第7話 希望の予感
目覚めると、隣に紗彩はいなかった。
「紗彩?」
トイレにでもいっているのかと思ったが答えはすぐに出た。
部屋の外から漂ってくる出汁の香りが朝食の準備にいそしんでいることを知らせてくれたのだ。
俺は腹の虫がなっている自分に気が付き苦笑した。
芳しい香りに誘われて台所に行ってみると、案の定包丁で野菜を切っているであろう軽快な音がキッチンに鳴り響いている。
ぐつぐつと鍋の煮える音が耳に心地よく、芳醇な出汁の香りと相まってなんとも食欲をそそる。
「おはようございます隆行さん」
可憐な声がキッチンの奥から聞こえる。
「おはよう紗彩」
「もうすぐ朝食の準備が出来ますからね。テレビでも見て寛いでいてください」
お言葉に甘えようとも思ったが、俺は紗彩の姿の方が見たくて台所の中へ入っていく。
「きゃ♡隆行さん」
俺はエプロン姿で朝食の準備をする紗彩を後ろから抱きしめる。
「もうっ、すぐに準備しますから向こうで待っててくださいね」
抗議しながらも彼女が喜んでいるのがわかる。
はにかむ顔が可愛い。
「ああ、でもその前にするべきことがあるんだ」
「あ……ん……」
俺は紗彩を後ろから抱きすくめ唇を奪う。柔らかな身体を堪能し唇の感触を楽しみながら舌を絡めると、すぐに体をくねらせて悶え始めた。
「だ、ダメです隆行さん、卵が焦げちゃう」
恥ずかしがる紗彩が可愛い。
頬を赤らめ抵抗する紗彩を強く抱きしめる。
だが本当に朝食が焦げ付いてしまいそうなので程よいところで拘束を解いた。
「もう、我慢できなくなったらどうするんですか!?」
「ゴメン、あんまり可愛いからついな」
俺は新婚カップルのように紗彩とイチャつきながら朝食を迎える。
スクランブルエッグにレタスのサラダ。
こんがり焼けた香ばしいトーストにフルーツのジャム。
しかもこれは自家製なのかな。スーパーに売っているのとは明らかに違う気がする。
高級感漂うフレーバーティーにはポッドに花が浮かぶ本格的お洒落感が漂う。
昨日の夕食もそうだったが、何もかもが一流の食事に俺は舌鼓を打った。
「紗彩は本当に料理が美味いな。ただのトーストがこんなに美味いと思える日が来るなんて思わなかった」
「もう、褒めすぎです」
それでも本当に美味いと思うのだから仕方ない。
俺達は本当に新婚カップルのようにイチャつきながら朝食を楽しんだ。
スクランブルエッグをスプーンで掬って「はい、あーんしてくだい♡」とか言われた時は本当に20代に戻ったような気分だった。
いや、10代か?青臭いったらねぇな。でもこんな風に恋人といちゃつくことがこんなに楽しいとは知らなかった。
前の妻とはそういうことは一切なかったな。
一応誤解のないように言っておくと、俺も前妻に未練はもうないつもりだ。
唯一娘の将来が心配であるのは間違いないが、彼女と俺は正直結婚するべき相性ではなかったということだ。
そもそも彼女は俺のステータスというか、日本企業のトップランカーである水無月の社員であるという、社会的地位のみが目的でそこに男女の愛は成立していなかったのだ。
俺の方が彼女に入れあげていたのだ。彼女にとって俺は単なるブランドバックみたいなものだったのだろう。
だから俺は彼女と子供を作らせてもらえなかった。というか、ほとんど夫らしいことをさせてもらえなかった。
夜の営みも数年間の夫婦生活で数えるほどしか行った記憶がない。
俺の甲斐性が足りなかったのだと反省している。
あいつは俺が出世して収入を増やし、贅沢な生活をさせてもらえると思って結婚したとはっきり言った。
『いつまで経ってもうだつが上がらない男にもう用はない』として、一方的に離婚手続きをした挙句に腕利きだかなんだかの弁護士を介して娘の養育費だの慰謝料だのを請求された。
俺としては憤る面もあったが、娘の将来のためにお金が必要なのは間違いないし、彼女の将来を真剣に考えていたので養育費に関しては承諾した。
ある意味で、お互いに見る目がなかったのだ。そして彼女の人生を無駄にさせてしまったことを申し訳ないと思っている。
娘はいまだに俺を慕ってくれるが、妻は金を支払う義務がなくなったらもう用はないとばかりに連絡を絶った。
今はもう携帯の番号すら知らない。
……と、いかんいかん。もう過去のことだ。愚痴ってばかりのみっともない男である。
俺達は食後の紅茶を飲みながら(ちなみに俺はコーヒーよりも紅茶派だ)紗彩とまったり過ごしていた。
今日は三連休の初日ということもあり会社は休みである。多分会社のみんなはシステムの復旧で休日返上だろうけど。
差し当たって明日からの寝床をどこにするか思案しているわけだが、このままここに居座るのもなんだかかっこ悪い。
「隆行さん、昨日飲んだっていう不思議な薬なんですけど……」
ソファに座って二人くっつきながらまったりしていると、不意に紗彩が魔法薬について話を振ってきた。
「どうした?」
「昨日、不思議な夢を見たんです」
そこからの紗彩の話は突拍子もないものだった。正直俺も当事者でなければ信じることが出来なかったかもしれない。
様々あるが、詳しい話は省略するとして、俺が手に入れたのは『神力』という力らしい。
それを神様から教えられた紗彩。
最後の方は何故だか歯切れが悪かったが、とりあえず俺はあの婆さんにヤバイ薬を渡されるところを神様に助けてもらったということだ。
