第19話 カリスマメイド、玲緒奈
今日もこの店では彼女に会おうと全国からファンが押し寄せ大繁盛している。
この店の人気ナンバーワンメイド『レオナ』は、男性女性問わず彼女に会おうと遠く離れた土地からでも会いにやってくるファンがいるくらいの超人気者であった。
性格もイイ。容姿も最高。接客技術も超ハイレベル。
加えて誰に対しても偉ぶることなく後輩からも慕われ先輩の覚えも良い。
まさしく理想の接客員である。
「レオナちゃん、是非ウチからアイドルデビューしてもらえないかな!」
「ごめんなさい、私はメイドであってアイドルには興味ないんですよ。それと、お店の中では営業行為は禁止です。メっ、ですよ」
こんなことはしょっちゅうである。彼らの中でもアイドルのスカウトは半ば恒例のあいさつとなっており、本気にしているものは一人もいないがスカウトする側はかなり真剣であった。
だが彼女はメイド店員を仕事として捉えており、アイドルデビューする気もなければここで一生働き続ける気もない。
「それに、『彼氏』が心配しますからね♡」
「あはは、そうだよねぇ」
後数年もすれば自分は退職し、普通のOLになるだろう。そう思っている彼女は入店当初から、メイドカフェ店員としては珍しく『彼氏持ち』を公言している。
これは通常タブーとされている行為だ。
メイドカフェのキャストはお客にとって『アイドル』であり、夢の世界の住人といっても過言ではない。
例え虚像と分かっていても男の影がちらついてはイケないのである。
だが、彼女が言う『彼氏持ち』を否定的な意味で捉えている者は意外と少ない。
何故ならば……
「ところでレオナちゃんの彼氏ってどんな人?教えてよぉ」
「いいですよ。私の彼氏は……」
それはこのキングキャッスルというお店では今や風物詩ともいえる光景となっている彼女のお決まり文句。
「私の彼氏は『世界一素敵なお父さんです♡』」
キングキャッスルのアイドルメイド、レオナ。
そのプロフィールにはこう書かれている
『重度のファザコン』
その本名は『柏崎玲緒奈』
そして旧姓を『篠宮玲緒奈』といった。
◇◇◇
「ふっ、ふっ、ふっ」
早朝の川沿いに続く小道。
既にジョギングなどで朝の運動をしている若者や散歩をしている御老人。様々な人々が行き交うジョギング用に舗装された道を走りながら出勤前の運動に勤しんでいた。
この身体は鍛えるほどに強くなると神様が言っていた。ということを紗彩から聞いた俺はその事実がどの程度まで通用するのか検証がてらジョギングから始めることにしたのだ。
「ふう、確かに基礎体力は上がっているみたいだな」
「隆行さん、待ってくださーい」
「早すぎますよ~」
「あ、悪い」
後ろから自転車でついてきた紗彩と深雪が息を切らしながらこちらに追いついてきた。
俺はもともと運動は苦手ではなかったがそれほど積極的にするタイプでもなかった。
しかし今しがた走ってみた感じではかなりハイペースに走り込みをしてもほとんど疲労というものを感じない。
自転車で走っている二人にも全く追いつかれることない速度で走っても息が切れないのである。
それだけでもとんでもない。
「私も運動はそれなりに得意ですけど、やっぱり男の人は体力がありますね」
「いや、神力のおかげで前より格段に身体能力は向上しているみたいだ」
紗彩の疑問に俺は応える。
「どういうことですか?」
「息が全然切れないんだよ。かなりハイペースに走ってきたけど心臓も早く鳴らないし疲れを感じない。人間の体力は明らかに超えているな。多分ずっと全力疾走で走り続けてもかなりのあいだ同じペースで走れる気がするぞ」
「凄いですね。相当なペースで走っていたのに、全然疲れてないんですか?」
「ああ、むしろまだまだ走り足りないくらいに感じるよ」
「見た目だけじゃなくて身体の中まで改造されているみたいですねぇ」
深雪の意見ももっともだ。
