第11話 過ぎた力を使う覚悟
差し当たっての問題は今後愛沢さんとの関係をどうしていくかだが、俺としては紗彩との関係をもう少し深めてから考えたいというのがある。
何しろ俺たちはまだ昨日始まったばかりなのだ。
そんな状態でもう『二人目の女をどうするか』なんて考えられるはずもない。
文面だけ見ると俺がどうしようもないクズみたいではないか。
紗彩の話では神様と言うのは多くの異性に愛されるのが当たり前だと言う。低い意識状態だとも。
しかし俺は自分を人間だと思ってるし、神様だとか言われても実感が湧かない。
確かにこの力は人間のそれではないだろう。
しかし俺はそれで増長してしまうのが最も恐ろしいと思う。
『驕れるもの久しからず』という言葉がある。
地位 富 名声などを笠に着て威張り散らしているような者は、遠からず没落するものだ、という意味の表現だが、平家物語(だっけ?)の一文にあるこの言葉は正しくそんな未来を暗示しているのではないかと思うのだ。
『力に溺れる』ではないが、過ぎた力は身を滅ぼす。
この人間を超えた力と俺自身がどう向き合っていくか、どう付き合っていくかが問題だろう。
神力というのはどう考えても人間には過ぎた力だ。
俺はこれを手に入れたことに対して、興奮よりも恐怖の方が強かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「さて、それじゃぁ気を取り直してデートと行きますか!」
「はい!」
俺と紗彩は彼女のマンションに荷物を置いて出かける事にした。
「それにしても悪いな。タクシーから何から全部払ってもらってしまって。銀行から金をおろせるようになったら必ず返すから」
「そんなこと気にしないで下さい。私、それなりに稼ぎありますから」
「どういう事?」
紗彩は役職的には俺より下だから手当は少ない筈だ。
確かに水無月は普通の企業よりは給料はいいんだろうけど。
とはいえ、彼女は社長令嬢だしな。
「まぁ、あんなマンション買って貰えるくらいだからなぁ」
「あ、一応誤解の無いように言っておきますとですね、あのマンションは父に買って貰った訳じゃなくて自分の稼ぎで買いました」
What!?ナンダッテ?
「え、そうなの!?失礼ながら流石社長令嬢は住んでるところが違うなと思っていたのだが、イチOLに買える物件には思えないぞ?」
「あはは、それはそうですよ。セカンドビジネスで稼いでるお金で買ってますから、会社の人には誰にもいっていないですし」
「ちなみにあの部屋は幾らしたの?」
「私の住んでる部屋ですか?タダですよ」
「はい?」
紗彩はちょっと得意げに胸を張って自慢するように言った。
「正確に言うとあのマンションは全体が賃貸ですから分譲ではないんです」
「そうなのか、あれ、でもさっき買ったって、いや、そうじゃなくてタダっていうのはどういう……」
俺は大いにパニくったが紗彩は更に追い打ちをかけた。
「だから、あのマンションそのものが私の所有物件なんです」
「はぃいいいっ!?」
「セカンドビジネスで出た利益を運用するために建設した物件なので無借金経営でずっと黒字なんですよ」
喉ちんこが飛び出すくらい驚いた。
え?なに?あのマンションそのものが紗彩の所有物って事は、紗彩が大家、というか、オーナーって事!?
あのバカでかいタワーマンションが!?
