第35話 フィルの世界は妖精さん
フィルが「ここでつながりたい」と真っすぐに告げてくる。
その真剣な眼差しに、俺は思わず言葉を失った。
「フィル……ここは外だぞ」
「いい。フィルは、誰かに見られても構わない。だって、隆行がいてくれるなら」
その瞳は不安も迷いもなく、ただ俺への想いだけで満ちていた。
けれど――俺は彼女を他人の目にさらすような真似はしたくない。
「……俺は嫌だ。フィルの大切な想いは、誰にも邪魔されたくないから」
「……っ」
フィルの頬が赤く染まり、ふっと笑みが零れる。
「やっぱり隆行は優しいね。……安心した」
小さな肩を抱き寄せると、フィルはぎゅっと胸元に顔を埋めてきた。
その温もりは、言葉以上に強く心を結びつけてくれる。
「大丈夫。フィルは逃げない。これから、ちゃんと二人で一緒に歩んでいきたい」
「……ああ。俺も同じだ」
そして、自然と顔が近づき、もう一度――唇が重なる。
先ほどよりもずっと長く、深く。
ただお互いの存在を確かめるように、優しく、でも熱を帯びた口づけだった。
「……フィル」
「うん。隆行、大好き」
黄金色の夕陽が二人を包み、花園はまるで祝福するように輝きを増していた。
俺たちの「恋人のふるまい」は、確かにここから始まったのだ。
◇◇◇
「フィルのこと、もっとトロトロにしてほしい」
甘えるようにキスをねだるフィルの瞳は、潤んだ光を宿して俺をまっすぐに見つめていた。
彼女が腕の中にすっぽりと収まり、鼓動が重なっていく。
その小さな肩は、熱を帯びた神力の輝きに包まれ、次第に震えがやわらいでいく。
「……隆行、痛みが消えていく。優しい光に包まれて……すごく安心する」
俺はフィルの頬に触れ、そっと唇を重ねた。
心と心が繋がった瞬間、スピリットリンクを通じて彼女の想いが一気に流れ込んでくる。
嬉しさ、恥ずかしさ、そして――何よりも「一番大切な人と繋がっていたい」という願い。
「フィル、無理はしてないか?」
「ううん。嬉しいよ。苦しいはずなのに、ぜんぶ幸せに変わっていく。……ねぇ、もっと繋がりたい」
その言葉は、震えるほど真剣だった。
俺は頷き、強く抱き寄せる。
「分かった。これ以上ないくらい、お前を大切にする」
「……嬉しい。フィルは、隆行のものになりたい」
二人の心が重なり合った瞬間、黄金の光が弾けるように広がり、園内全体を包み込む。
フィルの涙は痛みではなく、歓喜の雫だった。
「フィル、可愛いよ。もっと声を聞かせて」
「……隆行、大好き。ずっと名前を呼んで……」
呼び合うたびに、結びつきは深まり、二人をつなぐ神力の波動はますます強くなる。
花園の空気さえ震わせるほどの共鳴に、俺は改めて彼女の存在の大きさを知った。
◇◇◇
初体験でまさかの青姦を決めてしまった翌日。日曜も引き続きフィルとデートをすることになった。
といっても今日はあいにくの雨模様。
外に出かけることは少し億劫だ。それでも好きな女の子とのデートはどこに行ったとしても楽しいものである。
俺たちは朝から映画を見に行ったりゲームセンターで遊んだり、10代のカップルが遊んでいそうなスポットを二人で回った。
「学生時代に戻ったみたいだな」
「フィルは楽しい。ずっと女子高だったから男の子と遊んだことはなかった」
「俺も学生時代は女の子と付き合うって経験はなかったな」
「そーなの?隆行モテたと思ってた」
「いやいや、正直男女の付き合いってのは結婚するまでなかったな」
「意外。みんな隆行の魅力分かってなかった」
「まあそのおかげで今があるともいえる。正直学生時代に遊んでいたら水無月に入社は出来なかっただろうしな」
真面目とは言い難かったが就職に有利になるために学生時代はとにかく学校での素行には気を遣った。
当時から既に日本のトップ企業として君臨していた水無月コーポレーションへの就職は一種の目標だったからな。
「隆行、今日は雨。雨なら雨で出来ることがある」
「どうするんだ?」
俺はフィルに連れられるまま遊び終わったゲームセンターを後にする。
そして連れていかれた先の煌びやかなネオンの数々に何をしたいのか悟ることになる。
「ここって、ラブホ街じゃないか」
雨ということもありこの界隈はそれなりに人でにぎわっているようだ。ここまではっきり目的があるといっそ清々しい。
そういえばラブホってあまり行ったことがないな。
「フィル」
「隆行と、もっと繋がりたい。いっぱい感じたい。ダメ?」
そんな可愛く懇願されて断れる男がいたら名乗り出て欲しい。キュートな顔立ちで上目遣いに言われたら首を縦に振る以外の選択肢は皆無だ。
