茶を嗜みながら、国王に視線を向ける。

 背後では、シリルが完璧な笑顔で控え、リタが影のように壁際に立っている。


「……クレア殿。いや、ヴィクトリア家当主代理殿」


 国王は重々しく口を開いた。その顔には、王城で見せた狼狽とは違う、深い疲労と苦悩の色が滲んでいる。


「先日の大広間での無礼、改めて詫びよう。あの愚かな息子は……いや、言い訳はすまい。私の教育の至らなさだ」

「ご謝罪はありがたく頂戴いたしますわ。ですが、陛下がここにいらしたのは謝罪のためではないでしょう?」


 私は紅茶を置き、国王の目を真っ直ぐに見据えた。


「……その通りだ」


 国王が懐から取り出したのは、黒い蝋で封印された一通の書状。

 王家の紋章が刻まれたそれは、『特務命令書』と呼ばれるものだ。公式の記録には一切残らない、国王から「掃除人」への直接依頼。


「『定期収集』の依頼ですわね」

「……ああ。今回の対象は、ここに記してある」


 私はシリルに目配せし、彼が恭しく封書を受け取った。

 封を切り、中身を確認したシリルの眉が、ほんの一瞬だけピクリと動く。彼がそんな反応を見せるのは珍しい。


「……お嬢様。対象は三名です。ゴルミ男爵、ヌカルス子爵、そして……ガルベス子爵」

「あら」


 私は小さく笑った。

 ガルベス子爵。あの王子の周りに群がっている『不燃ゴミ』の筆頭格だ。


「陛下、ガルベス子爵は現在、殿下の側近として重用されているはずですわ。殿下のご意向は?」

「……息子には、伝えておらぬ」


 国王が苦渋の表情で言う。


「あの三名は、表向きは優秀な貴族だ。だが、裏では国境の密貿易に手を染め、隣国に軍事機密を流している。証拠は揃っている。……だが、公にすれば王家の威信に関わる」

「つまり、表沙汰にせず『おそうじ』しろと」

「……そうだ」


 国王は頭を垂れた。

 一国の王が、たかが男爵令嬢に頭を下げている。だが、私にとってはこれが『日常』だ。


「陛下。一つ、確認させてくださいませ」


 私は立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。

 白い手袋に包まれた右手を、何気なく陽光にかざす。指先は……今日は、温かい。


「殿下は、この依頼のことをご存知ないのですわね?」

「……ああ」

「では、殿下がガルベス子爵の『消失』に気づいた時、どう説明なさるおつもり?」


 沈黙が落ちる。

 国王は答えられなかった。


「……まあ、それは陛下のご判断にお任せしますわ。私の仕事は、あくまで『おそうじ』ですもの」


 私は振り返り、にっこりと微笑んだ。


「ご依頼、確かに承りました。三日以内に、塵一つ残さず片付けて差し上げましょう」


   * * *


 国王が帰った後、私たちは早速作戦会議に入った。


「シリル、対象三名の詳細を」

「はい。まず、ゴルミ男爵。領地は北部の山岳地帯。密輸の中継拠点を運営しています。名前の通り、自分では動かず他人に汚れ仕事を押し付ける『可燃ゴミ』ですね」

「燃やしやすそうでいいですわ」

「次に、ヌカルス子爵。王都の商人ギルドに深く食い込み、不正な利権を貪っています。こちらは情報の『ぬかるみ』を作り出して足元を掬うタイプ。証拠隠滅も巧みです」

「厄介そうですわね」

「最後に、ガルベス子爵。三名のまとめ役であり、隣国との窓口を担当しています。自身の手は汚さず、全てを『ゴミ袋』のように他の二人に押し付けて利益だけを吸い上げる狡猾な男です」


