第29話 目の『下』のタンコブ
昨日玲緒奈にちょっかいを出そうとしていたオタク兄ちゃんたちから得た情報では奴らを言いくるめて雇ったのは俺の会社の人間だった。
奴らに直接つながりがあったわけではないが、あいつらのデータがこちらに流れ込んできた、とでもいおうか。
オタク兄ちゃんたちが接触していた黒服の男。奴らが会っていたその男のデータが俺の中に流れ込んできて、同じデータを持っている人物が俺の記憶の中にいた。
こんな感じだ。
要するに、俺を陥れようとした人物は俺の身近にいたというわけだ。会社の中で誰かであろうことはほぼ確実だったが、まさかこんなに身近な人物だったとはな。
更に犯人は複数いる。そのうちの一人が黒服の男であり、もう一人が俺のかつての上司である男であった。黒服の男のデータを読み取った時に浮かんできた共犯者の顔に俺は驚いた。
「おはようございます篠宮部長」
「おはようございます殿山係長。昨日は突然休んで申し訳ございません」
「まったくですな。いくら娘の為とはいっても血の繋がっていないいわば他人ではないですか。離婚した奥さんの子供に構いすぎるのはどうかと思いますぞ」
「ははは、それでも私にとっては大事な娘ですから、彼女の為なら社会的地位などいつでもかなぐり捨てる覚悟はありますよ」
「(チっ)ご立派な父親でいらっしゃいますな。昨日の仕事は水無月君と園田課長が仕上げてくれています。書類のチェックと指示出しはしっかり行ってくださいね」
「はい、ご助言ありがとうございます」
嫌味と皮肉のコンボで責め立てる係長だがその手には乗らないぜ。
玲緒奈をバカにしやがったことは那由他の果てまでぶっ飛ばしてやりたい気分になるが会社の中ではまずい。それこそ彼の思うつぼだろう。
さて、なんの茶番かというと、彼が一連の騒動の犯人の一人。
殿山三郎太(57歳 既婚者)である。出社するのと同時に眼に入ってきた黒い煙。
更に昨日俺が休んだ理由が娘に関することであることは伝えていないこと。
開口一番ボロを出してくれて非常にわかりやすく助かった。
こいつが俺を逆恨みしている理由のひとつは昇進に関することだ。
解決課の調査した内容と社長の奥さんからの情報を総合すると、殿山は俺が会社に復帰しなかったら本部長に出世していた。
だがその条件というのが例のウイルス騒動を引き起こして俺を陥れる。そして会社から追い出すことであった。
結局その目論見は失敗し、不正経理の操作に一部加担していたことからクビになる寸前だったが会社の恩情で大幅降格の処分になった。
そう、神様が解決してくれたウイルス騒動で何人かの不正が発覚した事実があったが、そのうちの一人がこの男だ。会計課の社員と結託して予算の一部を改ざんする片棒を担いでいたらしい。
比較的関わり方は軽度であったことから恩情を掛けられたが、彼は今とても肩身の狭い思いをしていることだろう。
かつての部下だった者達から白い目で見られ、更に降格してもまだ部長気分が抜けておらず意味のない指示出しを課の部下たちにして煙たがられている。
っていうか、仕事は課長と紗彩が仕上げてくれたのなら自分は何もしていないということじゃないか。
偉そうに自分の功績であるかのように言っているが彼が何もしていないのはいつもの事だ。
上役へのごますりだけが得意で普段温和であることを装っているが実際は面倒な仕事を全部誰かに押し付けている会社の害悪だ。
これは解決課の調査と社長の奥さんから教えてもらった社内の内情。そして俺が昨日のオタクたちを介して読み取ったデータを総合し出した結論だ。
彼が無能であることは承知していた。その程度なら俺のフォローで何とでもなることだ。
変に波風を立てて社内に不和を引き起こすと全体の士気にかかわるため今までは我慢してきた。
無能であるにも関わらず昇進というのは矛盾した話であるが、昇進という餌をぶら下げられて俺を嵌める片棒を担がされたのだろう。
この降格も事実上のクビだった。元来図太いのか、それとも無神経なのかいまだに会社を去ろうとする気配はない。
このことから彼は敵の手駒の一つに過ぎず、切り捨て要員であることは明白だ。
体型が全く違うことから昨日のオタク連中を雇った男とレストランで絡んできたチンピラ連中を雇った存在は別であることが想像できる。
恐らくチンピラ連中を雇ったのはこいつだ。玲緒奈をナンパしていたのは偶然だろう。
殿山は会社上層部のいる『とある幹部』の手駒だ。
サングラスの男とは別人であり、そのことはもう少しで証拠が掴めそうではあるが今一つ確信に欠けるので今は触れるのはよそう。
「ところで殿山係長」
「むっ、なんですかな?」
「最近は愉快な連中と付き合いがあるようですな。娘と一緒にいるところを楽しく遊ばせてもらいましたよ」
「ッ!?」
殿山の顔色が変わった。俺は非常にあいまいな言い方しかしていない。にも関わらず、俺の眼付を見た殿山は全てを見抜かれていると思ったらしい。
そのようなことが何となくわかる。黒い煙が不安げに揺れ始めたのだ。感情のブレも分かるらしい。
