第4話 理性との戦い
「どこか落ち着けるところは。といっても、俺の家はちょっと事情があって安全とはいいがたいからな。どこかいいところは……」
「わ、私の、マンションに……」
「そうだな。自宅まで送っていこう。タクシー呼ぶから」
俺は携帯でタクシーを呼んで彼女を自宅まで送ることにした。
っていうか、俺。今、金持ってないんだった。
結果、タクシー代を水無月君に払わせるという情けない展開になり、運転手さんの冷ややかな視線が痛いのなんの。穴があったら入りたい。
「すまん、なんというか、格好付かないな」
「クスッ、いいんです。そんなところが可愛いですよね篠宮課長って」
「うーん、あんまり褒められている気がしないのだが……っていうか、すんげぇマンションだな」
およそOLの給料で住めるような佇まいではないすさまじい高級マンションに到着した俺は水無月君の案内でエントランスに差し掛かる。
噴水と手入れの行き届いたガーデンが美しい。
入り口には警備員が立っておりカードキーで入室出来るタイプの完全セキュリティ体制。
俺はここでお暇しようと思ったが、彼女が俺の服の端を掴んで離してくれないため仕方なくついていくことにした。
「一人に、しないでください……」
こんなことを言われてしまっては帰るわけにはいかない。
エレベーターに乗り込むと水無月君が一層密着してくる。
密室でこれだけ距離が近いと彼女の匂いが余計に鼻腔をくすぐる。
否、これはもはや香りと表現するのが相応しい。薫香とすら言えるだろう。
泣きそうな顔で必死に俺の服を掴んでくる彼女の横顔に邪な欲望が鎌首をもたげそうになる。
いかんいかん。弱っている女の子に邪悪な欲望を抱くなど。
それこそあのチンピラどもと変わらないではないか。
しかし、こんなおっさんを自宅マンションに招き入れるなど。
彼女は俺に警戒心を抱かないのだろうか。
そんな余裕はないのかもしれないが、年頃の娘が男を自宅に招き入れるなどいいことではない。
「ご両親は?」
「いいえ、一人暮らしです」
まさかの一人暮らしだった。およそ一人で住むような場所には見えなかったがさすがは社長令嬢。
って、ことは……いかん、鎮静化させていた欲望が再び『ようッ♪』とかいって起き上がり始めてしまう。
こんな状況で理性を保てる自信がない。
破壊神的に魅力的な女の子である水無月君が、無防備に自宅にこんな中年オヤジを招き入れ、あまつさえそんな潤んだ瞳で頼られたら、おじさん狼になっちゃうよ!
分かっているんだろうかこの子は。
「落ち着いたかぃ?」
「はい、ありがとうございます」
だがショックで憔悴している女性に牙をむくほど盛ってはいない。そんなゲスな欲望の捌け口にしてしまうくらいなら逸物など切り落とした方がましだ。
「今、お茶入れますから」
「お、おい、大丈夫か?」
「はい、もう平気です」
彼女は若干ふらつきながらも紅茶を入れてくれた。
爽やかなフレーバーが香る。かなりの高級品ではなかろうか。
俺がいつも飲んでいるお徳用紅茶パックとは異質で上品な香りだ。
彼女のマンションの中はとてつもなく広かった。
程よく沈み込む極上のソファーに座りながら周りを眺めると、上品な調度品が控えめに飾りつけれており、高級感漂いながらも女の子っぽく可愛らしいデザインの部屋になっている。
「あ、あんまりじろじろ見ないでください。恥ずかしいですよ」
「す、すまない。女性の部屋に入るというのもあまり経験がなくてね。って俺は何をいっているのだ」
「クスッ……篠宮課長ってやっぱり面白いですよね」
「あー、その課長っていうのやめないか?私はもう水無月の社員ではないし」
「あ、そうですね。うふ、長年の癖ってなかなか抜けないです。じゃあ篠宮さん」
俺の名前を呼ぶ彼女の顔は何故だか赤らんでいて色っぽい。
少し流し目気味にしなをつくり、俺に寄り添ってくる。
こ、これは……いかん。
「篠宮さん、少し臭います」
「あ、ああ、そうだな。昨日から家に帰ってなくてね。河川敷や公園のベンチで寝転がったからかび臭いかもしれん。すまない。すぐにお暇しよう」
「ま、待ってください。服はお洗濯しますから、お風呂入っていってください、せめてシャワーだけでも」
「い、いや、そこまで世話になるわけには」
「助けてくれたお礼がしたいんです。せめて今夜の食事だけでも、それに、自宅には帰れないですよね。またあの人達が来るかもしれないし」
「あ、ああ、確かにそうだけど」
「大丈夫です。これでも料理の腕には自信があるんですよ♪」
彼女はそういうと俺を強引にバスルームに押し込んでしまう。
ここまでされて断るのも気が引けるので俺はありがたく風呂をいただくことにした。
正直汗臭くてさっぱりしたかったのだ。
やっぱり、彼女の身体がぼんやりと光って見える。昨日よりも強くはっきりと見える。
今度は気のせいではない。俺の眼はおかしくなってしまったのだろうか。
「ふう……か、考えてみれば、ここはいつも彼女が使っているお風呂場ではないか」
俺は女性の一人暮らしの部屋にいる事実を思いだした。
ということは、ここはいつも彼女が使っているバスルーム。水無月君の芸術的な裸体が無防備にさらけ出されている場所でも……って変態か俺は!!
邪な妄想をしてはいかん。っておい!愚息よ、スタンドアップするんじゃない!静まれぇええい!
