第26話 メイドの玲緒奈
事実上母親と袂を分かつことになった玲緒奈は随分とすっきりとした表情で家を出た。
「なんだかうれしそうだな」
「うん、だってようやくお義父さんと一緒に居られるもの。お母さんには感謝してるけど、やっぱり自由な人だから私に縛られてほしくないって思うから」
「そうか。まあ価値観は人それぞれだからな。柏崎家の方針には口を出すまいよ。元父親としてはとても複雑だが」
「そうだね。でも多分似た者同士なんだと思う。私、家でほったらかしになっても嫌な感情になったこと一度もないもの。もともとお義父さんのもとへ行きなさいって言われていたのを無理やり取引でお母さんの元へいったのだから」
なるほどな。俺に嫌われないためにそこまでできてしまう子供というものある意味で凄まじい。
俺が認識していた事実とは真逆だったわけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なるほどなるほど。わかったにゃんレオナちゃん。ほとぼりが覚めるまでバイトはお休みでいいにゃん」
「ありがとうございます店長」
「売れっ子が休むとお店としては痛手だけど、レオナちゃんが危険な目に遭う方がもっと大変だにゃん」
俺たちは玲緒奈のバイト先にいって事情を説明した。
メイド服を着た店長と名乗る女性と話すことになり、奥へと通されたが、ファンシーな店構えとは裏腹に奥の控室は普通の事務所みたいになっていてちょっと不思議な感じだ。
不思議な語尾を使う彼女はキングキャッスルグループの社員でメイド兼店長としてバイトから登用された口らしい。
猫耳のギミックを取り付けてしっぽまでついている。なんだか自由にフリフリと動いているように見えるがどういう仕組みで動いているのだあれは?一昔前に脳波で動く猫耳というのがあったがあれと同じ類いだろうか?
玲緒奈の社員登用を一番応援したのは彼女ということだ。玲緒奈も彼女の事は信頼しており、優秀さは社長も太鼓判を押しているそうだ。
見た目や言葉使いに反して従業員の事を第一に考える出来た人みたいで安心した。玲緒奈が楽しそうに働いている姿を想像出来る。
うちの上司に欲しいくらいだな。ニャン語の上司は勘弁してほしいが。
「ただゴメンだにゃん。今日だけは出て欲しいにゃん」
「あ、そうか。アーシャちゃんのお誕生日イベントですもんね。お義父さん、いいかな?」
「そうだにゃん。商店街のお祭りイベントが重なってお客が多いにゃん。一人風邪で休んじゃったから少し人手が不安なんだにゃん」
「まあ休ませてもらうわけだしな。書き入れ時なら仕方ないだろう」
「それにしても、あなたが父親だというのはいささか信じがたいにゃん。レオナちゃんの言っていたお父さん彼氏ってあなたの事にゃん?」
「そのようです。もともと血は繋がっていませんし、今は戸籍上の関係もありませんから対外的に父親と名乗るのは憚られる事ですがね」
「そういうことだったにゃんね。玲緒奈ちゃんはとても優秀な子だから。みんなからも慕われてるし、早く問題を解決して復帰出来るようにこちらもなんらかの対策を講じるにゃん」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺達は店長さんと今後の対策について話し合い、店が混み始めないうちに出る事にした。
「ところでお父さん!」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたはお幾つですかにゃん?」
「年齢ですか?今年42歳ですが」
「なん……だと……」
ファンシーな見た目で放送禁止レベルに目を見開いた店長は俺に掴みかかりながら訴える。
「お願いですにゃん!若作りの秘訣を教えて欲しいにゃん!」
「わ、若作り!?」
鬼のような形相で掴みかかってきたと思いきや今度は血の涙を流しそうな勢いで土下座し始める店長。