「な、なにを根拠にそんなことを!?」
「おや?私は愉快な連中と申し上げただけですが?」
すっとぼけた顔で言って見せると彼は『しまった』という顔であからさまに狼狽し始めた。
「し、失礼する」
これで殿山が上役に報告に行けば黒であることは確定だ。あとはその現場を押さえることが出来ればいいのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇
殿山が内通者の上役に通じる現場を押さえるため、俺と紗彩は殿山の動向を監視していた。
会社が終わるや否や急ぎ足でどこかへと向かい始める殿山の後をつける。
奴が接触するのは黒服の男かそれを雇った人物だろう。
黒幕の『とある幹部』に接触すれば万々歳だ。
殿山は郊外にある高級料亭へと足を運んだ。どうやらここで会合するらしい。
いかにもって感じの店だな。入りこむのはいいけど料金は経費で落ちるんだろうか?とっても高そうなのは確認するまでもない。
奴の他にももう一つ敵意のような気配を感じる。気配の感じからすると黒服の男らしい。
さて、ここで黒いスーツ服の男についても触れておこう。
彼の名前は『佐山竜二』
水無月の幹部社員の一人で広報部の部長を務める男だ。こいつに関しては以前から黒いうわさが絶えない怪しい男であった。
ヤクザと深い付き合いがあるという噂があり、何人かの女子社員が餌食になったとかなんとか。
確かに会社を去った女子社員が風俗で働いているところを見た奴がいたらしいのでその噂も真実味が増してくる。
ただ関連性があるのかどうかは証拠がないので何とも言えない。
ここで殿山と密かに会合をしているのもその証拠になるかどうか。
俺は二人がいる敷居の向こう側にある席に座り聞き耳を立てる。幸いにして神力による身体強化で聴覚も大幅に強化されているため少々離れていても会話をはっきり聞き取ることが出来る。
『さて、急に呼び出したのは何やら火急の用事かな?』
『ああ、どうやら篠宮にワシらの事がバレているらしい。確信に満ちた表情で鎌をかけてきおった』
『そのことに狼狽したのか。馬鹿な奴だ。それでは自分が黒ですと白状しているようなものではないか』
『う、うるさい!大体お前だって奴の娘の拉致に失敗しているではないか!』
『声が大きいぞ。とにかく、ボスに指示を仰ぐしかない。この後連絡が入ることになっている。お前はボスの指示通りに動けばいい』
『偉そうに。ワシらは同等の立場ではなかったのか』
『降格しておいてよく言う。篠宮の排除に失敗したのはお前のへまだろう』
『わしは完ぺきに言われた通りにやったぞ!ウイルス騒動の終焉が次の日に来るなんてボスも想定していなかったはずだ!』
『どっちにしても我々は頻繁に会うべきではない。ボスの指示を仰いで今後の方針を聞いたらこれまで通り我々は赤の他人だ』
『分かっておるわ』
なるほど。気持ちイイくらい都合のいい情報をペラペラしゃべってくれる。
後はボスとやらの正体が分かればOKだ。
暫く二人はだんまりしたまま部屋から動かなかった。
やがて携帯電話の着信音が鳴り響き黒服の声がそれに答える。
『ボス、殿山がへまをやらかしました。篠宮に疑われたようです』
いよいよボスのお出ましだ。声を聴けばそれをもとに幹部の誰かにたどり着くことが出来る。
俺はボスとやらの声に聞き耳を立てた。
『そうか、ならお前たちは暫く動かなくていい。篠宮がこちらの動きに感づいたのなら下手にちょっかいを掛けて我々の癒着がバレてはまずい』
男の声がする。低くて酒焼けしたようなしゃがれたかすれ声だが、聞き覚えがある声だった。
確か副社長の右腕で、専務の『浜島 城後』の声だ。
こいつも佐山以上に黒いうわさの絶えない人物で各業界へのコネクションが強く、汚い仕事も平気で行う卑劣漢だという噂だ。
電話越しだと煙が出ているかは確認できないが、声から伝わってくるとんでもなく嫌な感じは単なる生理的嫌悪感ではないだろう。
『篠宮はこちらの兵隊で何とかする。奴は将来社長の右腕になると称される男だ。昇進の意欲がわかないうちに排除したかったが社長の娘と良い仲になってしまった以上それは無意味だろう』
なるほど。ある意味で俺が昇進に無関心だから今の今まで放置されていたのか。
奴らとの会話を聞いていくと、どうやら浜島の上役である副社長は今度の役員会で社長を引きずり下ろす算段らしい。
そこで、社長に味方をしそうな奴を排除するために俺を会社から掃除しようとした、と。
『しかしボス。雇ったチンピラどもの話では篠宮はとんでもない力を持っているらしいですぞ。片腕で大の男を持ち上げたとか、娘を抱えたまま二メートルジャンプして走り去ったとか』
『馬鹿なことを言うな。仮にそんな力を持っているとしても問題ない。奴の娘を呼び出したところだ。ついでに社長の娘の紗彩もこちらの手に入った』
心臓が高鳴るのが分かった。部屋の中に飛び込みそうになるのを必死に堪える。
口の中に血の味がした。