風呂で身体を洗いながらひたすらムスコさんが暴れそうになるのを抑え込む。
っていうか、さっきから変だ。普段の俺ならここまで変態的思考になったりはしない。いや、ないとは言わんけど、ショックで憔悴している女性に対して変態的思考の性欲を向けたりはしないはずだ。
それにさっきから気になっていたが……俺の長年連れ添ったベストフレンドが急激に成長期を迎えたかのように長く太くなっておられるではないか。
俺のは日本人平均値より少しあるくらいだったはず。だが今はどうだ。
半勃ちとはいえ尋常な大きさではないぞ。AV男優もかくやという巨根になっている。
まるでエロ動画サイトのスパム広告にでも出てきそうな異常な長さだ。
それにさっきから性欲の上がり方が普通じゃない。
いや、これは性欲ではないな。バイタリティーとでも表現できるだろうか。
「生命力」「活気」「元気」「活力」
そんな感じの年齢と共にどこかに置き去りしてきた若かりし頃の高揚感が身体を包む。
まるで盛りの付き始めた中学生かとばかりに身体の奥から溢れるようなパワー感がある。
身体つきがいつもと違う。
中肉中背だった腹は徐々に筋が浮き上がり時間が経つにつれてシックスパックが出来上がってくる。
上腕二頭筋の力こぶがドンドン深みを増し、20分も経つ頃には見事な細マッチョボディが出来上がっていた。
「ど、どちら様ですか……?」
なんだこれ?
俺は鏡に映った自分に驚いた。思わずそんな間抜けな声を出してしまう。
寄る年波が徐々に表に出始めた老け込み顔が鳴りを潜め、艶があり肌の張りは明らかに若者のそれである。
そこには18だか20歳前後の自分がいた。
『ふはははは、戻ったぞ!俺に飛び切りの若さが戻ったぞ!』と、某緑の宇宙人なら言ってしまうであろう見事なまでの若返り。
これはもう疑いようもない。
あの魔法薬の効能に違いない。
夢のような幸運って、外的なラッキーってわけじゃないのか……?
◇◇◇
クツクツ……クツクツ……
台所から鍋の煮える音が響き、食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がっていた。
水無月――いや、紗綾は、鼻歌まじりに軽やかな手つきで包丁を動かし、炒め物を仕上げ、鍋をかき混ぜている。
その姿は、さながらプロの料理人のように手際が良い。いや、それ以上だ。
さっきまで震えていたのが嘘みたいに、彼女は生き生きとしていた。
(……俺のために、こんなに楽しそうに料理してくれてるのか?)
そう思った瞬間――
「篠宮課長に私の手料理を食べてもらえるなんて……」
え、今、声が聞こえた?
だが彼女はキッチンの奥にいる。聞こえるはずがない。……気のせいか?
身体の奥に妙な疼きが走る。
魔法薬の影響か、異常なほどに熱を帯びてしまった下半身。
薄手のスウェットを盛り上げる“相棒”が主張をやめない。
彼女の頬が時折赤く染まり、俺をチラ見するたびに胸がざわついた。
(やばい……これ以上は色情魔だぞ、俺……!)
そんな葛藤の中、食卓に色とりどりの料理が並んだ。
「美味い……これは、本当に美味いぞ」
「ほんとですか! よかった……!」
パァッと花が咲くように笑う紗綾。
25歳のお嬢様でありながら、子供のように無邪気な喜び方をする。
……可愛い。可愛すぎる。
「篠宮さん……今夜は、泊まっていってくれませんか?」
その一言は、雷に打たれたように俺の胸を揺さぶった。
「み、水無月君、それは……」
「怖いんです。一人にしないでください」
ずるい。そんな風に頼まれたら、断れるわけがない。
ただ、問題は――“相棒”がまったく収まる気配がないことだ。
苦悩しながらも頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んで部屋の奥へ布団を用意しに行った。
俺は安堵の息をついた。だが――
ガチャ。
開いた扉の向こう。
振り返った俺の姿は……最悪なことに、堂々たる勃起状態で固定されていた。
「み、水無月君、これは違――」
「篠宮さん!」
次の瞬間、彼女は飛び込んできて、俺を強く抱きしめた。
足がもつれて転びそうになるが、必死に踏みとどまって彼女を受け止める。
「篠宮さん、私……いいです」
その言葉の意味に、息が止まる。
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめ、わざと自分の身体を密着させてきた。
風呂上がりの石鹸の香り。柔らかな体温。震える肩。
(……ビッチなんかじゃない。こんなにも勇気を振り絞って飛び込んできたんだ。俺を信じて、俺に委ねようとしてるんだ)
その証拠に彼女から伝わってくる鼓動の激しさといったらどうだ。緊張に肩が震え、どれだけの勇気を振り絞って俺に抱き着いてきたか察せないようでは男ではない!
俺は彼女の頬に手を添えてゆっくりと近づき、唇を重ねる。
「……ん、ふぅ……」
赤く染まった頬が上気し、熱い吐息が漏れる。
「水無月君……」
「紗綾って、呼んでほしいです」
「いいのか?」
「はい、むしろそうずっとそう呼んで欲しかった」
「こんなおじさんを受け入れてくれるのか?42歳バツイチの俺を」
そう、実は俺には別れた妻と娘がいる。
娘と言っても血の繋がりはない。
彼女も再婚で俺は二人目の夫だった。
養育費の支払いも数年前に終わっており、それ以来妻にはあっていない。
娘の方は俺を慕って時折飯を作りに来てくれたりもするがあいつは知らないらしい。
「知ってます。篠宮さんじゃなきゃ嫌なんです。もう何年も前から、ずっとずっと好きでした」
何故そこまで俺を?
いや、今は野暮な事は聞くまい。彼女の気持ちに応える事が先決だ。
それに正直、もうたまりません。
紗綾の柔らかな肢体が身体に密着して理性は崩壊寸前だった。
俺は紗彩の身体を強く抱きしめた。