 私はソファに深く腰掛け、扇子で口元を隠しながら考えを巡らせた。


「……単純に三人を焼却するだけなら簡単ですわ。でも、それでは面白くありませんわね」

「と、おっしゃいますと?」


 シリルが興味深そうに首を傾げる。

 背後でリタも、わずかに身を乗り出した。


「この三人、互いを信用していないはずですわ。利害関係で繋がっているだけの関係なんて、所詮はゴミ袋の結び目のように脆いもの」

「なるほど。結び目を解けば、勝手に中身が散らばる、と」

「ええ。まずはゴルミ男爵を『回収』しますわ。そうすれば、残り二人は焦って動き始める。その動きを追えば、隣国との繋がりも芋づる式に判明するでしょう」


 私はパチンと扇子を閉じた。


「今夜、北部へ出発します。リタ、移動用の馬車を。シリル、ゴルミ男爵の屋敷の見取り図と警備配置を」

「「かしこまりました」」


 二人が退室した後、私はそっと右手の手袋を外した。

 白く細い指。爪の先まで完璧に手入れされた、綺麗な手。


 この手で、今夜また誰かを焼却する。

 何度繰り返しても、私の手は汚れない。魔法がすべてを灰に還すから。物理的な汚れは、一切残らない。


 ――でも。


 ふと、婚約破棄の日、国王が言いかけた言葉を思い出す。

 『あの御方は我が国の……』

 あの時、国王は何と言おうとしたのだろう。


 私は首を振り、手袋を嵌め直した。

 考えても仕方のないことだ。私は「掃除人」。それ以上でも、それ以下でもない。


   * * *


 その夜、北部山岳地帯。

 ゴルミ男爵の屋敷は、切り立った崖の上に建つ、いかにも後ろ暗いことをしていそうな陰鬱な城館だった。


「……警備が手薄すぎますわね」


 馬車の中から城館を観察しながら、私は眉をひそめた。

 シリルの情報では、少なくとも二十名以上の私兵がいるはずだった。だが、見張りの姿がほとんど見当たらない。


「罠、ですね」


 シリルが静かに言う。


「あるいは……誰かが先回りしたか。いずれにせよ、このまま進むのは危険です」

「いいえ」


 私は日傘を手に取り、馬車の扉を開けた。


「罠だろうが何だろうが、ゴミ収集日に収集しないわけにはいきませんわ。『燃えないゴミ』が増えるだけですもの」


 リタが無言で私の前に立ち、ハサミを構える。

 私たちは堂々と正面から城館へと歩み寄った。


 すると――


「ようこそ、ヴィクトリアのお嬢様」


 城館の大扉が、独りでに開いた。

 中から漏れ出す蝋燭の明かりに照らされて、ぬらりと姿を現したのは、痩せぎすの老人だった。

 ゴルミ男爵だ。だが、その様子がおかしい。


「お待ちしておりましたよ。王家の『掃除人』殿」


 男爵はニヤリと笑った。その目は、怯えとは正反対の、勝ち誇った光を帯びている。


「貴女が来ることは、分かっておりました。なにせ、国王陛下の特命書の『写し』が、私どもの手元にはございますので」

「……あら」


 私は歩みを止めず、優雅に微笑んだ。

 内心では、別の感情が渦巻いていた。


 (情報が漏れている。それも、国王陛下の側近クラスから)


