第13話 社長の問いかけ
俺は社長室の扉をノックし許可をもらい中へと入った。
物腰の柔らかそうな、しかしすさまじい威厳のある壮年の男性が窓から外を眺めている姿が目に入る。
クルリとこちらを向いて歩いてくる。
「失礼します。社長お呼びでしょうか」
「よく来てくれたね篠宮君、まあ座ってくれ給え」
俺は社長の促しにしたがってソファに腰かける。
ふかふかの素材が気持ちいいが紗彩の家にあるソファの柔らかさの方が好みだな。
「私がいない間大変な目に遭っていたみたいだね。まずはよく戻ってきてくれた。そのことを嬉しく思うよ」
「恐縮です」
「なんの。君のような優秀な社員を失うことはわが社にとって大きな損失だ。君がようやく昇進を受け入れてくれてホッとしているくらいだ」
なんとも偉く評価されているものだ。
社長には5年前の紗彩の一件以降何かと目を掛けてもらっている。
俺が社内で課長に甘んじていられたのも俺の意思を尊重してくれたおかげだ。
「紗彩から聞いているよ。今回の一件、どうやら君を陥れようとした誰かの仕業であると」
「まだ実感が湧きませんが」
「おおよその見当はついている。しかし私はそのことに関してどちらの味方もできない立場にある」
まあ理解は出来る。その検討のついている人物っていうのは恐らく社内でも重要なポストにあるんだろう。
社長って言ったってなんでも思い通りになるわけではない。
役員会という多数決組織で多くの味方を獲得しておかないと下ろされてしまう可能性だってあるわけだ。
「故に私の口からそれが誰なのかを告げることは出来ないのだ。すまないね」
「いえ、社長が気にされることはありませんよ。私が気にくわないのであればいずれまたちょっかいをかけてくるでしょうしね」
「ふむ、どうも今回の一件で君は一皮剥けたようだね。ギラギラしている。容姿も随分若くなっているように見える」
そういえばこの間から俺の容姿についてあまり騒がれないな。明らかに異常に若返っているはずだが、みんなどういう訳か『ちょっと若くなったね』くらいの認識らしい。
神様効果なのだろうか?
さっき部下の女子社員からそんな風にキャイキャイ言われて悪い気分はしなかったが、紗彩の視線が怖くてデレデレできなかった。
どうやら運命の女性以外にチヤホヤされてだらしない顔をするのは許容できないらしい。
気を付けよう。
「一度クビになって肩の力が抜けたのだと思います。憑き物が落ちたような気分でしたよ」
これは嘘じゃない。
今までの俺はどこかヘンテコなこだわりがあって課長という立場に自分を縛り付けていたが、紗彩を幸せにするという人生の大目標が出来てその縛りが解かれたといってもいいだろう。
何しろこの人の後釜を狙わないといけないのだ。
半端な覚悟じゃやっていけない。
「ふむ、いい顔になった。以前までの君は優秀だがどこか人生に冷めているように見えたからね」
「かないませんね社長には。おっしゃる通りです」
年が近いこともあってか社長は俺に対して気安い。というのも、彼はまだ49歳。俺とそんなに変わらないのだ。
若い社長ということもあって最近の水無月には勢いがある。
今の奥さんが16歳の頃に付き合い始め、彼が23歳、奥さんが17歳の頃に紗彩は生まれたらしい。
近年まれにみる若年カップルだ。
ということは紗彩のお母さんは俺とほぼ同世代ということになる。
お互いの家同士が決めた政略結婚だったが二人は純愛カップルもしっぽを巻いて逃げ出すほどのラブラブ夫婦らしい。
奥さんの方も会社役員だ。というか社長秘書だ。つまり先ほど受付をしてくれた女性である。
「どうぞ、篠宮さんは紅茶でしたよね?」
「あ、これはどうも」
そんなことを考えていると件の奥さん、つまり社長秘書がお茶を入れてくれた。
相変わらずドエライ美人だ。
ぶっちゃけて言うと同世代には見えない。紗彩と同じように柔和な顔立ちで、紗彩の少女っぽさが抜けて大人びた姿という感じで姉妹といっても疑うことはしないだろう。
そこ!この物語に寝取りはないからな。母娘丼とか変な期待はしないように!って俺は誰に言っているんだ?