「そうか、神様には感謝しないとな。神力ねぇ、人間を超えた力か」
紗彩が神様から授けられた知識を聞き俺は驚かざるを得なかった。
確かに普通の人間にあれだけの数セックスをこなせる奴はいないだろう。
それもこの力の一端でしかないと考えるのが妥当かな。
確かに身体からは生命力が溢れ返っている気がする。俺はどちらかというと朝は得意ではないほうなのだが、今日は何故だかすっきり起きられた。
先ほど顔を洗っている時に確認したが、やはり顔そのものが若返っている。もう学生といわれても違和感がないくらいだ。
神力を有すると様々な人間を超えた力を発揮するという。
まず『限りない生命力』
身体つきが筋肉質になってきたことからも分かるように鍛えるほどに能力が伸びていき、人間レベルの運動では体力が尽きることがまずなくなるらしい。
『無限の精力』
昨夜から紗彩との一夜をみるに射精回数に制限というものがなくなる。
一般に射精しすぎると老けるのが早くなるといわれているがそれがなくなるらしい。
『身体能力全般の強化』
今のところ俺が感じているのは視力の回復と肩こり腰痛の改善だ。
眼鏡を掛けるほどではないがPCの画面などは見にくくなってきた今日この頃。
先ほどマンションの外をぼんやり眺めていると、遠くの方にいる人間の顔がはっきりと見えたり、尋常ではない視力が手に入っている。
早い話が五感が鋭くなっているということだ。
他にもまだまだ色々あるが、紗彩の話では使い方に慣れていけば更に人間を超えた力も手に入るらしい。
具体的に何をすればいいのかは自分で探るように言われているみたいだが、まあ慌てる必要もないだろう。
この神力に関しても追い追い検証していく必要があるな。
「それで隆行さん、今日は何をしましょうか」
「そうだな……どうするか」
一瞬一日中エッチ三昧とかゲスいことを考えたりもしたが、そんな不堅実な過ごし方ではいかんだろう。
「うふ、一日中エッチ三昧でもいいですよ?」
「ウォッフォンッ!!あー、それも大変魅力的ではあるが、まずはお互いの親睦を深めるためにデートと言うのはどうだろうか」
「それ、凄く素敵です!」
考えを見透かされた俺はバツの悪い気分で咳払いをする。紗彩は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
そうだった。俺達はお互いの考えが通じてしまうので変なことを考えていると伝わってしまうのだ。
あれ?でも……
「そういえば、昨日の夜はお互いの考えていることが分かったのに、今はどうだろう」
「確かに、昨日は気持ちがはっきりわかってどんなことを考えているのかはっきり分かったのに、今は何となく何を考えているのかわかるくらいになってますね。でもちょうどいいかも。いくらお互い好きあっていても、24時間なにもかも考えが筒抜けだと色々大変そうです」
「まあ確かにな。そこら辺のコントロールをどうすればいいのか、条件を探る必要はあるだろう。その、【スピリットリンク】だっけ?使い方の条件とかはいっていなかったのか?」
「そうですね。そこらへんも使っているうちにわかるようになっていくって言っていました」
「そうか。まあ俺たち始まったばかりだしな。ゆっくり検証していこうか」
「はい!そうだ、今日は外で食事をしましょう。ついでに隆行さんの衣服も取りに行きましょう」
「え、それってどういうこと?」
「当然、鍵の交換くらいではもう安心できないでしょうから、いっそここに住めばいいじゃないですか」
「しかし、そこまで世話になるわけには」
「大丈夫です。お部屋は沢山ありますから隆行さんのプライベート空間もちゃんと用意します。気を遣って息苦しいなら無理にとは言いませんけど、私は隆行さんと一緒に暮らせたらいいなって思います」
うーん、そうだな。
彩綾の事はもう一生大切にしたいと思っているから結婚も視野に入れている。
そう考えれば今から一緒に暮らす事はやぶさかじゃない。
なんか女性の家に居座るとかヒモみたいだが、早く再就職先を探して稼げば問題ないと考えるべきかな。
考えてみれば、紗彩のようなアイドルにも滅多にいない美女と二人暮らし。
しかも彼女は日本トップ企業の社長令嬢。経済的にもすさまじいアドバンテージを持っている。
こんな広いマンションに一人暮らしが出来てしまう超お金持ちのお嬢様とひとつ屋根の下で暮らせるなんてありえない幸運と見ていいだろうな。
神力か……うん、これから楽しくなりそうだ。
◇◇◇
けれど、紗彩の心の奥には別の想いが渦巻いていた。
——結局、私は隆行さんに「たくさんの女性に愛される」という話を告げられなかった。
胸がきゅっと痛む。
でも分かっている。隆行さんほど素敵な人なら、必ず多くの女性が惹きつけられる。
やがて彼の隣には、他の誰かも現れる。
それでも、今だけは。
せめて今だけは、隆行さんを独占していたい。
次の女性が現れるその瞬間まで——どうか、このわがままを許してください。
私は彼の腕に甘えながら、神様に心の中で小さく祈った。
※後書き※
この後も2本更新します。週末のお供に是非お楽しみに!
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