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闘神を宿す拳で、異世界を歩く  作者: 朝霧ネル
第一章 赤き刻印の目覚め
2/14

決闘

黒瀬は、ゆっくりと立ち上がった。

反射的に、背中へ手を回す。刺されたはずの場所。

だが、指先に触れるのは、破れのない制服と――自分の体温だけだった。


「……?」


痛みは、ない。血も、滲んでいない。

おかしい、と思うより先に、周囲の気配が意識に入ってきた。

獣の鳴き声。どこからともなく響く、木々のざわめき。湿った空気と、夜の匂い。

街灯も建物もない。見渡す限り、闇に沈む森だった。


「……夢、なのか……」


見たことのない景色。聞いたことのない音。

それでも、立ち止まっているわけにはいかなかった。

黒瀬は、慎重に森の中を進み始める。枝を避け、足音を殺しながら。


そのときだった。


――赤い、光。


森の奥、木々の隙間に、炎のような色が揺らめいている。


「……なんだ、あれ」


自然に、足が向いた。

理由は分からない。だが、あの光は――無視できない何かを放っていた。

赤い光の正体は、すぐに分かった。

開けた場所。そこに、巨大な石盤が鎮座している。


そして、その上に――

腕を組み、仁王立ちする巨人。身長は、軽く二メートルを超えている。

首には、異様なほど太い数珠。肌は、燃え盛る炎のように赤く輝き、ただ立っているだけで、周囲の空気が歪んでいた。


「……は?」


黒瀬の思考が、一瞬、止まる。


(……催し物?)

(……展示? いや、こんな森の奥で?)


一歩、踏み出そうとして――足元の枝を踏んだ。

次の瞬間、巨人の視線が、こちらを捉えた。


「……動いた……?」


黒瀬は、無意識に身構える。

そのとき――巨人の口が、ゆっくりと開いた。


「……人間か」


低く、腹の底に響く声。

黒瀬は、思わず周囲を見回した。


「……俺に、話しかけてんのか?」


わけが分からない。夢だとしても、悪趣味が過ぎる。

巨人は、腕を組んだまま、言葉を続ける。


「……わしの言葉を、無視するか」


「来い、人間」


拒否を許さない、重さ。


「……あー……」


何を言うべきか、分からない。

赤い光に導かれるように、黒瀬は歩みを進めた。

巨人の前まで来ると、その威圧感はさらに増す。近くに立つだけで、皮膚がひりつくようだった。

巨人は、腕を組んだまま、黒瀬を見下ろしている。


「……ほう」


低く、唸るような声。


「人間が、ここまで辿り着くとは。珍しい…」


燃えるような視線が、黒瀬を射抜く。


「名は、なんという」


一瞬、言葉に詰まる。


黒瀬は、短く息を吐く。


「……黒瀬、恒一(くろせこういち)です」


巨人は、わずかに口角を上げたように見えた。


「わしは――闘神ゴウラ」


その名が告げられた瞬間、空気が、重く沈む。


「その身なり……その言葉遣い……この地の者ではないな」


ゴウラは、黒瀬を観察するように目を細める。


「どこから来た、人間」


黒瀬は、視線を少し逸らし答えた。


「こことは、違う世界だと思います…」


少し考え、言葉を選ぶ。


「学校の帰りに……刺されて。 気づいたら、この森に…」


ゴウラは、しばし黙り込んだ。


やがて、低く呟く。


「……転生か」


聞き慣れない言葉に、黒瀬は眉をひそめる。


「……転生?なんですか、それ」


ゴウラは、面倒そうに鼻を鳴らした。


「死に際に魂が裂かれ、新しい肉体に生まれ変わり、異なる世界へと投げ出される現象だ」


「稀に起こる。望まれようと、望まれまいと、関係なくな」


黒瀬は、言葉を噛みしめる。


「よくわからないですけど…ようは死んだってことですか…」


「……それで、これから、どうすれば……」


小さく呟く。

その問いに、ゴウラは即答しなかった。

代わりに、周囲に――炎が立ち上がる。

ごう、と音を立て、赤い壁が円を描く。

黒瀬は、思わず周囲を見回した。


「なんだ…炎の……壁?」


ゴウラは、腕を組み直し、重く告げた。


「ここに立つということは」


「――わしと、決闘するということだ、運がなかったな、人間」


「案ずるな。これからどうするかなど……」


黒瀬の喉が、鳴り、ゴウラは、ゆっくりと一歩踏み出し、燃える瞳が、黒瀬を捉える。


「生き残ってから、考えればよい…精々足掻いて見せよ、人間」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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