「ちなみに同じタイプのマンションをあと三棟所有してます」
「どこがそこそこなんだ?めちゃくちゃ金持ちじゃないか」
「えへへ。お父さんに叱られたあの時、隆行さんに庇ってもらって、私は変わらなきゃって思ったんです。だからまずは親から自立しようって思って始めたビジネスが大当たりしちゃいました」
「すごいな紗彩は。若いのにもう自分で商売やってるなんて。水無月にいる必要ないんじゃないか?」
「最初は父の命令でしたけど、理由のほとんどは隆行さんのお側にいる為ですから。それにOLも楽しいですし、セカンドビジネスの方はほとんど右から左に流す作業だけなので」
もう全然何を言っているのか分からない。一応何をビジネスにしているのか聞いてみたがさっぱり理解できなかった。
「だから、いつでもヒモになってくれて大丈夫ですからね♡」
「それは勘弁してください」
紗彩は悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺の腕に胸を押し付けてくる。
くそ、可愛いな。可愛いんだけど、うーん、これは良くない。いろんな意味で。
俺にもみみっちいがプライドくらいあるのだ。
女の子に稼がせておいて自分は遊んでいるなんて、俺には無理だ。
嬉しさより情けなさで死んでしまう。
「ありがたいけど、俺も男だから紗彩を養っていくために働くよ。差し当たって明日から早速再就職先を探さないとな」
「あ、それなら心配いりません。もう水無月に戻っても大丈夫って神様が言ってました」
「え、そうなの?でも」
「不正プログラムは神様が正常に戻してくれたらしいですし、さっき電話で確認したらすべてのシステムが復旧してほとんどの社員の休日出勤がなくなったそうです。流れたデータも全部回収できてるみたいですよ」
神様ッパネェな。まあ全国規模の組織一つを一晩で潰してしまうくらいだからそれくらいはできて当たり前なのかもしれんが。
「というわけで連休明けから普通に出勤しても大丈夫です。あと部長に昇進です」
「え、部長!?」
「はい、実は怪我の功名というか、今回の騒動で何人かの役員の不正が発覚して人事の大量異動があるそうです。そこで部長が係長に降格されるので、繰り上げで課長である隆行さんが部長になって係長が課長になるわけです」
「マジか。俺やっていけるのかな」
「自信持ってくださいよ。隆行さんは課の中で、ううん。水無月コーポレーションで一番仕事出来るって父も認めてるんですから!」
「いやぁ、それはちょっと過大評価しすぎだろ。でもそうか、そうだな。まあ10年近く課長やってきたし、そろそろ腹を括らないと男じゃないよな」
「そうですよ!それに隆行さん」
「どうした?」
「水無月紗彩を射止めるってどういう意味か分かってますか?」
「え、それは俺が紗彩を一生大事にしていくってことだ。人生でこれ以上ない伴侶なんだから命がけで大切にしていきなさいってことだろ?」
「ぅうう♡嬉しい、嬉しいんですけど、そうじゃなくて。水無月コーポレーションの社長令嬢をモノにするってどういうことかって意味です!私ひとりっ子なんですよ!」
「それはつまり……あ、そういうことか」
俺はそこで『今まで何故気が付かなかったんだ』というくらい当たり前の事実に気が付いた。
「そうです。隆行さんが次期社長なんですから。今からしっかりしてもらわないと。部長くらいで怖気づいてどうするんですか?」
「マジか。そうか、そうだよな。なんで今まで気が付かなったんだろうか」
「うふふ、私を社長令嬢ってレッテルの上から見ていないってことは凄く嬉しいですけど、私、凄く大変な女ですよ。ちゃんとしてくれないと愛想尽かしちゃいますよ」
「それは困る。紗彩に捨てられたら俺は死ねる。分かった。腹括る!どこまで出来るか分からんが、とにかくやってみる!まずは部長からだな!」
「その意気です。でも心配しないでください。水無月が潰れても私が隆行さんを養ってあげますから。お得でしょ?ヒモって逃げ道がちゃんとある野望なんですから」
「だからそれは勘弁してくれってばよ……」
「うふふ」
「はははっ」
俺たちは冗談めかして笑い合い、その日のデートを楽しんだ。
心の奥で不安は拭えないが、それ以上に大切なのは彼女を幸せにすることだ。
──せっかく授かった力だ。自分のためではなく、愛する人のために使おう。
その誓いを胸に刻みながら、俺は「次期社長」という重すぎる未来を見据えて歩き出した。




