オルグ工房
酒場を出たあと、三人と別れ、黒瀬はギルド宿舎へ向かった。
石造りの廊下。静かな空気。
部屋番号を確認し、扉を開ける。
「ここが、今日から、俺の部屋か、意外としっかりしてるんだな」
質素だが清潔な室内。
ベッド、机、窓。
黒瀬はゆっくりと腰を下ろす。
胸元のギルドタグが、わずかに鳴る。
しばらく、天井を見つめて――
「あ、あの…ゴウラさん、聞こえてるんですよね」
何も返らない。
黒瀬は小さく笑う。
「話してもくれないんですね、なるほど」
「明日は……街、歩いてみるか」
ベッドに横になると、すぐに眠りに落ちた。
翌朝。まだ空が白み始めたばかりの時間。
黒瀬は目を開ける。
「早く起きすぎた…街を散歩してみようか」
軽く身支度を整え、外へ出る。
朝のアウレイヤは静かだった。
石畳が朝露で光る。
商人の準備する音。
遠くで鍛冶の槌音。
「やっぱ朝はいい、人も少ないし、空気がいい」
歩きながら、空気を吸い込む。
そのとき。
前方から、一人の人影が歩いてくる。
黒いフード。腰に剣。
細身の女性だが、隙のない足運び。
(……冒険者か)
すれ違うほんの一瞬、目が合う。
パープル色の深い瞳。
冷たいというより――静かな目。
黒瀬は特に気にせず、視線を逸らす。
(朝が早い冒険者もいるもんだな)
そのまま街を一周し、宿舎へ戻る。
宿舎内の浴場。湯気が立ち上る。
「この世界にも温泉があるなんて、助かるな」
湯から上がり、身支度を整える。
昨日教えてもらった場所を思い出す。
「鍛冶屋、だったな、たしか、オルグ工房?だったっけ」
石畳を進み、店の前へ。
看板には、無骨な槌の紋章。
扉を開けると――
「えっ…!」
その声に振り向いたのは、セラだった。
「え、黒瀬さん!?さっそく来たんだ!」
ミリアも小さく手を振る。
「おはようございます」
レオンが穏やかに笑う。
「黒瀬さん!奇遇ですね」
「……おはようございます」
セラがにやにやする。
「もしかして、私たちに会いたくて来た?」
「違います」
レオンが笑う。
「ちょうど装備の調整に来ていたところなんです。
黒瀬さんは、装備を?」
黒瀬は頷く。
「昨日、教えてもらいましたので、最低限揃えないとなって」
セラが両手を広げる。
「えへへ! じゃあ一緒に選ぼ!」
ミリアも柔らかく微笑む。
「動きやすく、かつ街で浮かない装いが良いですね」
レオンが静かに付け加える。
「冒険者らしく、しかし黒瀬さんらしく」
黒瀬は、わずかに口元を緩める。
「……お願いします」
「よーし!」
セラが勢いよく奥へ向かって叫ぶ。
「オルグさーん!」
奥から重い足音。がらりと扉が開く。
筋骨隆々の男が姿を現した。
腕は丸太のように太く、顔は強面。無精髭に、鋭い目つき。
「急に騒がしいな、セラちゃん、客か?」
セラが胸を張る。
「そう!昨日ゴブリンから助けてくれた人!
黒瀬さんっていうんだよ!」
オルグの視線が、黒瀬へ向く。
上から下まで、じろりと見る。
「……ほおー、兄ちゃんが、か」
一瞬、空気が張りつめる。
だが次の瞬間、豪快に笑った。
「ありがとな、兄ちゃん!
うちの若いのを助けてくれて!」
黒瀬は少し驚きつつ、頭を下げる。
「いえ……無事でよかったです」
オルグが腕を組む。
「兄ちゃん、武闘家かい?」
「……あ、そんなかんじです。
でも、なんでわかったんですか?」
オルグがにやりと笑う。
「その手だ、拳の皮の厚さ、指の節、体の締まり
武器振るう体じゃねえ。叩き込んできた体だ」
「……すごいですね」
セラが横でぴょんぴょん跳ねる。
「そうなの! 黒瀬さん、すごいんだよ!」
「しゅば! とう! ばこん! って!」
「セラ」
ミリアがすっと近づき、額を軽く押さえる。
「落ち着きなさい」
レオンが苦笑する。
「本当に、見事な身のこなしでした。
私も、正直驚きました」
オルグが顎に手を当てる。
「ふむ……武闘家なら、既製品は合わねえな…
動きに合わせて作らなきゃ意味がねえ」
黒瀬は首を傾げる。
「作る……?」
オルグが棚を指さす。
「オーダーメイドだ、兄ちゃん専用の装備、作ってやる」
セラが目を輝かせる。
「いいじゃんそれ!」
ミリアも頷く。
「黒瀬さんの体格なら、既製品では合わないでしょうし」
レオンが静かに背中を押す。
「昨日お渡ししたタリスもあります、ぜひ、前向きに検討してみてください」
黒瀬は三人を見渡す。
「……そこまでしなくても」
セラが即座に言う。
「するの!オルグさんの作るものは一品なんだから!」
「お?うれしいこと言ってくれるじゃねーか!」
黒瀬はわずかに目を伏せ、そして静かに頷いた。
「……じゃあ、お願いします」
オルグが豪快に笑う。
「よし来た!兄ちゃん、奥だ!採寸するぞ!」
セラがこそこそミリアに耳打ちする。
「なんか、もう普通に仲間だよね?パーティ誘ってみたら、来てくれるかな?」
ミリアが小さく微笑む。
「来てくれたらうれしいですが、黒瀬さんの事情もありますので…
まあ、でも、いつか…聞いてみましょう、セラ」
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