灰牙の迷宮
夕暮れ前、ギルドの扉を押し開ける。
「おかえりなさい」
「無事でよかったです」
キーナが顔を上げた瞬間、ほっとした表情になる。
「はい」
黒瀬は布袋を差し出す。
キーナは中身を確認し、丁寧に頷く。
「根も傷んでいません。すごく良い鮮度状態です。初依頼とは思えませんね」
「キーナさんからいただいた入門書のおかげです」
報酬の硬貨が、カウンターに置かれる。
そのとき。キーナがふと、周囲を見回した。
「……黒瀬さん、レオンさんたちを見ていませんか?」
「見ていませんけど……何かあったんですか?」
キーナの眉がわずかに寄る。
「レオンさんたち、まだ戻ってこないんです。夜になると魔物が活発化しますので、少し心配で」
黒瀬は思い出す。
「確か……灰牙の迷宮でしたよね」
「はい。駆け出し向けのダンジョンですし、レオンさんたちの実力なら本来問題はありません」
キーナは地図を広げる。
「ですが、今日は新たに発掘された第十階層の調査依頼でして……」
「なにか、嫌な予感がしてしまって」
黒瀬は地図を覗き込む。
「そんなに遠くはないですね」
「俺、見てきます」
キーナは即座に首を振った。
「ダメです!」
思わず声が強くなる。
「Fランク冒険者の単独受注はできません。正式な捜索依頼に切り替えたとしても、条件を満たせてません!」
「他に頼れる人はいないんですか?」
キーナは唇を噛む。
「主力の方々は長期依頼で遠方に……今、動ける上位冒険者はいません」
沈黙。黒瀬は拳を握る。
そのとき。
「私が行こう」
低く、落ち着いた声。
振り返ると、黒いフード。小柄な女性。
朝、街で見かけた背中。
(……この人は)
「ルヴィアさん!? 帰ってこられてたんですか?」
フードの奥で、静かに頷く。
「詳細を」
キーナは急いで状況を説明する。
灰牙の迷宮。第十階層の調査。帰還遅延。
「わかった」
それだけ言い、踵を返す。
黒瀬は即座に続く。
「俺も行きます」
「だからダメですって!」
ルヴィアも冷たく言い放つ。
「私だけで平気、足手まといになる」
黒瀬はまっすぐ答える。
「大切な人たちなんです」
「拒否されても、行きます」
ルヴィアの視線が黒瀬を貫く。
わずかな沈黙。やがて、キーナを見る。
「私がついていれば問題ないわよね?」
キーナは頭を抱えた。
「問題は……ありませんけど……あぁ、もう」
「正式な捜索依頼として処理します。でも必ず、生きて帰ってください、そして、レオンさん達をお願いします!」
「はい」
黒瀬とルヴィアは灰牙の迷宮へ歩き出す。