あまりの勢いにビビってしまったが、彼女の前で年齢の話をするのはお客さんを含めてタブーらしい。
以前年齢をからかってきた悪意のある客が震えながら帰っていった事があったらしい。何があったのやら。
結局周りのメイド達に止められて事なきを得たが神力の事をゲロるまで離してもらえそうもなかったので助かった。
「レオナちゃん」
「あ、アーシャちゃん」
俺たちが店を出ようと控え室の出口に差し掛かるところで小さな女の子が話しかけてきた。
背丈はフィルリーナ本部長と同じくらいか。
一見すると小学生と見間違えそうだが、キングキャッスルの制服メイドの姿ということはここのバイトか何かなんだろう。
アーシャってさっき聞いた名前だな。
「レオナちゃん、大丈夫なの?変な人たちに絡まれたって聞いたけど」
「大丈夫だよ。お義父さんがついてるもの」
「あ、は、初めまして!レオナちゃんの後輩の明石沙織って言います。あ、あぁ、本名言っちゃった!ごめんなさい、アーシャっていいます。キングキャッスルのメイドやってますぅ」
あたふたしながら本名を名乗った女の子は慌てて訂正するがしっかり聞こえてしまったのでもう遅い。
なんだか小動物みたいな子だなぁ。
「初めまして、レオナの父の篠宮隆行です。よろしくねアーシャちゃん」
相手に合わせて俺も本名を名乗る。そういえばメイドの名前っていうのは本名ではないあだ名、いや、源氏名とでもいったらいいのだろうか。それだとキャバクラみたいだが。
メイドカフェはオタクのキャバクラといわれることもあるがコーヒーや料理ではなく女の子と楽しい時間を過ごすという点では似ているからな。キャバクラってあんまりいったことがないからどう違うのか説明しろと言われても困るが。
「そういえば、玲緒奈は本名を名乗っているんだな」
「うん、まあ自分の名前だし。違う名前っていうのも違和感あるからね。そこらへんは人によって様々だよ」
キャストは店側の提示した名前か自分で考えた名前を名乗ることが多いらしい。玲緒奈のようにまんま本名というのも稀にだがあるケースだそうだ。
アーシャと名乗った女の子はキングキャッスル内でもっとも仲のいい後輩なんだとか。
玲緒奈とは馬が合いよくプライベートでも遊びにいく17歳の高校生で、家計の助けにするためにメイドカフェでバイトしているとのことだ。
妹二人がまだ小中学生で父親はおらず母親のパートしか収入がないため高校に通いながら実入りのいい仕事ということでメイドカフェを選んだ。
結構な苦労人なんだな。応援したくなる。それなりに不憫な境遇にも関わらず物怖じしない明るい性格が受けて人気が高いらしい。
「レオナちゃんのおとうさん、すっごく若くてカッコいいですね。憧れちゃいます」
「ありがとう。アーシャちゃん、玲緒奈と仲良くしてあげてね」
「はい!勿論です!」
素直で明るい笑顔の素敵な女の子だ。おさげ風にしたツインテールが良く似合っていて可愛らしい。
守ってあげたくなるタイプとはこのことだな。
「そうだ!どうせならお店で遊んで行ってくださいにゃん」
後ろから店長さんが声をかけてくる。
そういえば玲緒奈の仕事っぷりは見たことがなかったな。
「構わないか玲緒奈?」
「ちょっと恥ずかしいけど、そうだね。もしかしたらさっきの人達も来るかもしれないしそばにいてくれると安心できるかも」
「そうだな。奴らの目的が分からんけど、良くない連中だというのは何となくわかるから目を離さないほうがいいだろう」
とりあえず玲緒奈の仕事っぷりをみつつ変な奴らが玲緒奈に害することがないか見張ることにした。
仕事中はよっぽど心配はないと思うが念のためだ。
◇◇◇◇◇◇◇
メイドカフェの仕事というのはとにかく状況変化が目紛しいの一言だった。
学生時代に飲食店のバイトは経験があるが、それと比べてもやる事がとにかく多い。
注文一つごとにお決まりのセリフがあり、みんなで盛り上がって一斉に唱える。