「ダメなわけないさ。折角のデートなのに昼間からラブホってのもどうかと思ってな。もっと外で遊ばなくてもいいのか?」
「いい。フィルにとって隆行と一緒に居られることが重要。どこに出かけるかじゃない。誰と過ごすかが大事。そういう意味でならフィルはずっと部屋でゴロゴロデートも構わない」
「はは、フィルらしい答えだな。勿論俺だってフィルともっと繋がりたいさ。いいよ」
「うん、いっぱい、シよ」
性の悦びに目覚めた小さな妖精は遊びに出かけるよりも密着していたい欲求の方が強いらしい。俺だってフィルみたいな美少女とセックス出来る幸せを少しでも沢山噛み締めたいと思うのが正直なところだ。
言い方がゲスみたいだが、セックスをするとスピリットリンクで繋がった心同士が強く感じることが出来る。この感覚はクセになるほど気持ちイイのだ。肉体的接触よりも精神的な繋がりが強く感じられるメリットの方が遥かに大きい。只の快楽ではないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「スイートが空いてるのはラッキーだったな」
雨の日曜日。カップルたちが考えることは大体同じなのか、ラブホ街の主だった施設はどこもいっぱいで待ちが出ていた。
そこでフィルが『大丈夫。フィルの勘は当たる』といって適当に歩いていった結果、外れの方にあるちょっと高めのアミューズメントホテルのスイートが見事に空いており、ちょと豪華でオシャレな部屋を取ることが出来た。
「フィルはこういう勘が鋭い。仕事でも大いに役立つ。多分神力の影響」
「そういえば俺も神力を使いこなせるようになってから仕事効率が上がったな。勘が当たって助かったこともあった」
言われてみれば神力に目覚めてからというものの、妙に勘が鋭くなっていることに気が付いた。書類のハンコを押す時だって何となく嫌な感じがする書類をよく見ると致命的なミスが見つかったり、取引先を選ぶ時でもいい先と悪い先が何となくわかるようになった。
以前玲緒奈との一件で俺や玲緒奈に害するものの気配が視覚的にわかったりするのと同じように、悪い予感がする案件には必ず視覚的になにか黒い靄のようなものが見えるのだ。
直感的にわかる時もある。
「ねえ隆行隆行っ」
「どうした?なにやってるの?」
俺が物思いにふけっていると、フィルは備え付けのテレビモニターから何やら注文をしている最中だった。
ラブホというのはこういうところがハイテクだよなぁ。
フィルも勝手がわからないのかリモコンに悪戦苦闘しながらようやく何か注文し終わったみたいだ。
「何を注文したんだ?美味しそうなスイーツでも提供されてたか?」
「それは終わった後で食べる予定。それより面白いものが届く」
やがて部屋のインターホンが鳴り、ドアの横に備わっている小窓から注文の品が届いた。
フィルはそれを大事そうに抱えるとバスルームのドアを開けて俺を制した。
「ちょっとだけ待ってて。入ったらダメ」
「OKOK。何が出てくるのか楽しみだ」
フィルはいそいそとドアを閉める。何やら奥からは布擦れ音がしていることから着替えているのは分かる。
今日のデート服も素敵な私服だが、フィルは大抵のものが似合ってしまうな。
「じゃじゃーん」
抑揚のない効果音を口にしながらドアが開く。そこには青春時代を取り戻したかのような光景が広がる。
「おお、セーラー服だ」
「無料で貸し出ししてた。どう?変じゃない?」
「ああ、正直ハマりすぎててヤバイな」
「どうヤバイ?」
「俺の理性が吹き飛びそうだ。イケないことをしている気分になる」
「クスッ。隆行、目が血走ってる。じゃあ、フィルと、イケないこと、シよ……」
フィルはベッドに上ってしなを作る。立てた膝からスカートがはらりと広がり、真っ白な下着がチラリをのぞく。
俺は自分の喉が鳴るのをはっきりと聞いた。芸術の絵画から飛び出して来たようなフィルの人間離れした美しさ。
その容姿にセーラー服という若さの象徴がコントラストを作り出し、俺の欲望を加速度的に跳ね上げてしまう。
自分のシャツを脱ぐ時間ももどかしい。俺はいそいそと上半身の服を脱ぎ払い、セーラー服姿のフィルに覆いかぶさった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「隆行、フィルね、今すごく幸せ」
「どうしたんだ急に?」
フィルとの情熱的な時間も終わり、二人は熱の余韻を楽しむように抱き合いながらベッドに横たわっていた。