「ふふ、今の君は人生に燃えているように見えるよ。何か目標でも見つかったのかな?」
「ええ、命をかけて到達するべき目標が見つかりました」
「ほう!それは興味深いね。仕事の話は終わりにしてそこら辺を聞かせてもらいたいものだ」
そうだな、ちょうどご両親もいることだし、ご挨拶させていただこうか。
こういうのは早い方がいい。
「では、いずれ正式にご挨拶にはうかがわせていただく予定ですが」
「ん?」
「あら、もしかして」
社長は疑問符を浮かべたが奥さんの方は何かを察したらしい。
「紗彩さんとお付き合いさせていただくことになりました」
「あらあら、まあまあ」
「そうか!!紗彩のヤツついにやってくれたか!!」
「お忙しい身かと思いますのでこの場を借りてご挨拶を」
「構わないとも!今夜はいい酒が飲めそうだ。そうだ、今日はうちに来るといい。最高の酒を用意しよう」
「ではご相伴にあずからせていただきます」
「うふふふ、この場で伝えるなんて、これは評価をあげなくてはいけませんね」
「といいますと?」
「うふふふ、さて、何のことでしょうね。紗彩には私から伝えておきましょう」
「?」
「ところで、昨夜はお楽しみでしたねぇ」
唐突な話題転換に俺は心臓が高鳴った。
その確信に満ちた表情を見て俺は察した。え?まさか昨日の事全部知られてる?
「え?母さん何のこと?」
「さてね。紗彩に聞いてみてはいかがですか?」
これは何があったのか全部知られていると考えたほうがよさそうだ。そういえば誰かに一生懸命メールしている姿を見かけたな。
この人がアドバイザーだったのか。
「ねえねえ母さんなんの話?」
「鈍いですねぇ。隙あらば襲い掛かってでもモノにしてしまいなさいっていつも言っていたのは誰だったかしら?」
「お、おお、ではまさか」
「女の一生の思い出をなんだと思ってるんですかあなたは。言うだけいって放置するから私が面倒をみたんです」
どうやら夫婦そろって俺を娘に狙わせていたらしい。昨日までの凄まじい豪華なデートはこの人の差し金だったのかもしれない。
なんとも複雑な気分だが悪くはない。
親御さんに認められているというのはいいものだ。
勿論プレッシャーもあるが。
俺はその晩、水無月家に招待を受けることになり、将来義父となるであろう社長と酒を酌み交わすことになる。
社長はもう結婚式の会場を押さえ始めるとか言い出して奥さんに締め上げられていた。
どうやら青春時代というものを結婚によって失った彼女は紗彩にカップルというものをちゃんと経験させてあげたいらしい。
自分はすぐに結婚してしまい普通のカップルを経験することがなかったためだと言っていたな。
「しかし母さん、後継ぎは早く生まれたほうがいいんじゃないか?」
「人の青春を丸ごと奪っておいてどの口がいうのですか?結婚していないから出来ることも多いんですから」
「ま、まあそれはそうだけど」
「あ、でも孫の顔は早くみたいですねぇ。1年後くらいと考えてもいいかしら?」
「母さん順番逆だよ!気が早いって」
「人のこと速攻で妊娠させた種馬が良く言いますね。【君は俺の天使だ!】とか言って16歳の少女をベッドに押し倒した22歳は誰だったかしら?」
どうやら水無月家のカーストトップが誰なのかは聞くまでもないらしいな。
「二人とも恥ずかしいからやめてよぉ!」
彼氏に両親の性事情を生々しく語られては恥ずかしいのも無理はない。
俺もどう反応していいか分からないしな。
だがまあ、順調に話が進んでよかった。
「でも、ハーレムのことはまだ言わないんですか?」
小声で話す紗彩に俺も応える。
「いや、でもまだ実際にそうなってるわけじゃないし。わざわざ爆弾投下するわけにもいかないだろう。どうやって説明していいか分からんし、信じてもらえるとも思えないぞ」
「そうでしょうか。お母さんは割とあっさり信じそうですよ」
「どんな親だそれは?」
図太いにもほどがあるだろ。
結局その日の夜、俺は水無月家に招かれ、将来義父となるであろう社長と酒を酌み交わすことになった。
社長は「結婚式の会場を早めに押さえておこう!」などと息巻き、すかさず夫人にたしなめられていた。
「あなた、自分の青春を早々に結婚で終わらせておいて、娘には同じ轍を踏ませるつもりですか?」
「ま、まあ……それはそうかもしれないが……」
「普通のカップルが経験することを、紗彩にはちゃんと味わわせたいんです。私はそれが出来ませんでしたから」
母親らしいその言葉に、紗彩は少し恥ずかしそうにうつむいた。
社長は苦笑いを浮かべ、グラスを傾ける。――どうやら、この家で一番強いのはやっぱり奥さんらしい。