その度に他の仕事を中断しつつ次の作業に移ったり注文料理を運んだり、お客さんの相手をしたりととにかくやることが多い。
俺が感心したのは玲緒奈の輝きっぷりだ。
全ての仕事を高水準でこなしつつ他のキャストに指示を出し、失敗はフォローする。
お客に不快な思いをさせないように立ち回り、注文ミスがあったりするとそれを会話のタネに変換して盛り上げたりする。
特定のメニューに注文が入ると一緒に写真を撮ったり(チェキと言うらしい)、オムライスにお絵かきしたりと、イメージした通りのメイドカフェの仕事を見事に回している。
玲緒奈は凄い。何が凄いってそこにいるみんなが玲緒奈を中心に動いている。
多分本人は無意識なんだろうが、彼女は周りが動きやすいように常に立ち回っている。それに呼応するように周りの人間も玲緒奈の動きに合わせる。そうすることで歩調が合い、みんなが楽しくその空間を過ごすことが出来る。
まさしくキャストとお客でお店の空気そのものを作り出している。
普通の人に出来ることではない。不思議な一体感がそこにはあった。
その日は商店街が祭の最中ということもあり、夕方が近づくにつれて忙しさが増して来た。
玲緒奈はその中でもずっと周りを気遣いながら動いており、そのおかげで店は大きな混乱もなく周り続けていた。
そんな中、奴らがやってきた。昼間見た黒い煙のようなオーラを纏ったなんとも言えない黒い連中だ。どうやら俺の顔は覚えていないらしく、店の端っこに座っていた俺には目も暮れず玲緒奈の下にいく。
「レオナちゃん、今日も可愛いね!」
「会いたかったよ!」
「ありがとう滝さん、峰沢さん、大関さん」
どうやらあの三人がお店の常連というのは本当だったらしい。玲緒奈にデレデレとしており対外的にみて気持ちのいい連中ではない。
何故なら彼らは玲緒奈の顔ではなくスカートから覗く足だったりお尻だったりをジッと眺めているからだ。
男として目が行ってしまうのは理解できるが、相手が自分の娘だと決していい気分ではない。
玲緒奈もそのことに気が付いているが、慣れているのか特に気にしている様子もなかった。
しかし、スピリットリンクで伝わってくる感情はかなり不安に駆られており、俺は少し席を移動させてもらって玲緒奈から良く見える位置に座り直した。
俺の姿が視界に入ると安心したのか空気の乱れが少し納まる。
大丈夫。なにがあっても好きにはさせないさ。流石に何もしていないのに取り押さえることは出来ないので今は見守るしかないが、俺が視界に入ったことで彼女の恐怖はほぼなくなったようで、仕事のキレが戻っていった。
スピリットリンクは愛する女性の精神を保護する力もあるようだ。俺の中に新しい何かが目覚めているのが分かった。
恐らく昨晩の玲緒奈との営みで目覚めていた力だろう。異世界ものみたいにステータス画面でも見られればわかりやすいのだがな。
そして何時間か経過した後、お店がいよいよラストに近づき入店もまばらになってきたころだった。
奴らは延長に延長を重ねてラストまで店に居座り続けていた。
店的には上客だろうが、なんで玲緒奈が作らないのかと料理にねちねち文句を言ったりキャストにケチをつけたりとあまり気持ちのいい行動をする連中ではなかった。
それに他のメイドには辛辣なのに玲緒奈にだけはダルダルに甘い態度をとる。そのことに他のキャスト達もうんざりしているようだ。
玲緒奈も彼女達をフォローしているが奴らの行動は目に余る。部外者だが俺も思わず注意しようと思ったレベルだ。
モラルやマナーといった理念をどこかに置き忘れているような連中だった。
なんとかしのぎ切って閉店し、俺は車を取りに駐車場へ向かった。だが俺は足が止まる。例の連中が店の影に隠れるようにたむろしているのを発見したからだ。
正確にいうと建物の影になっているところからまるで目印のように黒い煙が黙々と立ち込めていた。
本当に便利な能力だ。
俺の敵を明確に示してくれる。