俺がフィルの髪を撫でながらおでこにキスしたりしていると、ふとそんなことを言い出す。
青の瞳をのぞき込んで頭を撫でると猫のように目を細めて甘えてきた。
「隆行と紗彩がくっついてくれたことは凄く嬉しかった。でも、それはフィルはあきらめないといけないってことだから、少しだけ悲しかった。だから、今こうして隆行と一緒にいられる。紗彩とも一緒にいられることが凄く嬉しい」
紗彩とフィルは無二の親友である。同じ人を好きになるというのは総じてドロドロとした修羅場を生んでしまうものであるが、今こうして紗彩ともフィルとも良い仲になれていることを思うと、本当にあり得ない幸運に恵まれていると考えさせられるな。
「ああ、俺もだ。このところ俺の事を好きになってくれる人、みんな幸せにしてあげたいって思えるようになってきたよ。体は一つしかないからどうしたって限界はあるけど、それでも俺を愛している人を誰一人おざなりにはしたくないからな」
「隆行のそういうところ、フィルは好きになった。おととい言いそびれた、フィルが隆行を好きになった理由。それは紗彩の一件の後の話」
紗彩の一件っていうと、社長に大目玉を喰らった(実際は紗彩と諭すためのお芝居)あの時か。
「あの時、紗彩は隆行のこと好きになったって言ってた。それからフィルもなんとなく隆行を観察するようになった」
「そういえば、俺の事を呼び捨てるようになったのもあの一件以来だよな」
「そう。フィルにとっては信頼の証。人の名前を呼ぶのは、フィルにとっては心を許した証拠。フィルは臆病だから、あんな不遜な態度をとっても普通に接してくれる人にしか、心を開くことが出来ない」
順番は違うがフィルにとってあの不遜な態度は信頼の証だというのは紗彩からなんとなく聞いていた。
不遜な態度、と言えば聞こえは悪いが、要するにフランクに接することが出来る人は彼女にとって本当に信頼できる人にしか出来ないのだという。
そういえば他の人にはちゃんと丁寧な態度をとっているのに上司の俺に対して敬語を使わなくなっても、俺はフィルの事を嫌いになったりはしなかった。俺の事を信用してくれていることは何となく分かっていたし、紗彩のフォローもあって何かと仲良くする機会は多かったしな。
「フィルは隆行の人を思いやる行動に心惹かれていった。人を気遣い、何よりも相手の事を第一に考える利他的な行動は、利己主義の人間には決してできない。上っ面の優しさではあれだけ自分を犠牲にして他人のために動くことは出来ない。だから、フィルは仕事の時はまず相手の利を考えて行動するようになった」
フィルの仕事っぷりは何よりもチーム全体のことを考えて行動することが多い。それは俺に倣っての事だったらしい。俺は不器用だからそこらへんで出世コースからは外れてしまっていたからな。まあ自分があまり出世に興味なかったのもあるが。
「フィルは、隆行がいたから今がある。隆行はフィルの人生の要になってくれた。だから、これからはフィルが隆行を支えたい。ねぇ、日本でハーレム作ることは難しい。でも、どんな反対にあっても、フィルは隆行についていく。最後の最後まで隆行のこと愛しぬいてみせる」
その眼には覚悟がこもっていた。これは俺も真剣に答えないとな。
「ああ、俺もだ。俺を愛してくれる人を誰一人として見捨てない。俺の愛した人を絶対に守り抜いて見せる。なに、いざとなったら日本を出ていけばいいさ。南の島の自治権でも買い取って自分たちの国を作ってしまえばいい。そんなことを皆で語り合ってるよ」
「それ、凄くいい。トレーラーハウスで家を調達すれば固定資産税もかからない。南の島でみんなと一緒に悠々自適。夢の生活」
「いいねぇ。夢は膨らむな」
俺たちは結局眠りにつくまで自分たちの国を作る夢について語り合った。
後日、他のみんなにも共有したところ、広がった夢を語り合う話は盛り上がり、本当に視野に入れてもいいかもしれないと、みんなで笑い合うことになった。
「ところで隆行」
「どうした?」
「今日は替えのパンツ持ってくるの忘れた」
「マジか。脱がさないままヤッちまったからな。べとべとのまんま履くのはイヤだよな。どうしよう」
「ロングスカートだから履いてなくても問題ない。濡れたパンツは隆行にあげる」
「だから俺はそういうのに喜ぶ趣味はないからね」
「じゃあ読者プレゼント。応募番号は0120……」
「やめなさい、それ水無月コーポレーションの番号だろ!!」
ギャグセンスは独特すぎて時折理解不能だ。読者プレゼントって何に対していってるんだ?