食欲も旺盛だし精力も無限。睡眠もそれほどとらなくても疲れは取れるし、そもそもどれだけ運動しても体力が減らない。
人間を超えた様々な力を獲得していく、というのは本当みたいだ。
身体の充実感が今までとは桁違いに大きい。
どんなことでもできそうな気さえしてくる。
俺は拳をギュッと握ってみる。ふとした考えで試してみようと思い、河原に落ちている少し大きめの石を拾ってきた。
「どうするんですか石なんて」
「ああ、ちょっと試してみたいんだ」
俺は自分のこぶし大もある大きめの石を触って硬さを確かめる。
「紗彩、一応確認してみてくれ。この石は硬いよな?」
俺は紗彩に拾ってきた石を渡した。
まあ意味のある行動でもないが念のためだ。
「はい、確かに硬い普通の石ですね」
「あらあら、もしかして」
俺は深雪も確かめ終わった石を手の平に乗せて指をかけ、力を込めて握りしめた。
「ふんぬっ!!」
バコンッ……ガラ……
「凄い……」
「やっぱり」
俺の握りしめた大きな石は音を立てて崩れ去り粉々に砕け散る。
ジャッキーチェ〇のくるみ割りも真っ青のトンデモ握力だ。
「こりゃ気を付けて使わないとな。うっかり握手とかで取り先の人の手をつぶしてしまったらコトだ」
握力だけではない。腕力も脚力も、全体の身体能力がべらぼうに上がっている。試しに垂直飛びをしてみると軽く2メートルは飛び上がることが出来た。
しかもこれでまだまだ余力がある。思いっきり飛べばもっと高くジャンプすることが出来そうだ。
スパイダーマ〇!にでもなれるのではなかろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
紗彩のマンションに戻った俺たちはシャワーを浴びて身体を洗い汗を流す。
恋人二人に身体を洗ってもらったもんだから朝から風呂場でフィーバーしてしまったのはご愛敬だ。
それも見越して早めに帰ってきたので遅刻せずに済んでいる。
二人はやはり俺の精液を身体に受けると元気が出るらしく朝からお肌がツヤツヤであった。
腰砕けにならないように手加減は必要だがな。いや腰加減か?
朝食をとって電車に飛び乗り会社に向かう。
「隆行さん、今夜の晩御飯は何がいいですか?」
今日は紗彩のご飯当番である。
一日働いた後の恋人たちが作ってくれるご飯は最高なのだ。
彼女達は交代で俺に料理を作ってくれるからありがたい。俺は一人暮らしが長いだけあってそれなりに出来はするが常に簡単なものしか作ってこなかったからレパートリーは貧弱だ。
「そうだなぁ。サバの煮つけとかいいな。味噌煮も捨てがたい」
「じゃあ今日は味噌煮にしましょう」
「うん、楽しみだな」
ニコニコ笑いながら献立を何にしようと悩む紗彩はとても可愛い。
ちなみに深雪は一緒には出勤していない。今日は紗彩と二人になる日なので彼女は車で出勤している。
驚いたことに彼女は大型特殊免許も持っている上級者ドライバーだ。
時折趣味でレーシングカーにも乗るらしい。他にも様々な資格を取っている万能未亡人である。
紗彩のマンションに住むことになってからすぐさま自分の移動用に高額なスポーツカーを購入していてブッたまげたのは記憶に新しい。
まるでバット〇ンが乗っているかのようなモノごっついデザインで見たことのないロゴのメーカーなのでネットで調べてみたらブガッティといわれる世界でも最高価格で販売しているメーカーの車だった。
俺の生涯賃金が人生10回分は余裕で吹き飛ぶ金額だったので脱力せざるを得なかった。
恋人たちのスペックが高すぎて辛い件について……。
しかも深雪は自分用にカスタマイズしたモデルをオーダーしており、普通は数か月、下手をすれば年単位かかるようなシロモノが一週間もしないうちに納車されたもんだからアイツの企業に対する影響力は群を抜いている(紗彩が悔しがっていた)。
まあ実際は割と以前から注文だけはしており任意のタイミングで納車するまでメーカーにあずかってもらっていたそうだ。
