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第2話:不法投棄された産業廃棄物と、徹底的な焼却処分

 王城でのくだらない茶番劇(婚約破棄)を終えた、その日の深夜。

 私たちヴィクトリア家の「お掃除部隊」は、王都から少し離れた深い森の奥へと足を運んでいた。


「……ひどい悪臭ですわね。空気が淀んで、ドレスに臭いが移ってしまいそうですわ」


 鬱蒼と生い茂る木々の向こうに見えるのは、不自然に隠された石造りの巨大な施設。

 私は鼻を突くヘドロのような瘴気に顔をしかめ、そっとレースのハンカチで口元を押さえた。


「申し訳ありません、お嬢様。ですが、ここが諸悪の根源で間違いありません」


 私の斜め後ろを歩く執事のシリルが、闇夜でも完璧な笑顔を崩さずに報告する。


「ポイッツェン伯爵の違法研究所。彼は領民から搾取した資金で、ここで非人道的な人体実験を行い、人造の魔物を生み出しています。さらにはそれを国境付近に意図的に放ち、国の混乱を招いている『国を蝕む害悪』です」

「要するに、自作自演で国を汚しているわけね。……なんて不衛生なのかしら」


 ただの埃や泥なら、風で吹き飛ばせば済む。

 だが、このポイッツェン伯爵がやっていることは、有害な毒を撒き散らす最悪の環境破壊だ。


「シリル、リタ。さっさと『おそうじ』を済ませて、今度こそ温かいティータイムにしましょう」

「かしこまりました」


 私が合図を出した瞬間、施設の鉄扉が内側から吹き飛んだ。

 侵入者に気づいたらしい。中から、複数の獣を継ぎ接ぎしたような、醜悪なキメラの群れが涎を垂らしながら飛び出してくる。


「ギィィィヤァァァァッ!!」

「チッ、嗅ぎつけられたか! 殺せ! 跡形もなく喰い殺せ!」


 魔物の群れの奥で、白衣を着た肥満体の男――ポイッツェン伯爵が血走った目で叫んでいた。


 キメラたちが鋭い爪を剥き出しにして、私に向かって一斉に飛びかかってくる。

 だが、私は歩みを一切止めず、ただ優雅に日傘を肩にかけたまま前を見据えていた。


「――チャキッ」


 冷たい金属音が、森に響く。

 次の瞬間。私に飛びかかろうとしていた十体以上のキメラたちが、空中でピタリと静止した。

 いや、静止したのではない。


 ボトボトボトッ!!


 不気味な肉塊の雨が降る。

 キメラたちは私のドレスに数メートルの距離まで迫ったところで、まるで目に見えない細い網目を通り抜けたかのように、全て均等なサイコロ状に切り刻まれて崩れ落ちたのだ。


「……」


 私の数歩先には、巨大な裁ちバサミを構えた護衛メイドのリタが無言で立っている。彼女の放った見えない鋼糸が、瞬きする間に空間を切り裂いたのだ。

 魔物の体液や返り血は、私に一滴たりとも届いていない。


「ありがとう、リタ。汚い飛沫が飛んでくるところでしたわ」


 私が労うと、リタはコクリと一度だけ頷き、再び影のように背後へと戻った。


 一方、その間にシリルは信じられないスピードで研究所内を駆け回り、伯爵が隠し持っていた『裏帳簿』や『顧客リスト』といった重要書類の束を、分厚いバインダーに回収ちりとりして戻ってきていた。


「お嬢様。燃やしてはいけない証拠品(リサイクル資源)の回収は完了いたしました」

「さすがね、シリル。……さあ、伯爵」


 私は、腰を抜かして震えているポイッツェン伯爵を見下ろした。

 彼の自慢の防衛戦力は、たった数秒でただの「生ゴミ」へと変わっていた。


「な、なんだお前たちは……っ! たかが男爵令嬢の分際で、私の崇高な研究施設を荒らすなど……!」

「崇高な研究?」


 私はため息をつき、手元の愛用のお掃除道具――日傘をパタン、と閉じた。

 そして、それを背後のリタへと静かに渡す。


「国のためだ! 私の研究が完成すれば、この国は他国を圧倒できる! お前のような小娘に、私の偉業の何がわかる!!」

「……国のため? 笑わせないでくださいませ」


 私は冷たい視線で、肥え太った伯爵を射抜いた。


「あなたが生み出しているのは、ただ周囲を汚染するだけの有害な『産業廃棄物』です。こんな不潔なものを国中にばら撒くなんて、お掃除の敵もいいところですわ」

「ひっ……!」

「有害物質は、分別せずに燃やすに限りますわね」


 私はゆっくりと右手を上げ、指先をパチンと鳴らした。

 杖(日傘)なしの、純粋な魔力解放。

 青白い炎が指先に灯る――が、次の瞬間、研究所の奥から複数の弱々しい気配を感じ取り、私は炎を握り潰すように消した。


「……シリル。奥に『ゴミ』じゃないものが混じっていますわ」

「はい。実験体として囚われている領民が、地下に七名ほど。先ほどの巡回で確認済みです。既に脱出経路を確保してあります」

「さすがね。……分別は基本ですものね」


 シリルが影のように動き、数分後に衰弱した領民たちが施設から運び出されるのを見届ける。

 彼らの怯えた目が、一瞬だけ私を捉えた。助けてくれた恩人を見る目ではなく、自分を焼き殺しかけた炎の主を見る、恐怖の目だった。

 ……胸の奥が、チクリと痛む。

 私はその感覚を振り払うように、再び右手を上げた。


「さあ、分別完了。残りは全て――焼却処分ですわ」


 ゴォォォォォォォォォッ!!


 私の指先から放たれた青白い炎が、音を立てて研究所全体を包み込んだ。

 それはただの火ではない。対象を文字通り「無」へと還元する、究極の浄化魔法。


「ぎゃああああああああっ!?」


 伯爵の悲鳴は、瞬時に蒸発して消えた。

 周囲の森の木々には一切引火していない。私の炎は「汚染された施設と伯爵」というターゲットだけを正確に舐め尽くし、跡形もなく消し去っていく。

 数秒後、炎が嘘のようにスッと消えると、そこには石造りの研究所も、キメラの死骸も、伯爵の姿も、灰一つ残っていなかった。


 ただ、不自然なほど綺麗に整地された、丸い空き地だけが残っている。


「お見事です、お嬢様。これでこの森の空気も、ようやく綺麗になりましたね」

「ええ。やっぱり大掃除の後は気持ちがいいですわ」


 私はリタから日傘を受け取り、何事もなかったかのように優雅に微笑んだ。


「さあ、帰りましょう。今度こそ、美味しいケーキと紅茶が待っていますわよ」


 私たちは夜の森を後にした。


 帰りの馬車の中で、私はそっと手袋を外し、自分の指先を眺めた。

 白く、綺麗な指。当然ですわ。私の炎は、汚れを残さない。何も残さない。

 ――何も。

 私は手袋を嵌め直し、窓の外に広がる星空を見上げた。


 国を蝕む巨大な悪が一つ、誰にも知られることなく「おそうじ」された夜だった。


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