圧倒的強さ
炎の壁が、音を立てて揺らめいている。逃げ場はなかった。
――闘神ゴウラは、腕を組み、黒瀬を見下ろしている。
「構えろ、人間」
次の瞬間だった。ゴウラの片腕が、何の前触れもなく振るわれた。
黒瀬は反射的に地を蹴り、横へ跳ぶ。拳が通った地面が、砕け散る。
石の円盤の端が、まるで紙のように割れた。
「……っ」
——片腕を振っただけで、この威力…!?
黒瀬は歯を食いしばり、距離を取る。正面から殴り合えば、終わりだ。
(こんなの…勝ち目なんてない…決闘?ふざけんな…!)
黒瀬は、低く構えた。次の一撃が来る直前、ゴウラの踏み込む足を見る。
(俺に今できることを考えろ…!)
黒瀬は拳を振るわず、踏み出してきた足首へ、全体重を乗せた踵を叩き込んだ。
ビクともしないが、ゴウラの体勢がほんのわずか崩れる。
黒瀬はその一瞬を逃さず、肘、膝、関節――動きの起点を狙い続けた。
攻撃を交わしながら、黒瀬の声が漏れる。
「なんでこんなことになってんだ…くそ!」
一瞬の隙、黒瀬は殴り飛ばされ、地面を転がる。
肺から空気が抜け、視界が白くなる。
(わけが…わからない…知らない場所に来たと思えば…いきなり…決闘…なんなんだよ…こいつは…この世界は…!)
黒瀬は朦朧ながら立ち上がり、ゴウラの拳を間一髪で避け、黒瀬の肩をかすめる。
骨が、悲鳴を上げた。
(あぁ…全身が…痛い…激痛だ…)
「こんなものか、人間というものは」
「――守るべき者が現れた時、お前じゃなにも守れない、哀れな人間だ」
その言葉に、黒瀬の思考が一瞬止まる。
「……っ」
「……言われなくても、そんなの分かってる、勝ち目がないのも…」
「でも、諦める気は一切ねぇよ」
黒瀬は、血の味を噛みしめながら、再び踏み込む。
あらゆる方向から打撃を与えるが全部効かない。
ゴウラの動きが、確実に“対応”へと変わっていた。
「まだ動くか…ちょこまかと、人間にしては、しぶとい」
初めて、評価が混じる。最後の力を振り絞り、黒瀬は渾身の拳を放った。
だが、ゴウラは微動だにしない。
次の瞬間、片腕の一撃が、黒瀬を吹き飛ばした。
地面に叩きつけられ、息が、できない。
視界が、暗くなり、膝が震える。黒瀬の拳が、開きかける。
「……一思いに……やれ……」
声は、静かだった。ゴウラは、しばらく黙って黒瀬を見下ろしていた。
やがて、腕を組む。
「終わりか…人間」
「……」
「……力を持たぬ身で」
「勝てぬと知りながらも足掻き、攻めの姿勢を緩めなかった、お前をそこまで搔き立てるものはなんだ…?」
「いいから…はやく…やれ…」
黒瀬の視界が、ぼやける。ゴウラの炎が、静かに揺れる。
「……気に入った、お前が歩む未来を――少し、見てみたくなった」
「黒瀬 と言ったな…わしは、お前に宿ろう」
闘神の気配が、黒瀬の胸へと沈み込んでいく。
意識が、闇に落ちた。
……気づけば、朝だった。
瞼を閉じているはずなのに、柔らかな光が、はっきりと分かる。
黒瀬は、ゆっくりと目を開いた。木々の隙間から差し込む朝日。鳥の鳴き声。
夜の森とは、まるで別の場所のように穏やかだった。
「生きて…る…」
喉から漏れた声は、確かに現実のものだった。
身体を起こし、周囲を見渡す。あの赤く燃え盛るゴウラの姿はない。
けれど――昨夜の出来事は、夢のように曖昧ではなかった。拳を交えた感触。圧倒的な力。一撃一撃が、骨に残っている。
(……全部、覚えてる)
黒瀬は、自分の手を見下ろした。擦り傷も、血もない。だが、あの戦いで――何一つ通じなかった感覚だけは、はっきりと残っている。
「何も…できなかった…」
そのときだった。両手の甲が赤く光る。視線を落とすと、そこには見覚えのない紋章が刻まれていた。
赤黒く、まるで焼き付いたような文様。脈打つように、淡く光っている。
「……なんだ、これ……」
指で触れようとした瞬間――胸の奥に、低い声が響いた。
「目覚めたか」
「その声……」
「昨日のことは、夢ではない」
「わしは、お前が気に入った――お前の歩む未来が見たくなった、わしの力を、託そう…」
「冗談、だろ……」
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