どれだけ信用されているのかは考えるまでもないだろう。普通では出来ない。
なんでそんなぶっ飛んだ車を買ったのかと聞いたら、社内での威嚇の意味も含まれているらしい。
つまり内通者に対して『とんでもない奴が社長サイドに付きましたよ』ということをアピールする意味も含まれているとか。
そんなことをして目立つのはどうなのかとも思ったが、自分が目立つことで『解決課』としての俺が動きやすくなる意味もあるって話だ。
奉龍院に対しては直接かかわっているわけではないので契約違反にはならないという。
確かに再就職した会社に勤めている時に偶々奉龍院に出くわしたとしてもギリギリ不可抗力ということも出来る。
そういう補足事項を契約書には書いていたらしいしな。
俺としては深雪に危険なことはしてほしくないのだが、はっきり言って俺と深雪では頭脳のスペックが違いすぎるのでもっと先を見据えた行動ということなのだろう。
そこは彼女を信じることにした。
会社内での動きは今のところ平和そのものだ。
内通者が誰なのかは深雪と社長の奥さんを通じて秘密裏に調査は進んでいるがまだ有力な証拠はつかんでおらず候補を何人かに絞り始めているところである。
社長曰く、次期後継者になるための試練と思って欲しいとのことだ。
仕事に私情を挟まないあたりあの人の真面目でストイックな性格が垣間見える。
まあ次期社長と見込んだ男が娘の婿候補最有力とするならばその時点で私情という言い方も出来るかもしれないが。
ふと、電車の窓から覗く景色に学校の学舎が目に入った。
(懐かしいな)
娘の入学式に出席したのはもう4年も前か。今は大学に通う女子大生の彼女も当時は中学を卒業したばかりの子供だったなぁ。
いつも見ている景色のはずなのに今日は何故か娘の事が頭に浮かんだ。
あの頃には既に妻とは離婚していたが、養育費は払っていたし、娘たっての希望で入学式には一緒に出席した。
彼女とは数か月に一度会うようにしている。
元妻とはうまくやっているのだろうか?
多感な時期に離婚したこともあって別れる時はすごく泣かれたものだ。
だが娘が育つのには母親の下がいいだろうと説得し、彼女もそれに納得していた。
もともと母娘仲は悪くなかったしな。
普段はメールのやり取りだけだが時折会う時は彼女に思い切り楽しんでもらえるようにいつも趣向を凝らしている。
そういえば来週会う約束をしているので、そろそろ次のデートを考えておかないといけない時期だ。
紗彩の言葉が頭に蘇る。
『娘さん、隆行さんに恋してると思います』
そんな馬鹿な。常識的に考えて義理とはいえ娘が父親に恋をするなんて。
22歳も年の差があるんだぞ。
いやでもなぁ、紗彩が25歳であることを考えると20歳である彼女は一応誤差の範囲といえなくもない。血は繋がっていないので近親相姦にはならない?いやいや……。
確かにあいつに似て最近の彼女はものすごい美人に育っていると思う。
紗彩や深雪に比べると体型こそ控えめだが持ち前の明るさとキュートな顔立ちで男にはモテるらしい。
確か少し離れた町の飲食店街にあるメイド喫茶でアルバイトをしていたはずだ。
時給がいいのでお得らしいがスカートがあまりにも短くて反対した記憶がある。
実際はドロワーズというカボチャパンツみたいなのを履いているので問題ないと本人は言うが、世の男どもに娘の生足が視線にさらされているかと思うと父親としては非常に複雑な気分だ。
そういえば成人式の振袖とか送ってやらないとな。レンタルでいいって彼女は言うがやはり一生の思い出として買ってやりたい気分はある。
親のエゴかもしれんが可愛い娘のためなら100万くらい出して一度しか着ないものを買ってやっても全く惜しくないし、むしろ誇らしい。
娘の事を考えているうちにそんな思考がループし、いつの間にか会社の最寄り駅についていた。