「お嬢様」


 シリルが小声で囁く。


「城館の周囲、五十名以上の伏兵を確認。加えて、隣国の紋章を持つ魔導士が三名。……どうやら、お客様の正体を確かめに来たようです」

「へえ。私を『おもてなし』するために、わざわざ隣国からお客様を呼んでくださったの?」


 私は日傘を肩にかけ、ゆっくりと城館の玄関ホールへと足を踏み入れた。


「なんて不衛生な歓迎かしら。招かれざる客(害虫)が多すぎますわ」

「くくく……強がりを。貴女がいかに強力な火魔法の使い手でも、この人数を相手にできるはずが」


 ゴルミ男爵が勝ち誇って手を振り上げた瞬間。

 城館を取り囲んでいた伏兵たちが、一斉に私めがけて襲いかかってきた。


 剣、槍、矢、魔法。

 あらゆる攻撃が、四方八方から殺到する。


「……チャキッ」


 だが、私に届いたものは一つもなかった。

 気がつけば、私の周囲三メートルには、綺麗な円形の『安全地帯』ができていた。

 その円の外側では、リタが音もなく跳躍し、見えない鋼糸で次々と伏兵を切り伏せていく。


「お嬢様、隣国の魔導士は私が対処いたします。男爵は――」

「ええ、分かっていますわ」


 私はゴルミ男爵に向き直った。

 老人の顔から、余裕の笑みが消えている。


「さて、男爵。一つ聞きたいことがありますの」


 私は日傘を閉じ、リタへと手渡した。


「国王陛下の特命書の『写し』。誰から手に入れたのかしら?」

「だ、誰が貴様のような小娘に……!」

「言わないのなら、仕方ありませんわね」


 私は右手を掲げた。

 青白い炎が、指先に灯る。


「燃えながら考えていただきましょう。人間、極限状態になると、意外と口が軽くなるものですわよ?」

「ひっ……! わ、分かった、言う! 言うから!」


 ゴルミ男爵が膝をついて叫んだ。


「ガ、ガルベス子爵だ! 奴が王城の内通者から情報を得て、我々に流したのだ!」

「内通者の名前は?」

「知らん! 本当に知らんのだ! ガルベスは、自分の手札を決して明かさない……!」


 嘘ではなさそうだ。この男は『可燃ゴミ』。利用されるだけの駒に過ぎない。


「そう。では、もう用はありませんわね」


 私は炎を収め、代わりに小さな風の刃を放った。

 男爵の首筋を、かすり傷程度に切り裂く。


「っ!?」

「ご安心なさい。殺しはしませんわ。……今日のところは」


 私は振り返り、シリルに目配せした。


「この男を拘束して、証拠品と一緒に王都へ送りなさい。『焼却処分』ではなく『リサイクル』ですわ。吐けることは全部吐いてもらいましょう」

「かしこまりました。……お嬢様、お気持ちの切り替えがお早いですね」

「だって、今夜の本命はこの男じゃありませんもの」


 私は城館の窓から、夜空を見上げた。

 王都の方角。そこに、今夜の本当の『ゴミ』がいる。


「王城に内通者がいる。それも、国王陛下の側近クラスに」


 ガルベス子爵は、思った以上に深く根を張っている。

 単なる腐敗貴族ではない。隣国と繋がり、王城の中枢にまで手を伸ばしている。


 ――これは、「大掃除」の規模を見直す必要がありそうですわね。


   * * *


 明け方、ヴィクトリア家に帰還した私は、少し遅めの朝食を取っていた。

 焼きたてのクロワッサンと、苺のコンポート。そして、シリル特製のミルクティー。


「……結局、今夜は『焼却処分』なしでしたわね」


 私は紅茶を一口飲みながら、窓の外の朝焼けを眺めた。


「珍しいことです。お嬢様が対象を『リサイクル』に回すとは」


 シリルが給仕をしながら言う。


「だって、ゴルミ男爵は『可燃ゴミ』ですもの。燃やすのは簡単だけれど、まだ使い道がありますわ。……本当に燃やすべきなのは、もっと奥に潜んでいる『不燃ゴミ』の方」

「ガルベス子爵、ですね」

「ええ。それと、王城の内通者。……厄介な害虫が、宮殿の床下に巣を作っているようですわ」


 私はクロワッサンをかじりながら、今後の計画を考える。


 ヌカルス子爵とガルベス子爵。残り二体の『ゴミ』を処理するには、まず王城内の内通者を特定しなければならない。

 情報戦になる。リタの刃だけでは、この種の汚れは落とせない。


「シリル。王城の人事と、ガルベス子爵に接触した人物のリストを」

「既に手配済みです。夕方までにはお手元に届くかと」

「さすがね」


 私は満足げに頷き、紅茶を飲み干した。


 窓から差し込む朝日が、私の白い手袋を照らしている。

 今日は右手が冷たくない。まだ、誰も燃やしていないから。


 でも、きっと近いうちに。

 この手は、また青白い炎を灯すことになる。


「……シリル、クロワッサンのお代わりをちょうだい。それと、苺のコンポートを多めに」

「かしこまりました」


 大掃除の前には、しっかりエネルギーを蓄えておかないとね。

 私は朝日に照らされたダイニングで、束の間の平穏を味わいながら、来るべき「害虫駆除」に思いを馳せていた。

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